第四章 第04話 禁足地

 リィナです。


 私が「白き人」について説明したあとのこと。


 お付きのかたの「害意」という言葉にリューグラム様ノスト・リューグラムが反応した。


 リューグラム様はアモルスを組んで、何か考え込んでいる。


    ※※※


 ――それは五日ほど前のこと。


弾爵閣下ノスト・ラファイラにおかれましては、此度こたびの急な訪問ビーゾックにより、多大なご迷惑ジェナンダをおかけしましたこと、お詫び申し上げます」


「いや、そのようなことはお気になさらず。どうぞおかけください」


 ここはピケにある、領主ゼーレユーレジア


 塩の町ザハドにあるザナーシュ湖をそのみなもととしてウータスに流れる、通称「グラーシュ川」。


 ザハドからネイヴィスで一日の距離タンシアにあるのがピケであり、リューグラム領の領都ゼーレグラードである。


 ディアブラント・アドラス・リューグラムは来客クリエ椅子グーヴァを勧めた。


 ――急な訪問と言っても、もちろんそれはこの人物がへりくだっての物言いである。


 確かに彼らの一般的な手続きにしては短めではあるが、さきんじて届いていたあるしらせによって、訪問者があることを彼は当然、知っていた。


 侍女フェルミアディトの準備を命じると、ディアブラントは早速本題に入るよう、目の前にいる女性フェムうながす。


「それで、本日いらしたご用件は?」

「はい」


 女性が、ずいと体を乗り出す。


「既にご存知のことかと思いますが、禁足地テーロス・プロビラスにまつわる事案が発生しております」


「そのようですな」


「もしかしたら近いうちに、禁足地にいる存在エートレから何らかの接触タクトスがあるかも知れません。その時には……」


「……その時には?」


 その女性は、ひと呼吸おいてから続けた。


「どうか、その者たちに便宜べんぎはかってやって頂きたいのです。求められたことには、余程よほど常識コムサンを外したものでなければ、応じて頂くようお願いしたい。その際にかかる費用プレコス等については当家で負担いたします」


「先日届いたしらせにも、同様のことが書かれておりました。くれぐれもよしなに、とリンデルワール様のじょうにもありましたし……」


「恐縮です」


「他ならぬ俟伯爵ヴァジュラミーネ(じはくしゃく)閣下のおおせですので、私としても協力するにやぶさかではないのですが……」


 ディアブラントは、女性のアルノーをじっと見て言った。


のおかたがそこまでなされる理由とは?」

「私としては、専権事項アルシオ・イクシナ(せんけんじこう)ゆえに、としか申し上げられませんが……」


 女性は、ディアブラントのマータしかと見返して、


害意・・を持つ者たちではないことは、確かです」


    ※※※


「ま、いいでしょう。会おう」


「……!」


「実際に会ってみないと、何も始まらないだろうし、個人的に興味があることも否定できないしね……ただ」


 リューグラム様ノスト・リューグラムは、腕を組んだまま続ける。


「ことは禁足地テーロス・プロビラスに関わる。君たちはなぜ、テーロが『禁足地』とされているのか、知っているかい?」


「我々は細かいことは何も知りません。ただ先祖アンフォルード代々だいだい、『西の森シルヴェス・ルウェス彼方かなたに広がる地に踏みることなかれ』と聞かされてきただけで」


 エリックさんが答えた。


「ふうむ……特別隠匿いんとくしているわけではないのだがな。――要するに危険リオスカなのだよ。あの地は」


「危険……なんですか?」


 私の問いにリューグラム様がうなずく。


「あの場所には大昔に大きなエルおこっていたのだ。そのり立ちはこのエレディール西部を治めていた当時の貴族ドーラのお家騒動にたんはっしたものなのだが……まあそれはいいとして」


 ――さっき言ってた複数の国に分かれていた時って、このことかな。

 他にもあるのかも知れないけど。


「その国がな、五百年ほど前に地上から消えてしまったのだよ」

「消えた、とはどういうことなのでしょうか」


 驚いた顔のヒルディーフランカさん。


「言葉の通りだ、町長ジェフェット。そこに住まう人々と共に、ロアも貴族も建物も何もかもが文字通り消失ヴァンしたらしい。後に残っていたのは見渡す限りに広がる、えぐれた地面だけだったという」


「な、何でそんなことに……」


「原因は今もって不明。さらに因果関係を調べる過程で、同様のことが約三千五百年前にも起こっていたことが、王家ル・ロアの古い記録から判明したのだ」


 国がたみごとなくなっちゃうなんて、そんなことあり得るの?

 しかも、一度だけじゃなかった……。


「当然のことながら、消え去った人々も建物も失われたままだ。次に同じことがいつ起こるか分からない。そんなわけで、王家があの地への立ち入りを禁じたのだ」


「なるほど……それは道理どうりですね。しかし、それならその事実を改めて町の人たちに周知した方がいいのかも知れません」


 ヒルディーフランカさんの言葉に、リューグラム様は首をゆっくりと横に振った。


「今のままでも、町民の禁足地に対する意識はしっかりしているようだから、えてせずともよいだろう。改めて注意喚起ちゅういかんきすることで、かえって寝た子を起こすようなことになっても、な」


「しかし……そんな危険極まる場所に住んでるりょーすきたちと言うのは、一体何者なのだろうか……?」


 エリックさんがうなってる。


「その辺の情報も得たい、というのもあるのだが……サブリナと言ったかな」

「は、はい」


 突然名指しされてびっくり。


「それと、ドルシラ」

「はっ、はいっ!」


 シーラも呼ばれた。


「話を聞くに、君たちは二度に渡って主体的に彼らと接触し、多少なりとも意思疎通を果たしているようだね」


「ええ、まあ……」


「彼らと面会する時に、橋渡し役として同席してもらってもいいかな?」


「えっ、い、いいんですか? 私たちで」


 私はシーラと顔を見合わせてしまう。


「私もラーシュもこれまで、言葉ヴェルディスの通じない人物と会話をした経験がなくてね、出来れば協力してもらいたい」


 思わずエリックさんとヒルディーフランカさんの顔を見てしまう。

 二人とも黙ってうなずいている。


「は、はい。び、微力びりょくながらお役に立てるよう、頑張ります」


「あた――わ、私も及ばずながら……」


ありがとうマロース。よろしく頼むよ」


 リューグラム様はにっこり笑うと、すぐに真面目な顔に戻って言った。


「それでは彼らに伝えて欲しい。面会レネヴェートは六日後、三時鐘さんじしょうのティリヌス(午前十一時)にここ、代官セラウィス屋敷ユーレジア第一応接室サロノア・イシガにて行うこと。急なように感じるかも知れないが、先方せんぽうとて急いでいる様子だったのだろう? それと参加人数はまかせるが、十人以内に収めてもらいたいこと。面会の後で会食ケーナを予定していること。以上だ」

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