第四章 第07話 馬車

 ガラガラガラ……。


 このジョールをこうして行き来するの、もう何回目かな。


 ――リィナです。


 いつもは、親友アプリア・メレのシーラとそのお父さんダァダのエリックさん、時々お兄さんブラトルードレのロヨラスさんが一緒だった道のりを、今日は私一人で立派な馬車カーロに揺られて進んでいる。


 この後ろにもう二台、同じように立派な馬車が続いてきている。


 一人と言ったけど、正しくはもう一人乗ってる。

 アローラは知ってるけど、こんな風に二人きりになるのは初めての人。


 ――マルグレーテさん。


 ……従者エルファ、なのかな。

 エリィナさんが貴族様ドーラなら、従者の一人や二人はいて当たり前エヴィダンだろう。


 いつもは御者コチェロをしてたけど、今日はどういうわけか私に同行している。

 エリィナさんはどこにいるのか、今は一緒じゃない。


「もうそろそろ着きそうですね、マルグレーテさん」

「はい……」


 たまにこうやって話しかけてる。

 別に、無視されるわけじゃない。


 でも無表情というかぶっきらぼうと言うか、さっきから話がぜんぜん続かないんだよね……。


 まあでも、いろんなお客さんクリエがいるから、びっくりしたりはしないよ?


 ――この馬車が向かってる先はいつもの西の森シルヴェス・ルウェスなんだけど、今日はいつもと違う人たちが待ってる予定。


 りょーすきとはぅみは、きっといると思う。


 ……よく考えると、とっても不思議エトラノス


 こんな状況になってるのが、ね。


 りょーすきたちが多分、特別なプラティエリィ人たちってことは私にも何となく分かる。


 見た目もそうだし、持っている物も。


 でも、彼らに対して、みんなが妙に友好的アミリーグに思える。


 エリィナさんは、短いあいだに二度も食料を渡してるし――運んでるのは私たちだけど――、リューグラム様ノスト・リューグラムは、あの人たちを迎えるのにこんな立派な馬車を三台も用意するし……。


 あっさり面会レネヴェートを認めたのも、不思議なんだよね。


 私としては、りょーすきたちがエルザイア扱いされるよりよっぽど嬉しいんだけど、しっくりこない感じがどうにも……。


 ……ちょっと出来過ぎでは?


 きっと禁足地テーロス・プロビラスに関わることだから、私の知らないところでいろいろあるんだろうなあとは思う。


 ――馬車の進みがゆっくりになったと思ったら、しばらくして止まった。


 着いた、のかな?

 程なく、馬車のヴラットが開いた。


 外の空気ウィリアがふんわりと吹き込んでくる中、マルグレーテさんが先に降りる。

 私にも下車するよう、マータうながしているみたい。


 いつもの西の森の入り口だ。

 猟師ロヴィク小屋ユバンが見える。


 そして、ロヨラスさんがたまに私たちを待っているリグノの横。


 ――その七人エナヴィルは、立っていた。


    ◇


「わあ……」


 暗い森の中を長い時間歩きめだった疲れも忘れて、あたし――御門みかど芽衣めい――は思わず歓声を上げた。


 目の前に広がっているのは、はっきり言ってあいも変わらない草っぱらだけど、明らかに誰かが建てた山小屋のような建物、足元には幅の広い道、その先に続いてるだろうはるか遠くにうっすらと見える建造物の集まり。


 他の六人も同じようなリアクションをしてる。


 ――転移してきて約半年、初めて感じるあたしたち以外の人の香り。


 ちょっと涙、出た。


「ねえねえ、せんせー。ちょっとその辺見て回ってきてもいい?」


 近くで、ほけーっと立ってる八乙女やおとめ先生にたずねる。


 気を取り直したようにしてあたしを見た先生は、


「いやいや、気持ちは分かるがちょっとじっとしてなよ。それにほら」


 そう言って、道の先を指さした。


「んん……?」


 先生の示す先を視線で追うと……何やら黒いかたまりらめいて見える。

 目をきゅっとほそめると、ん? ……こっちに近づいてきてる?


「せんせー、あれってもしかして」

「うん、お迎えだね」


 瑠奈るなちゃんが八乙女先生の服のすそをぎゅっと握って、瞳をきらきらさせてる。


 分かる。


 めっちゃわくわくする!


「この年になるまで、馬車なんて見たこともありませんでしたよ」

「私もですよ、校長先生。何と言うか……風情ふぜいがありますな」

「アニメとかでは見たことあるけど……」

山吹やまぶきさんも馬車が出てくるアニメなんて見るのねー」


 黒いかたまりはもうはっきりと馬車の形になってきている。

 大きなウマが引っ張る焦げ茶色のつやつやした大きな箱、それが三つも。


「ねえねえ瑠奈ちゃん、一緒の馬車に乗ろ?」


 こくこく!


 うなずきながら、右手でにぎってる八乙女先生の服の裾をぐいぐいと引っ張っている。


「もしかして、八乙女せんせーも一緒に、ってこと?」


 こくこく。


「うん、そうだね」


 いいんだけどさ、瑠奈ちゃんてば妙に八乙女先生になついてるのよね……。


 前に英美里えみりさんが冗談交じりで、旦那さんがめちゃくちゃやきもちを焼いてるって言ってたし。


 ――馬車が止まった。


 あたしたち七人は、まさ固唾かたずんで成り行きを見守ってる。

 

 先頭の馬車を操縦そうじゅうしていた人――御者ぎょしゃって言うんだっけ? ――が操縦席から降りて、扉を開けた。


 すると、中から女の人が一人降りてきた。


 背が高い……近付かないとはっきりしないけど、百七十は確実にあると思う。

 明るい茶色の髪をてっぺんでい上げてお団子にしてる。

 紺色のロングワンピースのような服で、ウェストがきゅっと絞られている。


 あれは……シャツなのかな、白いえりが首の中ほどまでぴっしりおおっていて、全体的にかっちりとした印象の人……動画の中には出てこなかったと思う。


 そして、そのあとからもう一人、女の子が降りて、あっ! ……こけた。


 先に降りてた女の人があわてて助け起こしてる。

 ドジっ子……なのかな?


 そして、ここであたしは確信した。

 ここは絶対に地球なんだって、ね。


 ――だって、そうでしょ!


 この宇宙にはきっと、地球以外にも生物がいる星がきっとあると、あたしも思う。


 でも、ほかの星で生まれたその生き物が、あたしたちと全く同じ姿かたちをしてるなんてこと、有り得る?


 もし有り得るとすれば、その星が地球と全く同じ進化をしてきた場合だけど、そんなことはちょっと考えにくいんじゃないかな。


「おいおい、サブリナのやつ、大丈夫か……」


 八乙女先生があきれた様子で駆け出して行った。


    ◇


「あいたたた……」


 待っていた七人に気を取られて、足元あしもとがお留守るすになってしまった。

 驚いたマルグレーテさんが手を貸してくれた。


「すみません……ありがとうございますメタマロース

大丈夫ですかユニタオーナ?」

はいヤァ


 答える私の視界に、りょーすきがあわてて駆け寄ってくる姿が飛び込んできた。


「ダィジョーブカ、サブリナ」

うんヤァありがとうマロース、りょーすき」


 意味は分からないけど、表情イレームを見れば多分心配してくれてるんだと分かる。


 りょーすきの後ろから、他の人もけてきた。


 はぅみとおじさんノアメルとお姉さんたち、私と同い年サマナス・イェービーくらいの子と、ちっちゃいアルマ女の子アルフェム


 ――会っていきなりやらかしちゃったけど、「最初の町・・・・ザハドと異邦人モルヴィスの出会い」は、こんなふうに始まったのだ。

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