第三章 第14話 出会いを求めて

 少女たちと森の中で邂逅かいこうしてから一週間ほど、俺たち瓜生うりゅう隊は調査探索エリアを一時的に変更して、学校から南方面のマッピングをおこなっていた。


 様子見のためである。


 万が一にも山狩やまがりならぬ森狩りなどされていたらたまらないわけで、とにかく向こうの出方をうかがおうということだ。


 調査自体で、何か新しい発見は今のところない。

 南側も景色は北とほとんど変わらないようだ。


 遠くにみねつらなっていて、ふもとには森が広がっているように見える。

 

 水路を作る時に、意識して傾斜けいしゃをつけなくても水を容易たやすく引くことが出来たから、北側や東側の方が標高的に高いのだろう。


 ……しかしこんなのは現状の追認ついにん程度のことで、成果と呼べるようなものじゃない。


 それでやっと三日前、コミュニケーションを取る方策について議論を重ねた結果、一応の目処めどが立ったのだ。


 それは「絵図えず」である。


 さんざん話し合って出た結論がこれとは、いささか拍子抜けの感がなくもないが、言葉が通じないのだから、どうしたって身振り手振りに頼らざるを得ないのだ。


 問題はそれジェスチャーだけじゃ不十分だし、誤解が生まれる余地よちが大きいというところなわけで、そこをおぎなうのが絵や図だと。


 本当はスケッチブックのようなものがあればやりやすかったのだけど、生憎あいにくそれらしいものが見つからなかった。


 ――そこでA4のコピー用紙にリングを通して、それらしいものを作った。


 一緒に油性ペンを数本、何しょくか持っていけば、どうにかなるんじゃないかなあ……と。


 それで、だ。


 結局、その交渉人ネゴシエーターというか外交官ディプロマット的な役割を、俺と山吹やまぶき先生が拝命したわけである。


 理由は単純。


 こないだ遭遇そうぐうした時と同じ人物の方がいいだろうというのと、大人数だと相手に警戒されてしまう可能性が高いだろうということからだ。


 武器は持たないことにした。


 万が一剣呑けんのんな状態になったとしても、どのみち俺には武器を取って相手を殺すことなんて出来そうにない――技術的にも心情的にも。


 だからもし戦闘になりそうだったら、逃げにてっするしかないのだ。


 一応、俺たちにもしものことがあった時のために、離れたところで瓜生うりゅう先生と上野原うえのはらさんに待機しててもらう。


 そういうわけで、再び東の森を訪れるようになって今日で四日目なのだが――――


「――――今日も来ませんね……」

「来ないねえ」


 今日も森に入って、既に二時間は経ってる。


 最初の日はひたすら待っていたのだけど、あまりにも手持ち無沙汰ぶさたなので、わずかでも道を伸ばそうとのんびり下生したばえを刈り始めた。


「まあ、追手おってを差し向けられて……なんて物騒ぶっそうなことになってないだけ、マシかもね」

「それはそうですけど」

「腹が減ってきたなあ……いつもより早めに出てきたからね」

「まだお昼には早いです。いつものように、正午になるまで我慢ですよ」

「了解」


 それからしばらく、足元の草を刈りとるのに集中する。


「ねえ、八乙女やおとめさん」

「ん?」

「お弁当のおにぎりのこと、知ってます?」

「ああ、うん……瓜生先生に聞いたよ」


 その話を聞いた時、俺は不覚にも泣きそうになってしまった。


 要するに、保健衛生ほけんえいせい班と食料物資しょくりょうぶっし班の人たちが、自分たちの分のアルファ米を自主的に減らして、調査班うちやカイジ班みたいに外作業そとさぎょうをする人たちの分に回してくれていると言うのだ。


 ――学校の中で働く自分たちより、カロリーが必要だろうから、と。


 しかも、それを言い出したのが高校生の二人らしい。

 更に言えば、そのことを皆には内緒にしているのだ。


 瓜生先生は偶然、そのことを耳にしてある晩、俺に教えてくれた。

 山吹先生が誰からそれを聞いたのかは知らないが。


「だから私、何としてもこの交渉を成功させたいんです」

「うん、そうだね」


 そのためには、何としても現地の人たちに――――


「ん?」


 草を踏み分ける足音と、何やらガラガラという音が、遠くで聞こえる。


 そして――確かに近付いてきている!


 ……気のせいじゃ、ない。


 俺と山吹先生は、ゆっくりと立ち上がる。


「や、八乙女さん、あれ……」


 そして、彼女の視線の先におそるおそる目を向けると――――

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