第四章 塩の町

第四章 第01話 うわさ

「なあなあ、お前知ってる?」


「何を?」


禁足地テーロス・プロビラス(きんそくち)のうわさリクサス


「もしかしてあれか? 禁足地に怪しいやつらが住んでるって言う」


「そう、それ。ホントなのかな」


「どうだろ。でも〇〇〇の父さんダードレシルヴェスの入り口で、怪しいヴィルを見たらしい」


「それって、山風亭プル・ファグナピュロスお客さんクリエだろ? 禁足地の人たちとは別だって聞いたけど」


 そしてちらっと私を見る。


「んっんん!」


 シーラが大げさに咳払せきばらいをすると、アローラを突き合わせてうわさ話に盛り上がっていた男の子アルノァスたちは、さっと私から目をらして自分のダルカに戻っていった。


「全く……こそこそと」


 シーラはご立腹のようだけど、私はむしろ心配なのだ。


 こんな学舎スコラート友達アプリアにまで、うわさが広がってる。

 エリィナさんは大丈夫だユニタオーナって言うけど……。


    ※※※


「あの、エリィナさん……」

「ん、ああ、君か。どうした?」


 食堂ピルミルで、少し遅めの晩御飯ミルゲーゼっていたエリィナさんに、私は勇気を振りしぼって話しかけた。


「お食事中にホントすみません。でも、どうしても話しておきたいことが」

「そうか。それなら座りなさい」


 私はすすめてくれた向かい側の椅子ストリカにそっと腰かけた。


「それで? 私に話したいことというのは?」

「はい、あのう」


 エリィナさんはクレロ一旦いったん置いて、私の方を見てる。


「シーラに聞いたんですけど、最近うわさリクサスが流れてるみたいなんです」


「……うわさ?」


「はい、私もちょっと耳にしたのが、あの、禁足地の人たちのことで……」


「ほう……」


「禁足地に変な人たちが住んでるって」


「……」


「私、りょーすきたちと話してみて、あの人たちは悪い人じゃないと思うんです。それでもし、禁足地にいることが領主様ゼーレに伝わって、討伐隊コル・アルクァールとか出されたら……」


「なるほど」


 するとエリィナさんは、厨房キナスに向かってビールピアット果実水デュヌメーヴェを注文した。


「あ、注文アッセなら私が」


「いや、いい。君はここに座っていなさい」


 私は気になって厨房キナスの方を見ると、お父さんダァダは黙ってうなずいてみせた。


 ――ほどなくして、お母さんマァマ飲み物ベベルを二つ、運んでくる。


お待たせしましたポリフォラスピートー」


「さあ、君も」


「え、い、いいのかな……」


 横に立ってるお母さんをちらっと見る。

 ――にっこりしてるから、いいか。


「それじゃ……いただきます」


 くぴ、と一口飲む。


 ! ――これ……私の好きな檸檬シトロスだ!


 この辺じゃ取れないから、ずっと東の王領グロス・ノヴォロアとか王の騎士領イルエスから取り寄せてるらしいんだけど、いつでも飲めるようなものじゃないのに……ありがとマロース、お父さん。


 いや、おごってくれたのはエリィナさんか。


ありがとうございますメタマロース。私これ、大好きなんです」


「それはよかった」


 そう言ってエリィナさんも、ビールピアットをぐびりとあおる。


「私はね、嬉しいんだ」


「嬉しい、ですか?」


「そう。君があの者たちをそのように評してくれるのが」


「あの……聞いていいのかどうか分からないんですけど、エリィナさんとあの人たちって、どういう関係ハルマーナなんですか?」


 私を見るエリィナさんの茶色マッロアルノーが、少し広がった気がする。


「そうだな……いつか機会があれば話すこともあるだろう。確約は出来ないが」


「はあ……」


「それと、先ほど君が話したうわさについてだが――私から言えるのは『ほうっておけ』だ」


「え、ええ!?」


「前にも言ったように、君に仕事を依頼した時点である程度のことは想定のうちだ。必要なことはすでに済ませてある」


「じゃあ、りょーすきやはぅみたちがどうにかされちゃうとかは……」


大丈夫だろうユニタオーナ。ただし」


 すーっと、エリィナさんのマータが細くなる。

 怖い。


「引き続き、私たちのことは一切・・何も・・、触れ回らないし、ぎ回らない。 ――いいねベーネ?」


はいヤァ


    ※※※


「て感じでね」


「ふーん、じゃあ放置でいいわけだ」


「うん。そもそも悪いことしてるわけじゃないしね、私たち」


「それもそっか」


 ――その時、キィという音を立ててヴラットが開いた。


おはようオナサーヴ皆さんタ・オーラ


「おはようございまーす、オズ先生セルカスタ・オズ


 学舎スコラート先生セルカスタの一人、オズワルコス先生セルカスタ・オズワルコス勉強部屋ルマヌメレートに入ってきた。


 この先生ともう一人、ベリカルロッテ先生セルカステ・ベリカルロッテから私たちは勉強メレートを教わっている。


 オズ先生は読み書きシスティ・ラスティを、ロッテ先生は算術マカリスを教えてくれるのだ。


「では、始めましょう」


    ◇


「あー終わった終わった」


お腹ベリマック減ったわねえ」


「ホント」


「ぺこぺこだよもう」


「僕も」


 代官セラウィス屋敷ユーレジアを出たところで、ヴァンディラン――ディル――と、クリストッフェルが思いっきり伸びをする。


 私たちはそろってお腹を押さえるが、無理もない。

 何しろ、もうそろそろ四時鐘よじしょう(十二時)が鳴るころだから。


 クリストッフェル――フェル――は、塩鉱山ザモニスで働いてる監督ペルデンス?さんの息子ファロス


 私たちより一つ年下の十歳ディア・イェービー

 ちょっと皮肉屋だけで根はいい子、かな。


 ビールドは私よりちょっと低いくらいなんだけど、よく一緒にいるディルが大きいものだから、余計に小さく見えるのをいつも気にしてる。


 ――ところで、私たちが普段かよっている学舎スコラートは、代官屋敷の中にある。


 代官屋敷はバジャの中心にあって……えーと、どんなことをしてるんだろ。


 私が知ってるのは、ここに代官様セラウィスがいてみんながフォロスおさめてるってことぐらい。

 あとは――


小僧ジーディども、まっすぐ帰れよー」


「はいはい」


「じゃあねー、レオさん、イェールさん」


「おう」


 ――ヘイグの横には、いつもこうして衛士の人ガルドゥラたちがいる。


 この人たちって、立ってるのが仕事カーマなのかなってくらいずーっと立ってるんだよね。


 まあ、そんなわけないのは知ってるけど。


「さーて、このあとどうする?」


「どうするって、ご飯ミラウリスしかないでしょ?」


「え、レオさんがまっすぐ帰れって……」


 ディルとシーラの会話に、不安そうなシルドルーチェ――ルーチェ。


「ルーチェって本当に真面目だよね」


「クソマジメって言うんだよ、リィナ」


「フェルひどい」


 と言いつつも、私たちの足は自動的に山風亭うちに向かっている。


 いつものことだね。


 ――この町ザハドにはいろんな人が住んでるけど、両親オビウスで働いているイルが多いからか、昼ご飯ミラウリス大抵たいていの人があちこちにある食堂ピルミルで食べたり、定番で出ている屋台マトラで済ませたりする。


 宿屋ファガードフィリスの私だって、たまには違う人が作ったものを食べたくなる時もあるし、お気に入りフェリートの屋台だってあるけど、やっぱり食べなれた味が一番なのだ。


「そう言やさ」

 先頭を切って歩くディルが、振り向きもせずに言う。


「リィナとシーラ、何か隠し事でもしてんのか?」


 ぎく。


「え、え? な、何のこと?」


「リィナさあ……」


 フェルが溜息ためいきく。


「丸わかりなんだよね」


「え、何か隠してるの? リィナ」


 ルーチェが目を丸くする。


「いやあ? 別に何も?」


 素知そしらぬ顔のシーラ。

 ディルまで溜息ためいきくのやめて欲しい。


「まあ無理に聞き出すつもりはねえけどさ、何か困ったことがあったらちゃんと言えよ」


「う、うん。ありがとマロース、ディル」


「そ。しつこいノァスは嫌われるからね。偉いね、ディル」


「お前なあ……」

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