第三章 第08話 追跡

 カーン…………


 一時鐘いちじしょう(午前六時)が鳴った。


 今日はカウ・ゲーゼの五日目(下旬げじゅんの五日目=二十五日)で、学舎スコラートお休みディニヤーズ


 本当ならいつまでももぐっていたい寝台サリールの中だけど、今日は別。

 ていうか、楽しみ過ぎてあんまり眠れてない。


おはようオナサーヴ!」


 私は手早く着替えると、厨房キナスで準備をしているお父さんダァダお母さんマァマに早目の朝食ミルサーヴをねだった。


 食堂ピルミルには私以外、誰も居ない。

 まだ誰も下りてきて・・・・・・・いない。


「急がなくちゃ」


 パンパーオミルクラークでお腹に押し込んで、チーズシシィを口に放り込む。

 自分でもさすがにお行儀ぎょうぎ悪いかな~と思ってたら、案のじょうお母さんに顔をしかめられた。


「何をそんなに急いでるの? リィナ」

約束フォラーガがあるの、シーラと。もぐもぐ」

「そう。とにかく危ないことはやめてね」

「もぐもぐ、分かってる」


 危なくないと思う……多分。


「それじゃ行ってきまーす」


 お母さんの返事も聞かず、私はシーラとの待ち合わせ場所に急いだ。


 ――――――

 ――――

 ――


 カーン……キン…………


 一時鐘いちじしょうのドゥル(午前六時半)。


 待ち合わせ場所のチルテスのたもとで、シーラは待っていた。


ごめんねポリーニ、待った?」

「んーん、ユニカ(かね)とちょうどぴったりじゃない」

「よーし、じゃ行こうか」


 そうして、私とシーラは連れ立って歩く。


 目的地は――――西の森シルヴェス・ルウェス


    ◇


「ひ、久しぶりにこんなところまで来たけど、結構距離あるんだね……」

「なあに、だらしない。もうバテたの?」

「まだ、だいじょぶよ。シーラは流石さすがだね……はあはあ」

「そりゃあしょっちゅう来てるからね」


 さっき二時鐘にじしょう(午前八時)が遠くに聞こえたから、かれこれもう一時間半は歩いているはず。


 バジャはもうずっとアヴァントの方に消えて、周りにはヴェルト草原メーデが広がっている。


 シルヴェスの入り口までジョールはちゃんとつながっているから迷う心配はないけれど、周囲に人影がほとんどなくてちょっと怖い。


「そろそろだね。ほら、あそこ」


 シーラのゆびさすほうには、森の一部がひょっこりとヴェントを開けていて、足元の道が吸い込まれるように続いている。


「じゃあ、あっちの木陰こかげで待とうか」

「そうね」


 私たちは森の入り口から二十メートルメルスほど離れたところにあるリグノの陰に隠れた。


    ◇


 それから私たちは、十五分ゴウス・ナディスほど待った。


 そして……。


「あ」

「来た、来たね」


 カラカラとかろやかな音を立てて、町のほうからやってきたのは、いつものあの馬車カーロだ。


 降りてきたのは……そう、うちのお客さんクリエ


 ――エリィナさん、と言っていた。


 エリィナさんが御者コチェロさんと一緒にうちの宿ファガードに泊まるようになって、もう三ヶ月くらい経つ。


 その間毎日、サーヴは決まって一時鐘いちじしょうのカルマール(午前七時半)くらいに宿うちを出て、帰りは日によるけど大体七時鐘しちじしょう(午後七時)には戻ってきている。


 このお客さんは、そんな生活をもうずっと続けているのだ。


 パルパルが出来たのはほんの数回だけ。


 一度、この町ザハドに何をしに来たのか聞いてみたけれど、何だかんだ言って教えてくれなかった。


 ただ、西の森シルヴェス・ルウェスに用がある、とは言ってた。


 ……気になるじゃない?


 そこで今日、休みの日を利用してあとをつけてみようって考えたわけ。

 ま、分かったから別に何だって話でもないんだけどね。


「話通り、森に入っていった……」


「ねえリィナ。あの馬車ってここでずっと待ってるのかな?」


「分かんないけど、とりあえず見つからないようにこの辺から森に入ろう。シーラ、道とか分かる?」


「まあそこは任せて」


 私一人じゃ森に入れないから、ドルシラにも手伝ってもらっているってわけ。


 彼女シーラ猟師ロヴィクイルの子で、彼女自身も猟師ロヴィク見習いぺラティスだから森への立ち入りの許可ルミッサをもらっていて、自分ちのトルジャードみたいなものらしい。


「ちゃんとあたしについてきてよ、リィナ」

了解ダット!」

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