第三章 第04話 食料調達

 俺が椎奈しいな先生に鳩尾みぞおち――いや水月すいげつか――を打ち抜かれてから約一週間後、我らが調査隊八名プラス一名は、通称「東の森」の中にいた。


 学校から見て東にあるから、東の森。

 分かりやすいだろ?


 ここは例の、水源となる川を発見したところだ。


 カイジ班は毎日、学校まで約3kmの水路を通すべく奮闘ふんとうに奮闘を重ねている。

 とにかく掘削くっさく工事を最優先作業と位置付けて、俺たちを含めた他の班も手がいていれば手伝っている。


 その甲斐かいあって、水路そのものの開通はもう目の前だ。


 あとは学校側の必要とされる各所に水を配れるかんと、二十三名の命をつなぎ、健康で文化的な生活を送れる程度の大きさの溜池ためいけ、そして排水部分を作るのみとなっている。


 ――「のみ」と言うには多い気もするが、まあカイジ班のことはさておいて、今はうちの話だ。


 今日は花園はなぞの先生を食料物資しょくりょうぶっし班から借りての調査探索である。

 目的は、可食かしょく植物を見分け、採集すること。


 俺たちのかかえている食料しょくりょう事情からすれば、どうしても必要になる作業と言える。


 周囲に広がる草原もこの森も、もう探索し始めて大分つが、どうやらこの世界の植物や動物は、俺たちの元いた世界のものとそう大きくは変わらないんじゃないか、という仮説にいたっている。


 と言うのも、今のところあくまで外見とかからの判断ではあるが「これってあれかな~」みたいなものが結構あるのだ。


 こんなところも、ここが地球のどこかだって考える根拠になるんだよね。


 俺も個人的にはそれなりに植物を知ってはいるが、花園先生にはちょっとかなわない。

 何しろ彼女は理科部会の夏季研修で、フィールドワークの講師をつとめたりしてるのだ。


    ◇


「ねえねえ八乙女やおとめさん、これコケモモに似てないかしら」

「ああ、ちょっと可愛い感じの葉っぱとか、実の色も大きさもそれっぽいかも……」

「あ、私、コケモモのジュース飲んだことあります」


 秋月あきづき先生が赤い実に手を伸ばす。


「結構っぱかった覚えがあるな」

 これはかがみ隊長。


「お砂糖入れてジャムにしたいけど……どのくらい残ってましたっけ、お砂糖」

「うーん、調味料は全体的に少ないから、十分じゅうぶんはないかも知れないわねえ」


 山吹やまぶき先生の質問に、食料物資班長でもある花園先生が答えた。


「でも、ビタミン不足に備えて作っておいた方がいいかも知れませんね」

 と、椎奈先生。


    ◇


「ねえねえちょっとあれ、イチイのように見えるけど」

「確かに、この穴の開いたふうな実とか、オジギソウっぽい葉っぱとか似てる……でもイチイって、毒があるんじゃなかったです?」

「実は食べられるわよ。それ以外の部分はアウト」

「あ、イチイですか? どれどれ」


 急に瓜生うりゅう先生が乗り出してきた。


「これ、弓の材料として有名だよね?」

「いや、俺は知りませんけど……」

「ほら、動物を狩らないとって話、出てるでしょ? 役に立つかも」

「なるほど」


    ◇


「あっ、あの赤いの、あの実、なんて木ですか?」


 上野原うえのはらさんが指さす先には、赤くて細長丸い(伝わる?)実が鈴なりにっている。


「グミの実ってあんな感じじゃありませんでしたか?」

「確かに似てるけど……グミの実って初夏じゃなかったかなあ」


 花園先生が、しげしげと観察して言う。


「グミにも似てるし、アキグミってのもあるからアレだけど、これは多分サンシュユだね」

「サンシュユ?」


 みんなの頭の上に、一斉に「クエスチョン」マークが浮かぶ。


「葉っぱのね、側脈そくみゃくが特徴的なの。先っちょの方にぐいーんてね」

「なるほど確かに。すごいですねー」


 久我くがさんが感心している。


「ただ、あんまりあったかいところの木じゃないように思うんだけどね。でもサンシュユの実なら食べられるから」


    ◇


 とまあ、こんな感じなのだ。


 見事に赤い実ばかりが見つかってるけど、目立つからね。


 赤い実じゃなくても、サルナシとかクルミとか、ヤマボウシにアケビ、恐らくスダジイっぽいしいの実となかなかバリエーション豊かなラインナップ。


 果実以外でも、野草的なものもいくつか見つけた。

 オオバコ、クズ、シソ、ヤマノイモとそのムカゴとか。


 同定どうていできたわけじゃないので、本当にそれかどうかは結局分からないんだけど、大事なのはそういうことじゃなくて、俺たちのかてになり得るかどうかだから。


「そろそろ時間だ。収穫もなかなかだし、今日はこんなもんでいいだろう。カイジ班もピックアップしなきゃならんしな」


 鏡隊長の命令で、俺たちは森の出口に向かった。


    ◇


「じゃ、運転手よろしくね、八乙女さん」

「了解です」


 助手席に乗った瓜生うりゅう先生が声を掛けてくる。


 ――聞き違いじゃないぜ?


 森でがっつり収穫物を得た俺たちは、二台の乗用車に分乗して学校への帰路きろく。


 諏訪すわさんのトラックも含めて、北側の駐車場に止めてあった俺たちの車の多くがこの世界に一緒に転移してきた。

 もちろん、ここは見渡す限りの草原で、いつもの感覚で車を乗り回せるような場所じゃあない。


 悪路あくろでも走破そうは出来そうなのは、俺のともう一台だけ、意外にも教頭先生の車だ。

 どちらも四駆。


 あとは瓜生先生のオフロードバイクか。

 セ何とかみたいな名前のやつらしいが、俺はバイクのことは全然分からない。


「それじゃ出発しますよー」

「はーい」


 俺の車は瓜生隊の四人が乗っている。

 教頭先生の方はかがみ隊と花園はなぞの先生で、ステアリングをにぎってるのは椎奈しいな先生らしい。


 俺は西に向かって、ゆっくりとアクセルを踏みこむ。


 大分見慣れてはきたが、フロントガラスの向こうの景色はやっぱり圧巻あっかんだ。


 草原と言っても、海みたいにずーっと真っ平まったいらなわけじゃなくて、ところどころに丘も見えれば、遠く南北には峰がつらなっている。


 ただ、西の方は果てが見えない。

 元の世界じゃかつて見たことのなかった地平線というやつが広がっている。


「後ろ、静かですね」

「もう寝てるよ」


 ルームミラーには、安らかなかんばせで眠りについている二人がうつっている。

 よっぽど疲れていたんだろうが、どっちも寝つきがよすぎるだろ。


 とは言え、三キロの距離など時速二十キロメートル程度ていどでのんびり走っても、ものの十分じっぷんくらいで着いてしまう。


 ちなみに転移してきた車の扱いについては、大分前に話し合って決めていた。


 持ち主としては当然愛着あいちゃくのあるものだろうし高価なものではあるけれど、意味もなくちさせるのはあまりにも勿体もったいないので、この地でも使えそうな車両に用途ようととリソースを集中させようと。


「すごい景色ですよね」

「ホントだね。うちの奥さんにも見せてあげたいよ」

「そうですね」


 転移してきた車は十台。

 ここでも使えそうなのはその内二台とバイク一台。


 ならば限りある燃料ガソリンをこの三台に使おうということになったのだ。ガソリンだってくさるのだから。


 ちなみに用途は、今日のように収穫物を得られそうな時の運搬うんぱん、水路づくりや道路づくりに必要な資材の運搬、土木工事にたずさわるメンバーの移動や送り迎え、そしてバイクに限って言えば調査探索活動など。


 毎日朝から夕方まで水路づくりに尽力じんりょくしてくれているカイジ班の人たちに、歩いて帰って来いなんて可哀想かわいそう過ぎるからね。


 まあ、小学生もいることだし、校長先生や教頭先生がいてくれるから、無茶なことにはなってないと思うけど。


「お、カイジ班ですね」

「後片付け中かな」


 俺は車を止めると、窓を開けて校長先生に話しかける。


「お疲れ様です。すぐに戻ってきますからゆっくり待っててください」

「おー、ありがとう」


 近くでは男子二人が大の字で寝転ねころんでいる。

 壬生みぶ先生や諏訪すわさんたちも座り込んで、手だけこっちに振っている。


「後でコケモモジュース(仮)を振舞ふるまってあげるから、もうちょい待っててね」


 後ろの車両から聞こえてくる花園先生のねぎらいに、如月きさらぎ先生と加藤かとう先生が「わあ」と声を上げた。


 教頭先生は……しゃっきり立ってる。


 流石さすがだ。


 ――この日に採集した果実や野草は、慎重しんちょうなパッチテストの結果、どれも食べられそうだと判定された。


 まあ時間がたないと分からないものもあるかも知れないけれど、残念ながらここは食の安全が高度に保証されている日本じゃあない。


 ギリギリのところで試行錯誤しこうさくごしていくしかない。

 そして、油断はダメだけど、やっぱり俺たち自身もたくましくなる必要が有るのだ。


 身も、心も。

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