第三章 第16話 ファーストコンタクト

 あと十メートルほどにまで、彼我ひがの距離は縮まっている。


 少女たちを先導するようにを進めていた男は、何故なぜか後ろに回り、先日顔を合わせた二人が前面に出てきた。


 ちょうど俺たちの挙動と一致する。


 それはつまり、好意的に考えれば隔意かくいのないことの表れだが……どうにも男のくリヤカーのようなものが気になる。


 あれに武器が積まれていないとも限らない。

 もしくは収奪しゅうだつしたものを運び去るためのものとも。


 そもそも、女の子を前に出したのもこちらを油断させるための策なのでは……。


(いやいや……落ち着け、俺)


 もしかしたらせっかくなごやかに始まるかも知れない最初の接触ファーストコンタクトを、俺が緊張感丸出しでいたら台無しにしてしまう。


 ふと、山吹やまぶき先生の足がまった。


 あちらさんも五メートルほど先で前進をめている。


 数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは山吹先生だった。


「こ、こんにちは!」


    ◇


「ココヌチャッ!」


 と言って、目の前の女の人フェムがにっこり笑った。


「え? ……ど、どういう意味?」


「あたしだって分かんないよ。でも、最初の一声ひとこえって普通あいさつサルヴェティートじゃない?」


「それじゃ、こっちもあいさつした方がいいかな」


「そうね」


 私は息を大きく吸うと、いつもお客さんクリエに向けて言うように笑顔ミーチャで、


サリエーテこんにちは!」


    ◇


「さ、さりえーてっ!」


 山吹やまぶき先生が興奮して手足をばたばたさせながら俺を振り返る。


「さりえーてって、あいさつですかね!? にっこり笑って、さりえーてって!」


「まあ、こんにちはって言ったら返ってきたんだから、あいさつなんだろうけど……」


 こんな山吹先生、初めて見るんだが……。

 興奮して顔を真っ赤にするなんて。


 ソシャゲ好きらしい諏訪すわさんがいたら「SSRっすよ!」とか言いそうだ。

 いや、あの人は山吹先生のこと、そんなに知らないか……。


 ――考えてみると、SSRって何だ?


 最初に聞いた時「何でゲームの話に無接点リレーソリットステート・リレーが?」とか思っちゃったよ。

 回路設計のゲームか何かかと……。


 まあ……妥当だとうなところで「特別希少」って感じだろうか。


 ――いやいや、今はそんなことはどうでもいい。


 それにしても……サリエーテって、英語のサルートに似てるよな?


 あいさつするとか敬意を表するとかじゃなかったか?

 いやカンパイ、だったかな。

 それはサルーテか。


 ……もしかしてここ、英語けんなのでは?


 しかし――再び少女の声が響くと、もしかしたら言葉が通じるかも! と、先ほどの考察でわずかばかり盛り上がった俺の期待は、容赦ようしゃなく踏みつぶされてそく、ぺしゃんこになった。


「りゆなすさぶりーなるてーむれーろらうりぃな!」


    ◇


サブリナって言いますユナス サブリナリィナってルテーム レーロ呼んでくださいラウ リィナ!」

「うーん」


 シーラが横でうなる。


「せっかく自己紹介してるところ悪いけど、通じてないんじゃない? ……見てオラ、あのアローラ


    ◇


 あかん……。


 全く分からんぞ。

 れろらろりーとしか聞こえなかったわ……。


 山吹やまぶき先生が泣きそうな顔をしている。

 泣きたいのはこっちだが。


 俺は両のこぶしを胸の前でにぎって、あの・・はげます構えをする。


 ……いや、これはあれか、「今日も一日云々うんぬん」とか言って自分で自分を励ますやつだったか?


「山吹先生、しっかり! 言葉だけじゃ通じないのは分かってたでしょ! そのためにいろいろ練習したり用意したりしたんだから」


 そして、山吹先生の背中をゆびさした。


「そ、そうでした!」


 はっと気づいたように、背中のリュックをろすと、彼女は準備していたものを取り出し始めた。


    ◇


 ――――そして約三十分後。


 俺たち五人・・は、その辺の木の根元とか大きめな石の上とか、適当なところに腰かけている。


 あれから手製てせいのスケッチブックや油性ペンを使って、身振り手振りをまじえながら意思疎通そつうはかった。


 その結果、ようやく互いの名前を知るまでに至ったのだ。


 最初に話しかけてきた子が、サブリナ。

 横に立つもう一人の女の子が、ドルシラ。

 年のころは……うちの高校生二人と同じくらいに見える。


 おっさんはカルエリックと名乗ってた。

 自信はないが、あの説明の仕方だと恐らくドルシラの父親なんだろう。


 だーだとか言ってたが……ダッドとかダディ的な感じなのか?


 なかなかの強面こわもてなので威圧担当かと思っていたが、案に相違そういしてほとんど口を出してこない。


 最初の印象通り、保護者としての立ち位置でいるつもりなのかも知れないな。


 ファミリーネームの有無が分からないので、俺たちもファーストネームだけを取りあえず伝えた。


 一応了解されたようだけど……どうも「りょーすき」「はぅみ」と聞こえる。

 もしかして発音しにくいのだろうか。


 ――そして今も、山吹やまぶき先生とサブリナが中心となって、ジェスチャーと絵図えずでお互いのことを伝えるべく、奮闘中だ。


 そう言えば、スケッチブックと油性ペンを取り出して使った時、ものすごい反応をされた。


 特にペンで絵を描き始めたら、おっさんカルエリックまでかぶりついてきたのだ。


 女の子二人は興味津々しんしんで、ペンを使って絵を描いている。


 握り方が包丁の逆手さかて持ちみたいになってたけど、筆記用具がないってわけじゃなさそうだ。


「山吹先生、それは何を伝えようとしてるの?」

「うーん、お互いに住んでる場所を知りたいと思って」

「なるほど……」


 忘れてはならないのは、サブリナたちの住む村なり町なりのおさに取り次いでもらうことだ。


 そのためには俺たちが先方せんぽうに出向き、こちらの願いを伝える必要が有る。


 時々、サブリナとドルシラの間で言葉がわされるだけで、あとは動きと絵図が中心のやりとりだ。


 存外ぞんがい静かだな、などと思う。


 ――そうそう。


 この一連の様子は動画に収めている。

 もちろん、他の人たちにも伝えるためだ。


 カルエリックが俺の動きに気付いたようだが、危害を加えるたぐいのものでないと分かると自分の好奇心はたな上げするようで、そのまま場の観察に徹している。


「ヤァ、ヤァ!」

「分かってくれた!?」


 どうやら「ヤァ」は「はい」の意味らしいな。

 首を振る方向が同じなようで、何よりだ。


 それにしても――――考察することが、これでまたどかんと増えた。


 目の前の三人は、いわゆるコーカソイド的な特徴を持った、細部さいぶに至るまでまごうことなき人間だ。


 まず話す言葉は、最初は英語に近いものかと思ったが、結局似ても似つかない。


 衣服は、日本人の俺からすれば見慣れないものだけど、想像の埒外らちがいというほどでもない。


 元の世界でもどこかで誰かが着ててもおかしくないものだ。


(やっぱり――ここが地球である可能性が、高くなってきたな……)


「八乙女さん、思った通りこの森の向こうに、この人たちが住む町?があるみたいですよ」


「おお、何か希望が出てきたね」

「はい!」


 何だか……すごい楽しそうだな、山吹先生。

 サブリナだけじゃなく、ドルシラも加わってわちゃわちゃやってる。


 ……いやあ、本当によかった。

 一番心配したのはここなんだよな。


 俺たち二人は、向こうの三人から見たら素性すじょうの知れない、異質な存在のはずだけど、忌避きひする様子がほとんどない。


 むしろ、とても友好的に接してくれている。


 彼らの住む集落の全員がそうだとは思えないけど、少なくともこうして意思疎通に応じてくれる存在がいるということは、心強く感じる。


 ――――――

 ――――

 ――しばらくしてから。


 ドルシラがカルエリックに一言二言伝えると、彼は立ち上がり、くだんのリヤカーもどきから積んでいた荷物を下ろし始めた。


 その数、五つ。


 彼の腕に盛り上がった太いなわのような筋肉と、地面に置いた時の様子から、かなり重そうに見える。


「ちょ、山吹先生、どうなってるの? あの人、何してんの?」


「分かんないです。ちょっといろいろ試してみますから、待っててください」

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