第四章 第06話 計画

 という訳で、翌日。

 午前九時。職員室の応接スペース。


 選抜メンバーは本来の業務をお休みして、三日後に迫った現地の人との面会にのぞむための打ち合わせをおこなっている。

 面会というか、代表者同士なら会見なのか?


 男性が校長先生、かがみ先生、俺。

 女性が山吹やまぶき先生、黒瀬くろせ先生、御門みかどさん、瑠奈るなさん。


 若干男側の平均年齢が高いが、よく見ると老若男女ろうにゃくなんにょと言う意味でバランスが取れてる組み合わせではないだろうか。


「さて、まずは出発する時刻ですね。八乙女さん、山吹さん、往路おうろにどの程度の時間が必要だと?」


 校長先生の質問に、山吹先生が俺の顔を見てくる。

 ……俺かい。


「東の森の入り口までは約三キロほどですので、かかっても車で十分じっぷん程度です。問題はそこからですね」

「問題、というと?」


 今度は俺が山吹先生の顔をじっと見る。

 ……代わってくれや。

 彼女は一瞬ほっぺたをぷうとふくらませかけたけど、仕方なさそうに口を開いた。


「えーと、細かいことははぶきますが、私たちが作った道とサブリナたちの話を総合するに、森を向こう側に抜けるには、最低でも……三時間は必要だと思います」

「三時間も森の中を、ですか」

「それはなかなか……」


 おもにおじさんぜいがため息をいてますね……。

 俺は手製スケッチブックを見せてフォローを入れる。


「ほら、これを見てください。俺たちがいた森の様子に、カルエリックが手を加えてくれたんですが、森の中には彼らが長年かけて作った道が張り巡らされてるそうなんです。で、ここが俺たちが作った道の終端しゅうたん部で」


 図の一点を指さす。

 そこから指をスライドさせて、


「ここが、彼らの道の一番近いところらしいです。そこから向こう側の出口まで、大体一時間くらいかかるそうなんですが」


 カルエリックが引いた線までをつなげる。


「俺たちの作ったのは獣道けものみちレベルとは言え、多少は歩きやすくなってますし、彼らの道はもっと質がいいでしょうから」

「どっちにしても、歩くしかなければしょうがないですよね」

「それでも、道がとおっているのは森が薄くなっているところらしいの。森全体はかなり広大みたいだしね」


 黒瀬先生のあきらめたような声に、山吹先生が答える。


「あたしたちも頑張って歩きますし。ねえ、瑠奈ちゃん」

 こくこく。

 ほら、女性陣が気合いを入れてくれてるんですから、男たちも気張きばりましょうよ。


「そうですね」

「うむ」

「さらに、向こう側の出口からとうの会場まで、馬車で三十分くらいだそうです」

「馬車!」


 御門さんが目を輝かせている。

 俺はスケッチブックの別のページを開いて見せた。


「これ、馬車だよね。『カーロ』って言ってたけどさ」


 ドルシラが説明のために描いてくれた絵だが、俺には馬車にしか見えない。


「全く同じかどうか分からんが、カモシカがいるんならウマがいてもおかしくはないな」


 鏡先生があごに手を当てて言う。


「それもそうですが、そもそも自動車ってないんですかね?」


 黒瀬先生の疑問ももっともだが、恐らく――


「一回目に食料をくれた時、荷物をこっちの出口まで運んでくれたんだけど、三人とも車を見てすごく驚いてたから……ないんじゃないかな」


 ――と、山吹先生が答えてくれた。


 地球でだって、暮らし向きは場所によって全然違うわけで、ここにないからほかでも存在しないと断言はできない。

 でも、何と言うか……文明の「におい」が違うような気がする。

 ただ、彼らと話す限り共通する部分も多そうだし、そこら辺も今回の訪問で明らかになるといいなと思う。


「ということは、午前七時頃にここを出発すれば、間に合うということでいいですか?」

「道中何があるか分からんですから、少し余裕を見て、六時半には出るべきでしょう」

「賛成です」

「それでは次です」


 校長先生が、アシタバ茶(仮)を一口ひとくちすすって続ける。


「相手方と直接交渉する人なんですが」


 と言って、俺と山吹先生を見る。


「はいはい、分かってます。俺か山吹先生ですよね?」

「いやまあ、そんなに自棄やけにならないでくださいよ」


 苦笑しつつも否定しない校長先生だが、まあ順当だと思うし文句はない。


「恐らく、あちらさんの方でもサブリナかドルシラが通訳として同席すると思いますよ。通訳というほどツーカーではないですが」


「あのう、八乙女先生」


 御門さんが手を挙げた。


「ん?」


「その話し合いが終わったらでいいんですけど、あたしもサブリナやドルシラと話してみたいんです。そういう時間ってありますか?」


「ああ」


 俺は、彼らとの前回のやり取りを思い出しながら答えた。


「面会の後に、一緒に食事をと言われているらしいよ。会食ってやつかな」

「ホントですか!」

「それにね。えーと、校長先生。俺たち思ったんですけど」


 ちらりと山吹先生の顔を見る。

 うんうんとうなずいている。


「ただ会見して、そのまま帰ってくるのってちょっともったいないと思いませんか?」


「と言うと?」


 俺は続ける。


「せっかくですから、町とか人々の様子をゆっくりと観察させてもらいましょうよ。出来れば一泊くらいさせてもらって」


「え……」


「一泊って……」


 あれ。引かれてる?

 興味あると思ったんだけどな。


「あたし、賛成です!」

 こくこく。


「視察……みたいな感じですか? 八乙女さん」


「視察、だとちょっと堅苦しい感じがいなめないですね。瓜生うりゅう隊のみんなと学校へ戻る道すがら話したんですよ。俺たちのスタンスとしては『親善大使しんぜんたいし』みたいな感じじゃないかと」


「親善……」


「そうです。今回の顔合わせを切っ掛けに、友好を深めていこうっていうんじゃないですか? 俺たちは」


「まあ……方向としてはそうだな」


 鏡先生が腕を組みながら言う。


「それに、私も思ったんです」


 おお、山吹先生が自主的に話し出したぞ。


「今回のことって、私たちの希望で実現したものですよね。しかも面会ではこちらがさらに要望を伝えて、向こうに受け入れてもらえるよう交渉するという……ちょっと一方的過ぎる気がするんです」


「言われてみれば、そうかも知れませんね」


「もっと言えば、結構な量の食料を無償むしょうで頂いている身の上なわけです」


「だから、それも含めて何が対価として相応ふさわしいか、確認しに行くんじゃないのかね」


「もちろんそうです。ですけど」


 一旦言葉を切って、山吹先生は続ける。


「もし手ぶらで行ったら、きっと心証しんしょう的に最悪です。だから、私たちに必要なのは私たちのことを分かってもらうための努力と、手土産てみやげだと思うんです」


「手土産ですか……私も何か持っていった方がいいだろうとは漠然ばくぜんと考えていましたが……」


「それに加えて、会見の場以外でも町の人たちと交流した方がいいんじゃないかと、俺たちは考えたんですよ。もちろん、あちらさんの許可が出た上でのことですが」


 みんな考え込んでいる。


 御門さんと瑠奈さんは、一泊できるかもとわくわくを隠し切れない様子だが、校長先生も鏡先生も、黒瀬先生も即答しない。


 多分、リスクやデメリットについて考えてるんじゃないかと思う。

 だけど、俺たちだってそこに考えが至らなかったわけじゃない。


「手土産については、私たちにアイディアがあるんです」


「ふむ。聞かせてもらえますか?」

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