第三章 第11話 第一種接近遭遇

 パキリ。


 その途端とたん、エリィナさんがすごい勢いでこっちを振り向いた。


「ちょっと、リィナ、もう桶頭バカ!」


 私はあわててしゃがむけれど、もう遅い。

 だって、何でこんな時に、足元に小枝アダル・アルマが……。


 あきらめて立ち上がると、静かに、だけどすごい速さでエリィナさんがこっちに向かってくるのが見える。


「知ーらないっと」


 シーラってば、背中を向けてグラーヴァの後ろでマーニを組んでる。


「君たち」


    ◇


「どうしたんですか? 八乙女やおとめさん」

「今、あっちの方で人の声がしなかった?」

「え、どっち? 人?」

「行ってみよう」


    ◇


 私とシーラは、エリィナさんの前で項垂うなだれたまま、彼女の小言こごとを聞いている。


「私に一体何の用か?」

何故なにゆえあとをつけるような真似をしたのか」

「君たちは私のエルザイアなのか?」


 などなど……。


 申し開きようのまったくない事態に、私はひたすらグラーヴァを下げ、ごめんなさいポリーニすみませんでしたとび続ける。


 隣りでうつむいているシーラにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 後でいっぱいあやまらないと……。


 ガサガサガサ。


 エリィナさんの後ろから、何やらエベをかき分けてこちらに向かってくるような足音が聞こえる。


「!」


 後ろを振り返り、小さく舌打ちリンコラッツをしたエリィナさんが、突然私のリンガヴァレアを寄せてささやいた。


「今夜、八時鐘はちじしょうのティリヌス(午後九時)に私の部屋ルマに来なさい。私はあの者たちと接触するわけにはいかない。あとまかせる。とりあえず彼らはではないからな」


「え、ま、任せるって!?」


 エリィナさんはそう言い捨てると、振り向きもせずに来た方向へ姿を消してしまった。


「エリィナさんがあんたに何て言ったのか気になるけど、まずは……あっちをどうする?」


 シーラがゆびさす先には――――


    ◇


 ――――女の……子か?


 二十メートルほど先の木々のあいだに、二人の少女が立っているように見える。


 遠目でよく分からないが、年の頃は御門みかどさんや早見はやみさんたちと同年代ぐらいか。


山吹やまぶき先生、あれって」

「はい……人ですよね、女の子」

「どうする? ……近付いてもいいのかな」

「怖がらせない方がいいかも知れませんね」


 一応、俺たちは「知的生命体」と出会う可能性を念頭に探索をしている。


 というよりむしろ、諸々もろもろの理由からそれを願っているわけなので、いざと言う時にどう行動しようかということをあらかじめ話し合っていた。


 その際、とにかく敵対する意思のないことをアピールした方がいいだろうと。


「武器を下に置こう」

「はい」


 問答無用で攻めてこられたらその限りじゃなかったけど、彼女?たちの様子を見る限り、そういう感じでもなさそうだが……。


「あの、こ、こんにちは……」


 山吹先生が渾身こんしんの笑顔で手を振る。


    ◇


「どうしようシーラ、マーニを振ってるけど」

「どうしたものかなあ……エリィナさん、何て言ってたの?」

「任せる、って」

「はあ?」


 一体どこのバジャの人たちなんだろうか。

 見たことのない恰好かっこうをしてる。


武器ヴァーベンを置いた……敵意がないってことかも」


「見知らぬ動物ホローナ遭遇そうぐうしたら、とにかくまずいったん撤退てったいするのが基本だって、パパは言ってた」


動物ホローナって……ヴィルだよ?」


「同じことだよ。この森で働く人たちシルヴェスタ大抵たいてい知ってるけど、あんな変な恰好かっこうをした人たちのことなんて、見たことも聞いたこともない」


    ◇


「……何かすごく警戒けいかいされてないか?」

「ちょっと、ショックです……」


 項垂うなだれてる彼女には悪いけど、ちょーっとかたかったかもかな、笑顔。


 ――それにしても驚いた。


 人の姿じゃないか!

 しかも女の子とか。


 ここが地球ではないのなら、どんな奇天烈きてれつなフォルムの生命体が出てきても驚くまいと覚悟はしていた。


 それなのにあの服装は……何て言ったっけ、あのアルプスの少女たちが着てそうなやつ――トラハトだかミーデルだったか?


 見慣れたというほどではないが、少なくとも「どこかで見たような」姿をしているとは……。


 しかしその民族衣装めいたものをまとったおじょうさんたちは、先ほどから佇立ちょりつしたまま動かない。


 口が動いているふうなので、何か相談しあっているようにも思える。


 すぐに逃げ出さないということは、もしかしたら意思疎通いしそつうためせる可能性があるんじゃないか――そう思った時だった。


「おーい! 八乙女さーん、何かあった?」


    ◇


「リィナ、逃げるよ」

「え、ど、どうして?」

新手あらてが来たみたい。これ以上人数が増えるのなら、あたしたちには危険リオスカしかない」

「そ、そうかも」

「行こう」


 ――こうして、私たちは見知らぬ人たちモルヴィスあとに、ザハドに戻ることにした。


 しばらく走ってから振り向いてみたけれど、彼らが私たちのあとを追ってくる気配はなかった。


    ◇


「ああ、逃げちゃったよ……」

「あとを追います?」

「いや」


 俺は気を取り直して、地面に置いた槍を手に取った。


「怖がらせてもかえってよくないでしょ。とにかく俺たちと同じような人がいるって分かったんだ。収穫としては十分だと思うよ」


 そして俺たちは、駆け付けてきた瓜生うりゅう先生たちにこと顛末てんまつを説明し、昼食をはさんで予定通り今日のノルマを達成した後、学校に戻ったのだった。

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