第三章 第10話 接近

 エリィナさんの足はまだ止まらない。


 途中からジョールを外れて、もう私――サブリナ――には尚更なおさらどこに向かっているのか分からなくなった。


 完全にドルシラ頼み。


 流石さすが休憩アセディナもなしでシルヴェスの中を二時間イシ・ユニカ近く歩き続けるのは、正直きつい。


 シーラはまだ平気なアローラをしてるけど、やせ我慢じゃないよね?


「ねえリィナ」

「ん? 何?」

「あんた、エリィナさんが何しているのかを知って、どうするつもりなの?」

「どうって、別にただ知りたいだけだけど……」

「……」

「え、何かまずかった?」


 視線はエリィナさんをとらえたまま、シーラが言う。


「この西の森シルヴェス・ルウェスの向こうには何があるのか知ってる?」

「……禁足地テーロス・プロビラス(きんそくち)でしょ」

「そう。意味も分かってる?」

「絶対に足を踏み入れちゃダメなとこ、だよね」

「……分かってるならいいんだけど」


 何か、やらかしたかな、私。

 シーラの雰囲気ふんいきがいつもと違う気がする。


「この森の中なら、別にいいのよ。ちょっとくらいアル・アシスに行ったって。パパダァダにもちゃんと許可ルミッサもらってきたし」


「ええっ、話しちゃったの?」

当たり前エヴィダンでしょ? 何かあった時どうすんのよ」

「私、お父さんダァダお母さんマァマに黙って来ちゃったのに……」

「あんたのパパとママも知ってるわよ」

「え、え? 何で?」

「あたしのパパが話した」

うそーウーラっ!」

「ちょ、声が大きいって!」


 シーラは大きなため息ハスパーを一ついて、私の方へ向き直る。


「あのね、これで分かったと思うけどさ、あんた、すんごく愛されてんのよ」

「……知ってる」

「うちのパパだって、あんたが好奇心ヴィルベレスがすごく強いの、知ってるからね」

「私、そんなところ見せたことあったっけ……?」

「自覚がないとか……まったく」


 こめかみカールムを押さえるシーラ。


 ――そこから、口答えの余地のない私の行動をひとつひとつ、フィグロを折って数えられて、両手分終わったところでやっと止めてくれた。


 落ち込む私にシーラが言う。


「いいじゃない別に。好奇心が強いのは悪いことじゃないよ。うちのパパだけじゃなくて、ヨナにいだってあんたのこと、めてるしさ」


「えー、ロヨラスさんが?」


「そうよ。まあでも、そんなことはいいの。パパはあたしのことも信頼してくれてるし、ちゃんと理由カラーナを言えば大抵たいていのことは好きにさせてくれるからね」


「見た目はちょっと怖そうだけど、すっごく優しいもんね、あんたのお父さん」


「ンンッ、ま、まあね」


 まったくこのお父さん大好きっ子は……わざとらしい咳払せきばらいしなくてもバレてるんだからね。


「でもね、そんなパパがすっごい顔して怒ったことがあったのよ。あたしが『禁足地テーロス・プロビラスに行ってみたい』って言った時」

「……」

「真剣な顔で『二度とそんなことを言っちゃいかん』って言われた」

「そうなんだ……でも、どうしてなんだろうね」

「理由は教えてくれなかった。とにかくものすごい大昔メタ・ファードウからそういうことになってるって」

「そっか。でも」


 私は言った。


「私、禁足地に行くつもりなんて、全然ないよ?」

「そうだよね。でもエリィナさんはどうか分からない」

「ええっ?」

「まだ大分だいぶ距離タンシアはあるけど、このまま西ルウェスに行くとシルヴェスが切れちゃう」

「それはまずいパ・オーナ

「でしょ?」


 エリィナさんに、まだ足を止めそうな気配は感じられない。


「とにかく、もう少し様子を見て、場合によってはあたしの判断インディクトで引き返すからね」

「うん、分かった」


    ◇


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――たちが森に入ってから約一時間、これまでこつこつと作ってきた道がそろそろ途切れてくる。


 ここからは、まずは周囲への警戒を続けつつ、せっせと草刈りをして道づくりにいそしまなければならない


 スマホを見ると、午前十時半ちょい過ぎ。


 たかだか百メートルぶんと言っても、これがなかなか重労働なので、多分お昼くらいまではかかるだろうな。


「では道づくりに入りますが、今日のペアリングはどっちでしたっけ?」

 瓜生うりゅう隊長の指示が飛ぶ。


「前回は瓜生さんと私でしたから、今日は八乙女やおとめさんが私のペアですね」

 と答えるのは、山吹やまぶき先生。


「そうだっけ」

「瓜生隊長、ペアよろしくお願いします」

「はい、上野原さんよろしく。じゃ、僕たちは北側をやろうか」

「はい!」

「じゃ私たちは南側ですね、八乙女さん」

「うす」


 というわけで、俺と山吹先生は本日のペアとして、道づくりをしつつ南側のマッピングを行うことになった。


     ◇


「あれ」

「どうしたの? シーラ」

「エリィナさん、止まったみたい」


 ――見ると、シーラの言う通り、エリィナさんの足が止まっている。


 一本のリグノの横に立ったまま、うつむいて動かないように見える。


「何、してるんだろ」


「……」


    ◇


「それにしても」

 せっせと草を刈りながら、山吹やまぶき先生が話しかけてくる。


「こないだの狩りの時、瓜生うりゅうさんすごかったですよね」

「え? ああ、うん。そうだったね」


 ――こないだの狩りと言うのは、初めて獲物えものをゲットした時のことだ。


 瓜生先生のクロスボウがはなったボルトが、タヌキのような動物の頭蓋骨ずがいこつを撃ち抜いたのだ。


 八乙女さんとどめを!って言われて、俺は恐る恐る横たわってもがいているその動物の胸のところに、槍を突き刺した。


 ……あまり大きくない動物だったので上手く心臓に入らず、何度も打ち込んでしまった。


 そのために、無駄に苦しめてしまった罪悪感と、生き物の身体に刃物を差し込んだあの感触が、今でも頭と手にこびりついて離れない。


 生きるために必要なことだと言うのは、頭では分かっているし、ほか生命いのちを頂いて自分の生命をつなぐなんて今更いまさらのこと、元の世界でだって自分の代わりに誰かがやっていたことなのだと、納得づくでやったつもりだった。


 それなのに、いつまでっても手のふるえが止まらなかった。


「あ……あの、ごめんなさい……」

 俺の表情をどう読んだのか、山吹先生が突然あやまってきた。


「ごめんって、何が?」

「何か、無神経なこと言っちゃったかなあって……」


 申し訳なさそうにする彼女の言葉が正直、どういう意味なのかよく分からなかった。

 でも、掘り下げて聞く気にもならず、俺は曖昧あいまいに流すことにした。


「ん、いやまあ、仕方ないよ。それより、塩を何とかしないとね」

「塩、ですか?」


「そう、あの時取った肉を保存するのに、塩けにしたでしょ? あれで塩の残りがほんのわずかになっちゃったらしいからさ」


「ああ、そうでしたね。でも塩なんて、海以外からどうすれば手に入れられるのかな」


塩湖えんこでもあれば手っ取り早いけど、そう都合よくいかないよね」

「えんこって、ウユニ塩湖の塩湖ですか?」

「そう。あとは小麦粉とか入手できればなあ」

「備蓄も大分減ってきているらしいですしね」

「そう――――」


 ん?


「山吹先生、ちょっと待って!」

「え?」


 何かが……聞こえた気がする。



――――――――――――――――

2023-01-26 一部表記ミスを修正しました。

つもりつもり → つもり

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