第三章 第13話 リィナとエリィナ

 カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カン……カン…………。


 ああ……八時鐘はちじしょうのティリヌス(午後九時)になってしまった。

 怖い。


 なけなしの勇気サルディアを振り絞って、私は目の前のヴラットセスたたいた。


「どうぞ」


 カチャリ、ギィィ――――

 中からの声に従って、私はそっと部屋ルマの中に入る。


「ど、どうも……こんばんはオナゲーゼ。サブリナです……」

「そこに座って」

はいヤァ……」


 私は指示された椅子ストリカに腰かけると、寝台サリールに座っているエリィナさんの顔を見た。


 ちょうど逆光になっていて表情イレームがよく分からないけど、ヴォコの感じからして怒ってるのかも。


 無理もないけど。


「……」

「……」


 しばらくの間、沈黙ちんもくが私たちの間にどっかり腰を下ろして動かない。


「……」

「あ、あのう……ごめんなさ――」

「謝罪はもういい」


 エリィナさんが首を振ってぴしゃりとさえぎる。


「謝らせるために呼んだのではない」

「そうなんですか? それじゃあ――」

「それで、どうだった?」

「ど、へ?」


 どうって……何がだろう?


「あのあと、どうなったのだ。遠くからだとよく分からなかった」

「ええ? み、見てたんですか?」

当たり前エヴィダンだろう」

「う……」


 どうと言われてもなあ、結局何もしないまま逃げてきちゃったから……。


「ご覧になってたのならご存知ぞんじだと思いますけど、はなしもしないで逃げちゃいました。ほかの人が来たみたいで」


「ああ、確かに。あの者たちは少なくとも四人タスヴィルはいるようだな」


「あ、あの人たちを監視ステイブしてる、とか?」


「……」


 エリィナさんは私の質問フラジオンには答えず、しばらく黙りこんでいたが、寝台から立ち上がると言った。


「君たちが単なる好奇心ヴィルベレスで私のあとをつけたということは分かった。特段とくだん悪意マリンティアがないことも理解した。しかし」


「……」


「やはり宿ファガードを移らざるを得ないようだ。ここには一年ウスヤーニュ分の前払いもしてあったし、食事ミルもよくて気に入っていたのだがな」


「ええっ!」


 ガタッ――――

 私は思わず、立ち上がってしまった。


「一年分も!?」

「そうだ」

「それじゃ、宿を移られるということは……」

「もちろん、その分は返金かえしてもらうことになる」

「そんな!」

当たり前エヴィダンだろう」

「う……」


 当たり前エヴィダンだ。

 当たり前すぎるメタエヴィダンし、私がバカカダグラーヴァすぎる。


「あの、何とか思いとどまっていただくわけにはいかないでしょうか」


「……」


「ホントにもう、今回のことはこの通りおびしますし、私の一番大切なものにちかって、二度とこんなことはしません」


 私は体を半分に折りたたんでグラーヴァを下げる。


「大切なもの?」


「私のダードレマードレです。ずうずうしいお願いなのは分かってます。でも、こんなこと聞いたらきっと悲しんで――」


「確かに、君の父君と母君は、とても感じの方々かたがたではあるな」


「う……」


 自分が情けないのと、こんな時なのに両親オビウスめられて嬉しいのとで、ルハラがにじんできてしまう。


 そんな私をエリィナさんの両眼マーティスするど射抜いぬく。


 そして、おもむろアモルスを組むと、小さくうなったまま黙り込んでしまった。


 私もこれ以上何を言っていいのか分からなくて、ただひたすら沈黙ちんもくえるしかなく――――


 ――――そうしてどのくらいのノメンが過ぎたころか、エリィナさんは組んでいた腕をほどき、寝台に腰かけると私にも再び椅子ストリカすすめてきた。


「まあ、座りなさい」

「はい……」


 浅く椅子に座ると、私はエリィナさんの顔を見上げた。


 ……何となくだけど、うっすら微笑ほほえんでいる?


 今の私には、その笑みを見て安心することなんてできなかった。

 むしろ、おそろしかった。


「こちらとしても」

 私の表情をどう読んだのか、さっきまでの冷たい感じが少しやわらいでいる気がする。


「慣れた寝床と美味しいメーレ食事ミルを手放すのは、宿を移る手間以上にしいものがある」


「……」


 何か、何かイヤな予感がする……。


「一つ、頼まれて欲しい」


 来たーー! 来ちゃった!


「あ、あの、あのでも、私、悪いこととかいけないこととか、出来ませんっ! あのっ、ごめ、ごめんなさいっ!」


「……はあ?」


 あわてる私を、何とも言えないマータで見た後、エリィナさんは笑い出した。


「いや、別に悪事の片棒かたぼうかつがせるようなことを頼むつもりはない」


「へ? そ、そうなんですか? 私てっきり……」


「まあ、ここで交換条件のようなものを出せば、そう取られるのも無理からぬことだろうが……。で、どうかな? 引き受けてもらえるだろうか」


「出来ればあの……返事は内容を教えていただいてからというわけには……」


「それは構わないが……」

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