第四章 第10話 昼間の回想 その2

 結構長時間に渡った会談の様子。

 後半部分を思い出そう。


 自己紹介が終わったところからだな。


    ☆


 自己紹介の次には、残りの手土産の披露ひろうだ。


 何しろ、今の俺たちはほどこしを一方的に受けている状態なわけで、少しでもお返しして立場を強くしておきたいし、なるべくなごやかな雰囲気の中で交渉を行いたい。


 もちろんそういう打算的な理由もあったが、何より窮状きゅうじょうを救ってもらったことへの感謝を伝えたかったのだ。


 アルファ米のカレーで作ったおにぎりをサブリナたちに振舞ふるまった時の、嬉しそうな顔がすごく印象的だったからね。


 ――というわけで、貴重きちょうな備蓄物資の中でも、更に貴重な炭水化物げんであるアルファ米を、ドライカレーやチキンライス、えびピラフを中心にどーんと持ってきたのだ。


 さらに加えてフリーズドライのスープ類をそこそこの量、残っていたカップめんを数個、あとは高級梅ジュースの最後の一本も。


 ……正直言って、食料物資班が自分たちの分をけずってまでたせてくれているアルファ米を贈ることには賛否両論というか、抵抗があったのは事実だ。


 もうこれ以上は二度と手に入らないかも知れないこともあって、プライスレスな価値があるとも言える。


「しかし、仮にここでしんで温存したとしても、いつかはなくなるし、それはそう遠い未来の話ではありません」


「腹をくくって、この地でまずは生きていくことを決めたのなら、より確実な『せい』につながる手立てを講じるべきだと、私は思います」


 という、校長先生の覚悟に満ちた言葉でようやく決まった。

 そもそも、俺たちから対価として差し出せるものなんて、そう多くないのだ。


 そして、その賭けには――取り敢えず「勝った」と思う。


 何と、十五日ごとに一度、これまでもらったものと同量以上の食料を提供してもらえるという約束を取り付けられたのだ。


 そこには小麦粉ばかりでなく、野菜等の生鮮せいせん食品も含まれると言う。


 しかも当面のあいだ、対価は必要ないとのことだ。


 ジェスチャーと手製スケッチブックを駆使くししてこれらの情報を読み取った時は、信じられない気分だった。


 ……恐らくだけど、これだけの厚遇こうぐうを得られた理由には、別の手土産が効果的だったこともあるんじゃないだろうか。それは――


 ――文房具だ。


 たかが文房具、と思うのは、多分俺たちの感覚だと俺は思う。


 実際、最初にサブリナたちと交流したおりに、スケッチブックや油性ペンを出した時の彼らの反応はんのうはすごかったのだから。


 紙を指やてのひらでたり、油性ペンの書き味をひたすら試したり、ペン先のにおいをかいで顔をしかめたりと、明らかに初めて触れる人の反応それだった。


 筆記用具がないわけじゃなさそうだけど、パピルスとか羊皮紙ようひしとかはねペンとか石筆せきひつとかそういうたぐいの、結構低いレベルでとどまっているという印象だった。


 ……そういうわけで、贈ってきっと喜ばれそうな文房具を選定したのだ。


 まずはA4のコピー用紙五百枚入りを二締ふたしめくらい。


 はさみなんかは結構古い時代からあったそうだから、こっちにあってもおかしくはない。


 でも、ちょっとした便利グッズ的なクリップやステイプラーとかおしゃれな画鋲がびょうなんてどうだろうとか。


 元々学校なのでそういうものにあふれているし、教室に残されていた児童の机やロッカーの中にも、色鉛筆とかクレヨンとか、まとめればちょっとした量になりそうなほどあったので、有難く使わせてもらうことにした。


 ……まあもし、元の世界に戻れたとして、本来の持ち主の子どもたちが賠償ばいしょうを求めてきたら、みんなで気持ちよく応じましょうということで。


 諏訪すわさん提供の食材とかとおんなじようにね。


 これらをあちらの皆さんの前でどどーんと広げたところ、予想通り半端はんぱではない食いつきを見せたのだった。


 おかげでしばらくの間、文房具の使い方チュートリアルタイムとなってしまった。


 贈った食材については、その場では感想は聞けなかった。


 まあ実際に食べてみないとその真価というか、口に合うかどうかは分からないからね。


「……!」


 コピー用紙の包みを開けて、中の紙を驚いた様子で取り出すリューグラムさん。

 後ろのオリヴァロさんがわずかに目をみはったのを俺は見逃さなかった。


 お試し用のけずり済みの鉛筆で、よく電話中のメモでやる、あの訳の分からないぐるぐるを描いている。

 変なところで共通点を見つけて思わず笑ってしまった。


 紙とボールペンを持ちながら、ヒルディーフランカさんと何か話している。


「これは、こうして……」

「オウ、アッチェラン!」

「このクリアファイルの中に……」

「クリアファイ?」

「これはこうして、こうガチャリと」

「! ヴァーオ?」


 校長先生もかがみ先生までも、いろんな文房具を手にしてはデモンストレーションにはげんでいる。


 黒瀬くろせ先生が色鉛筆を使って、室内の花瓶かびんけてあった花の絵を描いている。


 それを興味津々しんしんながめているサブリナたち。

 こんな才能があったとは……なかなかあなどれないなこの人。


 目の前の光景を見て俺は思う。


 出来過ぎだ。

 怪しすぎる。


 単に俺が疑心暗鬼になっているだけかも知れないけれど、やっぱりこんなにとんとん拍子に進むことに違和感をぬぐえないのだ。


 それでも……言葉で満足のいくコミュニケーションが取れない現状では、相手がたの真の狙いとか意図いととかは、結局のところ分からない。


 それを疑って厚意をねつけるのはちょっと狭量きょうりょうに過ぎるし、何よりこちらにそこまでの余裕がないのが現実なんだから――この流れを止めるという選択肢は、ない。


    ◇


 こうして、ほんのわずかな疑念が残る中ではあるが、初の面会は大成功のうちに終わったのだった。

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