第三章 第09話 西の森=東の森

 転移後、四ヶ月ほどがった。


 こよみ通りなら、すで晩秋ばんしゅうのはず。

 初冬しょとうと言ってもいいかも知れないこの時期だけど……。


「八乙女さーん、行くよー」

「はいはいっと」


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけは、我が隊の隊長である瓜生うりゅう先生に呼ばれて機嫌よく返事を返す。


 今日も今日とて調査探索。

 いつもの出発時刻、午前九時。


 俺たち瓜生うりゅう隊は、通称「東の森」に、かがみ隊は西方探索に向かっている。


 ――何かね、身体がすごく締まってきてるんだよね。


 筋肉がついたと言うより、贅肉ぜいにくが落ちたと言うか……元々そんなに不摂生ふせっせいな生活はしてなかったと思うんだけどな。


 筋肉と言えば、諏訪すわさんと壬生みぶさんだね。


 カイジ班の男たちは、服の上からでもはっきり分かるくらい上半身がすごいことになってる。


 ……女性陣のことはよく知らない。見てない。


「何か、あんまり涼しくなってないですよね」

「本当ね」


 上野原うえのはらさんも山吹やまぶき先生も、上はTシャツ一枚だ。


 ちょっと前までは日焼けを気にしてか長袖ながそでを着てたようだけど……もしかしてあきらめたんだろうか。


 実際、秋の終わりとは思えない陽気には違いない。


 寒くないのはいいんだけど、今後も冬は来ないままなのかいずれ来るのか、はっきりしないのは何とも歯がゆい。


「でも、あれだね。僕たち結構きたえられてるよね」

「最近、移動に車を使わなくなりましたね」


 そう。


 瓜生先生の言う通り、以前は森の手前まで車で移動していたのに、いつからか行きから帰りまで徒歩になったのだ。


 まあカイジ班のほうに車を回したっていう事情もあるけど、毎日森の中を何キロもうろつき回っていれば、足腰が丈夫になるってもん、なのかな。


「上野原さんもヘロヘロにならなくなったしね」

「ヘロヘロってひどいです、八乙女先生」

「八乙女さんだって学校に着くなり死んだように眠ってましたよね」

「いやいや、君たちだって車の中で寝顔を無防備にさらして……」


 女性二人の顔色がさっと変わった。


「!」

「! 山吹先生、今のってセクハラですよね」

「そうね」


 勘弁してください……。


    ◇


 すごいなあ、シーラってば。


 エリィナさんとは結構離れて歩いているのにに見失わないし、移動も静かだし。


 ――西の森シルヴェス・ルウェスに足を踏み入れてから、一時間プセ・ユニカくらいはったのかな。


 エリィナさんはしっかりとした目的地があるのかないのか、時折きょろきょろ辺りを見回しながら、森のジョールをくねくねと進んでいる。


 ――私たちは見つからないように、かなり距離タンシアを取って後をつけている。


 お客エリィナさんの方はあまり急いでいないようで、そこは助かるんだけれど……一体どこに向かっているんだろ。


「ねえねえシーラ、エリィナさんの目的地とか、見当つく?」


「うーん、軽装だし狩りヴィクってことはないだろうけど、炭焼き小屋ユバナボはとっくに過ぎたしなあ……分かんない」


「そう……」


 この子シーラに分からなきゃ私に分かるはずもない。


 とにかく、ここまで来てしまったんだから、このままついていくしかないよね……。


    ◇


 三キロの道を三十分ほどで歩き、「東の森」の入り口に到着。

 瓜生うりゅう隊メンバーの顔に疲れは全く見られない。


「それじゃあ、まあいつもと大体同じだけど、今日の計画を確認します」


 隊長からブリーフィングの開始が告げられた。


「まず今日の目的ですが、二つあります。一つは現在六キロメートルほどまで出来ている『森の小径こみち』を百メートル程度延伸えんしんします」


 この「小径」とかこじゃれた命名は、上野原うえのはらさん。


 草を刈って踏みしめただけの獣道けものみちだけどね。


 幸い、この森は平地に広がっているようで、起伏きふくが激しくない分歩きやすい。


「二つ目は、出来上がった『小径』から南北五十メートル幅のマッピングです」


 この森のマッピング作業には、字義じぎ通りの地図作りというほかに、森の途切れた先に何があるのかを確かめるという目的がある。


 さらに言えば「コンタクト出来る存在」探しだ。


 彼らが俺たちと同じ人間の姿なのか、ファンタジー小説みたいにけものと人の混血人こんけつじんだったりするのか、まさかとは思うが、エルフとかドワーフとかがいたり……しないよな。


 だってあれって、元ネタは北欧神話とかだろ?


 少なくともアニメなんかで見るような姿かたちは、近代の作家の創作物なんだから、仮にそういう種族がいたとしても、全然違う容貌ようぼうなんじゃないか?


 いや……その作家たちがそもそも異世界から転移してきてて、元の世界のことを小説に書いた可能性も……ん~、まあまあぶっ飛んだ想像だと我ながら思うけれど、今の俺たちには否定できないな。


 ――ま、それはともかく俺たちも何のあてもなく「人探し」をしてるわけじゃない。


 何かがいるって根拠は一応、二つほどある。


 一つ目は、前に発見した謎の人工物だ。


 俺のはつ気絶と関係あるのかないのか、あれから近づいていないから結局分からないままだが、もう一度ためす気にはまだちょっとなれない。


 人工物なのだから、作った人がいるだろうというのがその論拠ろんきょ


「あと、必達ひったつ目標ではないけど、何か獲物えものが狩れたらいいですね」


 そう言いながら、手製てせいのクロスボウをかかげる瓜生先生。


 同じものが上野原さんと山吹やまぶき先生の手に、そして俺には長い槍がある。

 獲物にとどめをさすためのもの。


 いずれも瓜生先生の手になる、イチイの枝製えだせいの武器だ。


「私たちは今のところ成果が出てないけど、瓜生さんは流石さすがですよね」

「練習は結構してるんですけど、いざ本番となると……」


 人がいるだろうという、第二の根拠がこれなのだ。


 一月ひとつきほど前、いつものように東の森を探索していた俺たちは、何と「矢」を見つけたのだった。


 普通はねらいをはずしたものは回収すると思うのだが、どういう理由からか、それは草のあいだに忘れられたように転がっていた。


 矢があるということは――当然誰かが弓を使ってそれをはなったわけだ。


 で、弓を引く人がいるのなら恐らくだが、その「彼」もしくは「彼女」は人間と同じような体格骨格をしているのではないだろうか、と。


「何か質問、ありますか? なければとりあえず森に入ります」

「ありません」

「ないです」

「ないです。行きましょう」


 ということで、俺たちは森に足を踏み入れ、既に何十度目かに及んでいる東の森の探索を始めたのだった。

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