第三章 第18話 禁足地の異人

 急に真面目な顔をして、エリックさんが言った。


「あの人たちとは、あんまり関わらない方がいいかも知れん」

「え?」

「どうしてよ、パパ」


 ガラガラガラ――――

 荷馬車キャリカ長閑のどかな田舎道をゆっくりと進んでいく。


「あの人たちはな、多分危険リオスカなんだよ」

「……ああ、はいヤァ

「そうかも、知れないけどさ」


 ――あの美味しいメーレご飯ミルを分けてもらった後、私たちの用は一応済んだので、荷物キャリークを置いて帰ろうとした。


 そしたら、多分重くて運べないから助けてほしい、みたいなことをりょーすきが言ったんだと思う。


 確かにそれもそうかと思った。

 あんな重いプードを五つも、どんと置いていかれても困るもんね。


 だから、ちょっと時間はかかっちゃうだろうけど、エリックさんの荷車キャリコスで運んであげたのだ。


 ――ところが、シルヴェス西ルウェスへ進んでいくりょーすきの姿に、私たちはイヤな予感を感じてしまった。


 どんどん森のはずれに近づいていったから。


「あーなるほど、禁足地テーロス・プロビラスかあ……」


 ロヨラスさんが前を向いたまま、察してつぶやく。


「そうだ。それにな」


 荷物キャリークを運んであげた先には、思っていた通りさらにもう一人イシヴィル男の人ノァスが待っていた。


 禁足地で、でっかいフェールボスカと一緒に。


 私たちは、運んできた荷物をりょーすきたちがその鉄の箱の中にしまうのを、黙って見ていた。


 ……森から出ないよう、細心さいしんの注意を払って。


 私は、あの時禁足地を生まれて初めて見た。

 でも、あそこがそうだと自然に理解できた。


 聞かされていた通りの景色だったから。


 一面に広がる草原メーデ

 うっすらとほんの少しだけ黄色ジールみを帯びてきたセレスタ

 それだけが――私の見た禁足地の姿だった。


 そして、りょーすきたちはその禁足地を、さらに西に向かって帰っていった。


「あの人たちは、恐らく禁足地に住んでる。そして、俺たちが見たこともないようなものを持っている」


 イルディアを描く時に使った、あの金属ミフリッツ製の太いエペノスグロッド

 イェニクもつけないのに、くっきりとリアラが引けた。

 ヴァートだけじゃなくて、クルームヴィエルも。


 りょーすきが持っていた、小さなアルマ四角いタレア

 見たこともない絵がうつっていた。

 何に使うのか説明してくれたみたいだけど、言葉ヴェルディスも分からないし、全然理解できなかった。


 あの大きなパルマフェールボスカ

 あれは多分、乗り物。

 ウマリーオウシコベックも使わないで動く乗り物。


 そしてあの、カレヌオニーリ。


王都レフォルタや、ずーっとずーっと遥かアヴァントのアムジールにあるグラードには、摩訶不思議まかふしぎなものがあふれているらしいが」


 エリックさんが続けた。


「あの人たちも、もしかしたらそこら辺から来たのかもな」

「でも父さんダァダ


 ウマグライデぎょしながら、ロヨラスさんが首をかしげる。


「その人たちは、一体どこから入ったって言うの? 禁足地って三方さんぽう断崖絶壁だんがいぜっぺきと高いモネに囲まれていて、唯一入れるのが西の森シルヴェス・ルウェスって話なんでしょ?」


「そうだよね。あたしたちみたいな森で働く人たちシルヴェスタが毎日見てるのに、あんな目立つもの見逃すわけないもん」


「そんなこと、俺にだって分からんよ」


 苦笑しながらエリックさんが言う。


「そうとしか考えられないって話だ。さもなきゃ、禁足地の真ん中に突然ぽっと現れたか」

「もっとあり得ないだろうね」

「ないない」


 かぶりを振るシーラに、エリックさんが向き合った。


「ともかくだ、あそこはもう本当にずーっと遥かファードウの時代から、領主様ゼーレに立ち入りを厳しく禁じられてる。今回はあの、何て言ったか?」


「ん?」

「俺に仕事を依頼してきた、リィナちゃんちのクリエだよ」

「ああ、えーとですね」


 私はその人の顔を思い浮かべて答えた。


「エリィナさんです」


「そのエリィナさんが、正式に領主様の許可ルミッサを頂いてたからな。何の問題もないわけだが」


「そう言えばさ、エリィナさんも不思議な人だよねー。一体何をしにこの町ザハドに来たんだろ」


「私にも分からないけど、いろいろ黙ってろって言われた」


「こわっ」

「僕もね」


 ぶるっとふるえるシーラに続いて、ロヨラスさんが言う。


シルヴェスの入り口で度々たびたび見かけるんだよ、そのエリィナさんって人と御者コチェロ女性フェム。あの人の馬車カーロが、昼間はずっと小屋ユバンのとこで待ってるし」


「ヨナ兄、何か話したの?」

あいさつサルヴェティート程度だよ」


 肩をすくめるロヨラスさんに、エリックさんが尋ねた。


「お前、何か聞いてないのか?」

「何も? でも悪い人には見えないけどな、あの人たち」

「俺もそうは思うが、せないんだよ」

せないって、何が?」


 アモルスを組んでうなるエリックさん。

 帰り道でもおんなじことを言ってた。


「いやな、俺は今日の仕事は、てっきりあの……何だっけ?」

「何だっけって、何が?」

「今日、荷物キャリークを届けた相手」


「りょーすきとはぅみ? あと……れいだっけ? パパってホント、人の名前ゼーナ覚えるのが苦手だよね」


「ふふ」


「うるさい。そのりょーすきたちがエリィナさんに頼んで、荷物を届けさせたと思ってたんだが」


 私は、運んできた荷物を下ろして、りょーすきたちに渡した時のことを思い出した。


 荷物をはさんで、お互いしばらく棒立ち状態になったのだ。


 私たちは、何でりょーすきたちが荷物を運んでいかないのか分からなかったし、りょーすきたちはそもそも何のことか分からないって感じで変な顔をしてた。


 それからかなり苦労して、荷物を持って行ってもらうことを了解させたんだった。


「ぽかーんとしてたもんね、あはは」


「でも何か、すごく感謝してるのが伝わってきたね」


「何らかの理由で、食料ミルに困っていたんだろうが……問題はなぜそのことをエリィナさんとやらが知っていたのか、だ」


「うーん……」


「それに、どうもエリィナさんはなあ……――りょーすきたちが禁足地テーロス・プロビラスにいることも分かっていたふしがある」


 エリックさんが、突然私の方を向いて、


「リィナちゃん」

はいヤァ


「これからも、こんな風にエリィナさんから仕事を頼まれるみたいなこと、あるのかい?」


「どうなんでしょう。特にそう言われてはいないんですけど……」


 いつものチルテスが見えてきた。

 もうすぐ山風亭うちに着く。


「そう言えば、エリックさん」

「ん?」

「前にシーラに聞いたら教えてくれなかったんですけど」

「!」

「ロヨラスさんって、どうして愛称あいしょうがヨナなんですか?」


 急にシーラがあわてだす。

「そんなこと、どうだっていいじゃない」


「わはははは、それはな」

「ちょ、パパダァダ!」


 御者台ぎょしゃだいからロヨラスさんが笑いながら、

シーラのせいなんだよ」


「シーラの?」


「そ。最初は僕、しばらく『ヨーラ』だったんだよ。でもあとから生まれたシーラが、オヨナ、オヨナってずーっと呼ぶもんだから、面白がって『ヨナ』に変えられたのさ」


「ぷ。そうだったんだ、ふふ、かーわい」

「も、もういいでしょ! あたしは覚えてないんだから!」

「わはははは」

「あはははは」


 すると、どこからともなくいい匂いハーユがしてきた。

 夕餉ミルヴェセールの匂いだ。


「……お腹空いたね、リィナ」

「うん」

「今日は何かおすすめのもんでもあるのかい? リィナちゃん」

山風亭うちご飯ミルは、いつでもどれでもおすすめですよ!」

「ははは、そうだったな」

「でも何かあたし、カモシカメルガ食べたい気分」

「そう言えば私も」


(エリィナさん、今頃何をしてるのかな)


 近付いてくる見慣れた建物をぼんやりとながめながら、私はふと思った。


    ◇


「彼女たちは、ちゃんとやってくれたみたいだな」

「はい」

「分かった。ありがとうマロース、グレーテ。今日はこれで休んでくれて構わない」

「はい」


 ヴラットが閉まり、一人になったことを確認してから、エリィナは瞑目めいもくしてひとつ。


「これで、よろしいのでしょう……?」

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