第三章 第20話 生じた謎

 今夜は、久しぶりに二十三人全員が職員室に集まって、夕飯を兼ねた報告会を行うことになった。


 情報委員会で班長に伝えた言葉から又聞またぎきしてもらうより、俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――の撮影した動画を直接見た方が断然分かりやすいからだ。


 まずは、校長室にあったプロジェクタを職員室に移動して、俺のスマホをつないだ。


 そして、職員室前面の黒板に投影して動画を流すことにした。


 ――ちなみに今日の夕飯は、早速調達してきた小麦粉と肉を使ったすいとん・・・・だった。


 すいとんの団子だんごなら、小麦粉の種類とかあんまり関係ないらしいし、汁物なので大人数に十分対応できる。


 んできた野草たちが、わずかながらにいろどりをえる。


 具の種類は多くなくても、その代わりに団子も肉もたっぷり使った。


 醤油の在庫も半減していたらしいけど、岩塩のおかげ塩気しおけを存分にきかせられた。


「ぷはー、うめえ!」

「僕もう、お腹いっぱいだよ」

「あたしお代わり!」

「芽衣ちゃん、食べ過ぎじゃあ……」

「……もぐもぐ」


 久しぶりに、量でも満足のいく食事だった。


 特に、普段から頑張ってる子どもたちが、腹いっぱいご飯を食べて満足している様子を見るのは……うーん、何だろうなこの気持ちは。


 微笑ほほえましいと言うか、庇護ひご欲をそそられると言うか、教師冥利みょうりきると言うか。


 いまだにわけが分からないままだけど、あのサブリナたち三人に改めて感謝したくなった。


 ――食事が終わり、後片付けがいち段落してから、動画鑑賞タイムが始まった。


 黒板というスクリーンいっぱい(横撮りで撮影)に、俺が撮った場面が再生されているわけだが、それははからずもサブリナたちと一緒にきゃっきゃとはしゃぐ山吹やまぶき先生の姿を映し出すことになった。


 当の本人も、みんなの前で再生される可能性になど欠片かけらも思い至ってなかったようで、めたくとも止められない状況に、ついぞ見たことのないようなあわて方をしていた。


 おお……とうとう机に突っ伏してしまった。


 時々上がる笑い声が、そんな彼女に更なる追い打ちをかけている。


「山吹先生、可愛い」

「若いわねー、山吹さん」

「これは、いいものだ」


 うつむく彼女がどんな顔をしていたか、暗くてよく見えなかったが、わざわざそばに行ってのぞき込んでまで確認しなかった俺の自制心には衷心ちゅうしんから拍手を送りたい。


 ……それなのに、


「ねえねえ八乙女やおとめ先生、可愛いですね、山吹さん」

「え? 何だい急に、黒瀬くろせ先生」

「ホント、可愛いなあ。あー可愛い可愛い」

「……」


 何がしたいんだろう、この人は。


 ――まあそんなこんなで、サブリナたちからもらった袋を車に詰め込み、学校に帰る俺たちを見送る彼らの姿をリアガラス越しに納めたところで、動画は終わった。


 これでひとまず、事実を全員で共有することは出来た。


 ここからは話し合いのような形になるので、参加は希望者のみということになったが、まだそれほど遅い時間ではないせいか、退出する人はいないようだ。


「早速いいですかな?」


 かがみ先生が手を挙げた。


「まず、彼らとのやり取りの様子については分かりました。正直、私はここが地球ではない――訳の分からない異世界――とは思っておらんのですが、動画内の姿を見てその思いは一層いっそう強まったところです。しかし」


 一旦言葉を切って、重々しい調子で続ける。


「見る限り、これらの食料は今動画に映っていた彼らから贈られたと、そういうことでいいわけですな?」


「はい、そういうことです」


 俺は答えた。


「そうすると話の流れとして、まずは先日、最初に彼らと遭遇そうぐうした時に八乙女さんたちが彼らに依頼して、その結果として今日それを受け取った、とするのが最も自然に思えるのですが」


 何となく不穏ふおんなものを感じつつ、俺は正直に答えた。


「いえ、あの時情報委員会で報告した通り、あの子たちは逃げてしまったので一言も言葉を交わしてません。そもそも、今日の動画でもおわかりいただけたと思いますが、先方せんぽうの言葉はちんぷんかんぷんですし」


「それならば、どうして彼らは我々が欲しているものを、ピンポイントで用意して、さらにわざわざ運んできたのか。どう考えても事前に分かってたとしか思えん」


「まあそれはそうなんですが……正直言って私にも分からないですよ」


 実際そうなので、俺は肩をすくめるしかない。


「いや、別に八乙女さんたちを疑ってるとかではない。誤解させたのなら申し訳ないが、私には一つ危惧きぐしていることがあってね」


「危惧、とは?」


「我々は――監視かんしされているんじゃないかね」


 監視。


 ……誰に?


 同じ思いを他の人もいだいたようで、花園はなぞの先生が手を挙げた。


「監視、とは穏やかじゃありませんが、鏡先生はどなたに私たちが監視されていると?」


「それは私にも分からん。ただ、そう考えなければ筋が通らんと思っただけですよ」


 監視とまでは思わなかったけど、確かに鏡先生の言うことにも一理ある。

 偶然の一致と呼ぶのは、さすがに力技ちからわざが過ぎるだろうし。


「鏡先生のおっしゃる通りであれば、筋としては自然だと私も思います。が、そうするとやっぱり誰が、という話になると思うのですが」


 教頭先生の発言に、壬生みぶ先生が続く。


妥当だとうな線で言えば、動画にいた現地人の三人のうちの誰かか、その関係者となるでしょうが……」


 すると、すかさず山吹先生が立ちあがった。


「ちょ、ちょっと話が変な方向に行ってませんか? 確かに皆さんのおっしゃることは分かりますけど、ここって頂いた食料の素性すじょうを追求する場なんでしょうか?」


「そういう訳ではありませんよ」


 おだやかに返される校長先生の言葉に、山吹先生は食い下がる。


「それなら……もし監視だと言うのなら、なぜ私たちを助けるようなことをするんでしょうか。彼らの意図いとは確かに不明ですが、少なくとも備蓄が心許こころもとない私たちは、彼らからの物資で相当助かりました。不明だからと言って彼らを疑うようなことは、現時点では時期尚早じきしょうそうだと思います」


「ああ、すみません、山吹さん。私の『監視』という言葉が強すぎたかも知れん。彼らの善意をおとしめる気はなかった」


 鏡先生が右手を挙げて謝罪する。


「ただ、理屈に合わんことはとことん、気になる性質たちでね。危機管理的にも大事なことだと思ったから、発言したまでです」


「あの」


 俺は手を挙げて、発言の許可を求めた。


「どうぞ、八乙女さん」


「私は思うんですが、仮に監視されていたとして、特に問題ないんじゃないかなと」


「――と言うと?」


 俺をギロリとにらむ鏡先生。

 そんな怖い顔、しないで欲しいんですけど……。


「いやだって、向こう側さんの立場で考えれば、町か村か分かりませんがとにかくそのはずれに意味不明な人や物が突如とつじょ出現したんですから、調べるぐらい普通にしませんかね。監視って言葉が適切かどうかはともかく」


「……なるほど」


「それに、監視されていてもこちらがすることは特に変わらないんじゃないですか。生活は今まで通りだし、あちらさんとは教頭先生がこないだおっしゃったように、首長しゅちょうレベルの人に便宜べんぎはかってもらえるように動く方向で関わるわけですし」


「ふむ」


「問題になるのは、私が思うに二つあると思うんですけど……これも言っちゃっていいですか?」


 一応みんなの顔を見回してみる。


 うんうんとうなずいたり、俺の顔をじっと見たり……。


 先をうながされてる、って思ってもよさそう――ん?


「……!…………!……!……」


 何か……壬生先生の眼が怖いんだけど……俺何かやっちゃったか?


 この人ににらまれるようなこと、別に言ってないよな?


「えと、ひ、一つ目はですね、その『監視』のベクトルと言うか、どういう心づもりで私たちを見てるのかってことです。まあでも……今日のように物資を提供してくれるところを見ると、『見守る』方向と考えてよさそうです。今のところは、ですが」


「今はどちらかと言うと、好意的に見られているということですね?」


 校長先生が端的たんてきにまとめてくれて助かる。


「そんなところです。で、もう一つの方こそ、俺自身も全く理解できないし、それらしい理屈をつけられなくて困っていることなんですが……その、『監視』してる人ってのは、何で私たちに穀物こくもつと塩が足りていないことを知ってるんですかね」


「それは、監視してるからじゃないのか?」


「そうなんですけど、鏡先生。じゃ、ちょっとだけ言い方を変えましょう。どうして監視してる人は、私たちに穀物と塩が足りないことが分かった・・・・んでしょうか」


「ん?」

「?」

「……あ」

「はい、はいっ!」


 御門みかどさんがものすごい勢いで手を挙げてる。


「では、御門さん」

「はいっ」


 ガタンッと、興奮気味に立ち上がる。

 何か……授業してる気分になってきたな。


「遠くからみ、見てるだけじゃ、分からないはず、ですっ」

「落ち着いて、もうちょい分かりやすく言えるかい?」


「えと、あ、はい。――――すぅ――――。あの……アルファ米とかが足りないのは、ここにいるみんなが知ってることです。何で知ってるかと言えば、あたしたち食料物資班がそう伝えたからです」


「うん、そうだね。続けて?」

「はい。だから、聞いて・・・なきゃ分からないんです」


「聞いてなきゃ……はっ!」


 上野原うえのはらさんがはじかれたように頭を上げる。


 各々おのおのが思いついたことをとなりと話し始めて、途端とたんに場がざわつき始めた。


 自分の発言がもたらした結果に、御門さんがおろおろしている。

 

 うーん……どうしたもんかな。


 理屈がつかない、とは言ったが、素直に考えれば一つだけ可能性のある理由に行き着く。


 行き着くんだが……うーん、ちょっと考えられないな。


    ◇◇◇


 こうして、現地の人たちとの最初の交流は幕を下ろした。


 またしても、希望と不安をぜにしたまま。

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