第三章 第12話 生きるために

「そうですか……とうとうこの時が来ましたね」


 場面変わって、ここは校長室。


 定刻午後八時に始まった情報委員会の真っ最中である。


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――は本来、この委員会のメンバーじゃないけれど、今回は現地の人達に直接遭遇そうぐうした本人ということで召喚しょうかんされたのだ。


「まあ以前からこの話題は度々たびたび俎上そじょうのぼっていましたし、悪いことばかりではありません」


「悪いこと、と言うと?」


 校長先生の言葉に、かがみ先生が反応する。


「前に鏡さんも危惧きぐされてたでしょう。相手が友好的とは限らないということですよ」


「うーむ……しかしこればっかりは相対あいたいしてみんことには分からんですからな」


「そうです。それで、実際に対面してみてどんな感触でしたか? 八乙女やおとめさん」


 俺は、あの時感じたままを答える。


「あまり希望的観測だけで物を言うのはよくないんでしょうが……それでも、あの少女たちから敵意というものは感じなかったように思いますよ」


「でも、逃げていったんですよね?」

「あ、それはですね」


 教頭先生の突っ込みを瓜生うりゅう先生が受ける。


「多分ですけど、僕が八乙女さんに声を掛けちゃったからじゃないかな。それまではお互い見合ってたんでしょ?」


「そうですね、見合ってたと言うか……俺と山吹やまぶき先生はどうアプローチしようかあたふたしてて、あの子たちは、何と言うか戸惑っているという感じでしたね」


 しばらく沈黙が落ちる。


「食料物資班からの見解ですけど、野草や果実を採集したり、瓜生さんが動物を狩ってきてくれたりして、何とか回ってはいますけど、正直言って残りの食料、もう大分だいぶ心許こころもとないですよ」


「一応、プランターで食べられそうな植物の種をいてはいますが、まだ海のものとも山のものともつきません。だから外部から入手しない限り、状況は改善しません」


 花園はなぞの先生と不破ふわ先生の言う通りだ。


 ちょっと前から、食べ物の節約モードに入っている。

 特に炭水化物を自給できないのが痛い。


「まあ、現地の人たちと友好的な関係を結んで、物資を手に入れなければならないという点においては、既に意見の一致をみてるでしょう」


 校長先生の言うように、食料の継続的な入手方法を確立することは、俺たちが生きていくためにどうしても必要なことなのだ。


「ただ、こっちの意思をどう伝えるかって問題はとりあえず置いておいて――」

 瓜生先生が腕を組んでうなる。

「食料を交換してもらうとして、こっちから出せるものって何がありますかね?」


「それこそ、先方あちらさんに聞いてみないと分からないのではないでしょうか」

 そう言って教頭先生が手を挙げた。


「こういうのはどうでしょう。現地の人にお願いして、管轄かんかつする地方自治体のような、町役場とか市役所とか、そういうところに渡りをつけていただくのです」


「ほう……」


「現状、我々には交換するにあたいする物品も貨幣かへいもありません。仮にくだんの少女たちとの交渉が上手くいって、いくばくかの食料を分けていただいたとしても、結局は一時しのぎに過ぎず、焼け石に水だと思われます。何しろこちらは二十三人の大所帯おおじょたいなのですから」


 確かにそうかも知れない。


 ちょっとした植物を採集したり栽培したり狩猟をしたりして、一部を自給自足出来たとしても、この人数が長期間生存できる分の穀物こくもつはどうにもならないだろう。


 江戸時代には、大人一人が一年間で食べるコメの量を「一石いっこく」としていたらしいが、それには千平方メートルの田んぼが必要だと言う。


 つまり一人分で三十三メートル×かける三十メートル以上の広さが必要なわけで、それを二十三枚とか、何をどう頑張っても不可能だ。


 それに、問題は食料だけにとどまらない。


 洗濯や洗体せんたいに使う洗剤や衣服等、生活必需品と呼ばれるものだって今はよくても、いつかは尽きる。


 ――俺たちが幸運なのは、電気を得る手段があったことと、学校の建物と一緒に転移してきたことだ。


 もし電気も使えず、着のみ着のまま放り出されたとしたら、とっくに生活は行きづまっていたに違いない。


「確かに教頭さんのおっしゃる通りで、私も方向性としてはそれでいいと思います。どうですかね、皆さん」


 鏡先生に続いて、他の人たちも賛意さんいを表明している。


「どうやら方針が固まりつつあるようですね。では、その役割をどなたにになっていただくかということですが……」

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