第四章 第08話 代官屋敷の夜

「ふう……」


 スマホによれば、今は午後九時を回ったところ。


 かなり疲れているはずなのに、何となく寝付けないでいる。

 実際、眠るにはちょっと早い時間帯ではあるな。


 ――ここはセラウィス・ユーレジアとやらの一室。


 日本語にどう訳せばいいのか分からないので、そのまま発音している。

 てか、ここって多分客室だよな。


 恐らく他の人たちにも俺と同じように、それぞれ個室があてがわれているはずだ。


 そして……俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――が今寝転ねころんでいるこれ・・は、まぎれもないベッドだ。


 ここが地球なのか異世界なのか相変わらず分からないけど、仮に異世界だとして、結局寝床はいつでもどこでも似たようなものに進化するってことなんだろうか。


 高級かどうかは分からないが、下にいてあるこれは……綿めんか? 羊毛ウールか?


 たっぷりと厚くて、身体がばふっと沈むように心地よい。

 枕に入ってるのも……何だろうなこれ。羽毛だろうか。


 ――ふかふかと言えば、昔、実家で飼っていた猫のおなかを思い出す。

 お腹がふかふかだったので、「おなふか丸」という名前の……まあそれはいい。


 ちなみにこのベッドに天蓋てんがいなどはない。


 ……天蓋と言えば子どもの頃、俺は弟と二段ベッドを使っていた。


 俺が下で、弟のやつが上だったから、俺の方から見ればあれも一種の天蓋付きベッドと言えなくも――ない、か?


(――弟か……)


 なーにしてるんだろうな、京介あいつは今頃。


 もう――二十年近く言葉をわしていない。


(何だろう……? やけに昔のことが頭をよぎる)


 急に環境が変わったせいだろうか。


 ……俺は身体を起こして頭を振りふり、寝床を出た。


 改めて部屋の中を見回してみる。


 ――壁際かべぎわには、いくつかの家具が置かれている。


 何と説明していいのか全く分からない、あしの長い平べったい箪笥たんすみたいなもの――コモードのような――とか、ナイトテーブルみたいなのとか、椅子いすとか。


 この椅子、座面ざめんにも背もたれにも精緻せいち刺繍ししゅうほどこされていて、非常に美しい。


 そんな椅子に俺は自分のリュックを置いて、物置台代わりに使っちまってるんだが……どうも一脚いっきゃく一脚で形が微妙に違う。


 デザインは同じでも細部が違っているみたいな……もしかしてこれら全部手作りなのか?


 ――と、その時。


 コンコンコン。


 ……ノック?


 誰だ?


「はーい、どうぞー」


 かちゃり、と静かにドアが開き……そこには小さな顔が二つ、たてに並んでいた。


「せんせー、入っていい?」

「いいけど、どした?」


 二人はドアを閉めると、周囲を見渡しながら部屋に入ってきた。


「あたしたちの部屋とちょっと違うねー」

 こくこく。


「あたしたち、って二人一緒の部屋なの?」

「うん、そうだよ。ベッドがもうちょっと大きいし、全体的に色が可愛い感じだね」


 ふーん……まあわざわざ女子用に調ととのえたってこともないだろうし、元々そういう部屋があるんだろうな。


「二人そろって、何かあったのか?」

「いやあ……何かひまで」


 そう言いながら、いてる椅子に逆向きに腰かける御門みかどさん。

 瑠奈るなさんはベッドに座っている俺の横にぽふ、と腰を下ろした。


「暇って……ん~まあ、暇だろうな」


 ここにはテレビもネットもないし、この時間じゃその辺を散歩ってわけにもいかない。


 瑠奈さんもしゃべれないのは相変わらずらしいから、女子トークも無理だしな。


「おしゃべりするなら山吹やまぶき先生とか黒瀬くろせ先生たちの方がいいんじゃないの?」


「うーん、あたしも最初はそう思ったんだけどね、何か二人で山吹先生の部屋で話し込んでるみたいで」


「それで御門さんと瑠奈さんはこっちに来たってわけか」


「そう。でさ、せんせー」


「ん?」


 御門さんが椅子ごとがたこととこっちに近づいてきた。


 おいおい、高級そうな絨毯じゅうたんが痛むぞ。


「その御門さんって呼ぶの、いい加減何とかなりません?」


「……は?」


「は、じゃなくて」


 御門さん・・・・が椅子から降りて、俺の前に立つ。


なーんか他人行儀なんですよね、八乙女せんせーって」


「他人行儀って、他人じゃんか」


「言うと思った」


 更に近づく御門さん・・・・に、ちょっとり気味の俺。


「いやいや、今のは言葉のあやで、別に赤の他人だなんて思ってないよ。たった二十三人の仲間だしさ」


「だったらもうちょっと相応ふさわしい呼び方があるんじゃないですか?」


「でも、一応教師と生徒だし」


「あたし、別にせんせーの生徒じゃないけど?」


「ぐっ……でも俺、女の子をちゃん付けで呼ぶの、苦手なんだよ」


「どうして?」


「どうしてって……何となく」


 ……何でにらまれないといけないんだ?


「じゃあ……御門ちゃ、ん?」


「御門ちゃんって、何かどっかの業界の人みたいで、や」


「はあ?」


「ちゃん付けがイヤなら、呼び捨てでもいいよ。御門、より芽衣めい、の方がいいな」


「えー……」


「ほら、呼んでみてよ、ほら」


「……芽衣」


「はい!」


 ……何だ、このやり取り……ん?


 瑠奈さんが俺の服の裾を引っ張ってるが。


「まさか……瑠奈さん・・・・も呼び捨てがいいわけ?」

 こくこく。


久我くが

 ふるふる。


「瑠奈」

 こくこく。


 やれやれ……。


「よく出来ました。これであたしももっと気軽にしゃべれるし」


「……もう十分じゅうぶんに気安いだろ?」


「あとさ」


「まだ何かあんの?」


「山吹先生のことも、先生呼びやめた方がいいんじゃない?」


「何で?」


「だってさ、転移してきて最初の会議の時だっけ、先生って呼ぶのやめましょってなったんでしょ?」


「あれは、そうしたければどうぞって程度のことだよ」


「そうかもだけど、山吹先生ってば前に愚痴ぐちってたもん。何で八乙女やおとめさんって私のこと先生呼びのままなのかしらって」


「……マジで?」


「まじまじ」


 ……頭痛がいてえ。


 そんなことずっと年下の女子高生に愚痴るなよな……。


 仮にこの子の言うことが本当だとしても、何の脈絡みゃくらくもなく突然呼び方を変えたりしたら不審ふしんがられるに決まってるだろ。


善処ぜんしょします……で、参考までに聞くんだけどさ」


「何?」


「早見さんもおんなじように思ってんの? 呼び捨てにして欲しいみたいに」


「んー」


 唇に指を当てて考えるような仕草しぐさをすると、


「あの子はどうだろ。分かんないけど、澪羽みはねだけ『早見さん』ってのも何となくバランス悪いし、そろえた方がいいかもね。あたしから言っといてあげる」


「そりゃどうも」


 よく考えたらなついてくれてるんだから、喜ばしいことではあるんだが……まあいい。


「それよりさ、せんせ」

「うん?」

「面白かったね、今日」

「昼間の話?」

「そう。ねえ、瑠奈ちゃん」


 こくこく。


 うんまあ……面白いって言えば面白かったか。


 俺は今日の出来事を思い出す。



――――――――――――――――

2023-01-28 一部誤表記を修正しました。

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