第三章 第15話 再び接近

「いた! いました!」

まさかイノラモッド……本当にいるとは」

「だから言ったでしょ、パパダァダ


 私たちの五十メートルメルスほど先に、二人ウスヴィルの人影が見える。

 多分、こないだの人たちだ。


「うー、緊張してきた」


 私は、あの夜ダオゲーゼエリィナさんから「頼まれたこと」を思い出していた。


    ※※※


「サブリナ、と言ったかな?」

はいヤァ、リィナでいいです。ちょっとエリィナさんと似てますけど」


 エリィナさんは軽く微笑ほほえんで続けた。

 

「ではリィナ、君にはあるものをある場所ハドへ届けてほしいのだ」

「あるものをある場所へ……」


「そう。そして、それらを調達インクループするところからまかせたいのだが、頼まれてくれるか?」


「うーん、お届けするだけなら何とか……調達ちょうたつって、手に入れるってことですよね?」


「そうだな」


「私、ただの宿屋ファガードアルフェムなんですけど、そんな私に出来ることなんでしょうか……?」


 あごフィグロを当てて少し考えるふうのエリィナさん。


 私としては、エリィナさんが山風亭うちに泊まり続けてくれるのなら、ちょっとぐらい無理してでも頑張りたい。


 でも……出来ることと出来ないことがあるから。


「先に言っておこう。私は今、目立つことを好まない。君にこうして頼みごとをする時点で、ある程度の覚悟はしているが、それでも私自身のことや頼みごとについて、余人よじんには極力きょくりょくらさないで欲しいのだ」


「え、と……つまり、黙ってろってことですか?」


有体ありていに言えばな」


 エリィナさんって、何か言い方が小難こむずしいっていうか。

 やっぱり貴族様ドーラなのかな。


「だから、全てを君が一人でやってくれるのが一番いいのだよ。しかし……思うにそこで君が張り切るあまり、普段しないようなことをしてかえって目立ってしまっては本末転倒もいいところではある」


「……」


ゆえに、既に状況に関係してしまっている者には、協力クラボーラあおぐことを許可しよう。具体的には君の両親オビウスと、君の友達アプリアアルフェム


 友達と言われて、あの時一緒にいたシーラの顔がすぐに思い浮かんだ。


「シーラ――ドルシラのことですね」


「そうそう。そして彼女ドルシラ父親ダードレはあの猟師ロヴィクだったな。彼にも相談するがよい――いや、君とドルシラの両親オビウスについては、私から話を通して、依頼フェルジークをしておこう」


 そして荷物キャリークの中から小さなプードを取り出すと、その中から大銀貨バル・ジベリスディア枚(!)ほどつまみ出して、私に差し出した。


「とりあえずこれで費用クリウムまかなってほしい。足りるとは思うが、不足プアドスがあったら言ってくれ」


「こっ、ここここんなに……一体何を」


「その中には調達したり運搬ハルポートしたりする手間賃プラーカも含めたつもりだ。よろしく頼んだぞ。そして、調達するものと運び先は――――」


    ※※※


「一体どういう関係ハルマーナなんだろ。エリィナさんとあの人たち」


「さあ、そもそもどうしてあたしたちに頼むのかってとこからして分からないもんね」


「目立ちたくないって言ってたけど……でもこれって、要するに贈り物ドナフトってことだよね」


 シーラのお父さんが引いている小さな荷車キャリコスには、私一人ではとても持ち上げられない大きなカナビスプードが五つ。


 ちなみにこの荷車は猟師の人ロヴィクたちがよく使うもので、普通の半分くらいのはばしかないから、シルヴェスの中でもすいすい運べるのだ。


 小回りが利く分、動かすのにちょっとコツがいるけどね。


「で、リィナちゃん、この荷物を、あそこにいる人たちに渡せばいいんだな?」

はいヤァ、そうだと思います」


 エリックさんはドルシラのお父さん。


 エリィナさんからの依頼を請け負う形で、今日は私たちに付きってくれている。


 ていうか、この荷物、いくら荷車があっても私たち二人じゃどうにもならなかったからね。


「それにしても……どこのヴィルたちなんだ? 見たこともない服装だが」


「あ、そうそう。エリィナさんが『恐らく言葉ヴェルディスは通じないだろうから、よろしく』って言ってました」


「何だって!? ……この国エレディール言葉ヴェルディスの通じない場所なんて、あったか?」


「そういうことは、あたしたちよりリィナのパパダァダの方が知ってるんじゃない?」


「ぐっ……まあ、あいつペルオーラならそうかも知れんが、俺だって知らんわけじゃないぞ」


「あ、近づいてきますよ」


    ◇


「もしかして……一人ひとり、増えてます?」

「ああ、やっぱり警戒してるのかも知れないな」


 五十メートルほど先には、先日出会った少女二人に加えて、何と言うか……保護者然ほごしゃぜんと立つイカつい男の人がいる。


 ――何かしゃべってるみたいだけど……行くしかないよな。


八乙女やおとめさん、まず私に任せてみてくれません?」

「ええ? 大丈夫かい? 山吹やまぶき先生」


 俺の言葉に、彼女は気持ちほっぺたをぷうとふくらませる。


「そんなに私、頼りなく見えます?」


「い、いや、そういう意味じゃなくてほら、あの怖そうなおっさんが何するか分からないって言うかさ」


「思うんですけど、もしこっちに危害を加えるつもりで来てるとしたら、子連れなのって不自然じゃありません?」


 言われてみると、そうかも。

 案内役ガイドと考えられなくもないけど。


「それに、そういう場合だったらもっと人数を連れてきてもよさそうなものじゃないですか?」


「うーん、分かったよ。じゃあ俺はちょっと下がってついていくから、頼んだ」


「はい、かしこまりました!」


 にっこり笑って小首をかしげる。

 何だよ……不覚ながら、ちょっと可愛く見えてしまったじゃないか……。


 ざっざっ、と足下あしもとの草を踏み分けて歩き出す山吹先生。

 俺は軽く頭を振って気を取り直すと、彼女の背中をゆっくりと追った。


    ◇


 一度会っているはずなのに、少しずつ近づいてくる女の人フェムの、黒いヴァーティハールが何だかすごく印象的に見えた。


「黒髪なんて、あたし見るの初めてかも……」

「確かに珍しいな」


 シーラ達も同じふうに思ってるみたい。


 私だってたくさんのお客さんクリエを見てきたけど、それでも多分、一度もこんな髪色かみいろの人に会ったことはないと思う。


「それじゃ、このまま進むぞ。エルザイアじゃあないそうだが、油断はするな」


はいヤァ

はあいヤァ


 少しずつ、姿エルコナがはっきりしてくる。

 髪型は私に少し似てるかも知れない。


「ねえねえリィナ、女の人が先に来てるね」

「うん。男の人ノァスよりは話しやすいかも」


「ねえパパ、こっちもあたしたちが前に出た方がいいんじゃない?」

「何でだ?」


「だってほら、パパってさ、優しいんだけど見た目は結構……こわもて・・・・じゃない」


「こっ……まあ、自覚はしてるが、フィリスに言われると何だかなあ」

「あんまり怖がらせると可哀想かわいそうだし」


「分かった分かった。だがとりあえず五メートルメルスくらいは離れてしゃべるんだぞ」


はーいヤァ

はいヤァ

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