第三章 第03話 修行……?

「はあっ!」

「せいやっ!」


 俺たちが職員室ごと、この見知らぬ土地に転移してから一ヶ月った。


 ――そう。


 もうはっきり「転移」と言い切ってしまっていいと思う。

 「職員室」は「転移」したんだよ、転移。


 ただ……ここが地球かどうかについては、まだ判然はんぜんとしない。


 って言うか、それを判断するための新しい材料がないんだ。

 転移当初から。


 個人的には、地球のどっかじゃないかなって思ってる。


 ――だってさ、地球以外の惑星で俺たちが普通ふつーに生きてられる場所って、あるか?


 仮に別の次元とか、多世界とか、そんなトンデモな話になったとしても、だ。

 そこまで宇宙は、地球の人類に優しくないと思うんだよなあ……。


 ――まあその話は置いておこう。


 まずは俺たちの現状だ。


 転移してから一月ひとつきの間、俺たちは四つの班――施設管理維持班・保健衛生班・食料物資班・調査班――に分かれて、この世界で生き延びていくために必要なあらゆる努力を続けた。


 あるものは利用し、ないものは作るか代用品を考案する。


「シッ!」

「そいやあっ!」


 大切なのはバランスだ。


 この世界のいろんなことに順応じゅんのうしながらも、元の世界のことを忘れずに生活する。


 今まで出来ていたことはなるべく出来るように、無理ならば代わりになる事を模索もさくし、どうしてもダメならすっぱりあきらめる。


 ――割り切れていないと指摘してきする向きもいるかも知れない。

 いさぎよく元の世界のことは忘れて、新しい場所だけに目を向けるべきだ、と。


 いやいや、なぜ割り切る必要があるのか。


 俺たちはあきらめていない。


 最終目的である元の世界に帰ることを諦めてはいな――


「ふんっ!」

「ぐふぅっ!!」


 ――俺は思わず背を丸め、よろめいてしまった。


「だ、大丈夫ですか? 八乙女やおとめさん」

「う……く……だ、だいじょぶ……です」


 椎奈しいな先生が心配そうな目で俺を見る。


組手中くみてちゅうに考え事はダメですよもう」

「ははは、分かっちゃいますか」

「丸わかりです」


 そう……うぐぐ。

 俺たちは今、空手の練習をしているのだ。


 今いるここは、校舎の三階。

 転移してきた当初には、階段がくずれていてのぼれなかった場所だ。


 施設管理維持班しせつかんりいじはん――長すぎるから最近はみんな『カイジ班』と呼んでいる――の頑張りのおかげで、こうしてこの階も利用できるようになった。


「今みたいに、相手が息をき終わった時にくと、すごく効果的なんですよ」


「うぅ、やれやれ……たった今、身をって知ったけどさ、そもそも相手の呼吸なんて俺には読めそうもないかな」


「そう、だから相手の突きを外受そとうけなんかで受けながら同時に突きを出すといいんです」


「ああ、そうかなるほど。突く時って息をきますもんね……こんな感じか?」


「その時には、ぼっ立って受けるんじゃなくて、こうして足をこっちに寄せてじくをずらすんです。受けると言うよりさばくって感じで」


 で、何で空手なんてやってるのかと言うと、えーといつだったかな……。


 ある時、椎奈先生が暇つぶしとか面白半分で天方あまかた君と組手みたいにじゃれ合ってて、「教えてあげようか」「うん」「じゃあ希望者集まれ」ってのが切っ掛けだったと思う。


「大体、『突くわよ~』ってことわってから突いたって、ダメージ与えられないですよね」


「確かに。普通はかまえますからね」

「そう。だから相手のきょを突かないと」

「不意打ちってこと?」

「まあそうです」


 ここでは俺と椎奈先生以外に、小学生三人・・が一緒に汗を流している――そう、三人・・だ。


「ふっ!」

「ふっ!」

「……!」


 瑠奈るなさんが、天方あまかた君や神代かみしろ君と並んで順突じゅんづきとぎゃくきの練習をしている。

 相変わらず声は出ていないが、彼女なりに気合は入っているらしい。


 最初の頃こそ何となく戸惑とまどい気味だった男子二人も、今では慣れたもの。

 彼女を特に気にすることなく自分たちの練習に集中している。

 もっとも、一番驚いてたのは瑠奈さんのパパとママだけど。


「私、空手以外にも武道をいくつかたしなんでるんですけどね、そっちで教えてもらった『当身あてみの五要素』ってのがあるんです」


「へえ……っていうか他にもやってるんですね。どうして?」


「投げたいんですよ……」

「……は?」


天秤てんびんめて投げたところに同時にひざを落とすとか、ちょっと鬼畜きちくなことやりたくて……へへ」


 へへじゃないが。

 はにかみながら何言ってんだろうなこの人。


「私のやってる空手の流派には投げが少ないから、知らないだけかも知れないけど、まあそんなわけです」


「はあ……」

「で、さっき言った五要素なんですけどね」


 あれ……これってまだ続くんだろうか。

 とりあえず今日は休日だからいいけどさ。


「位置・間合い・角度・速度・虚実きょじつ、っていうんです」


 初めの頃は、みんな何かに追われるようにしゃかりきになって働いてたのが、やっぱりちゃんと休みを取った方がいいって話になったのだ。


「位置って、突く位置?」

「そう。突きでも蹴りでも急所に当てろってことですね」


 だから今は、月火水と働いたら木曜日に休んで、金土ってまた働いて日曜日に休む、みたいな週休二日体制になっている。


 転移してからも、元の世界のこよみを使い続けて、何日経ったかってのもちゃんと記録しているのだ。


「ふうむ。急所の位置とか、相手との距離とか、スピードとかが大事ってのは分かるよ。虚実ってのはさっきの不意打ちのこと?」


「はい」

 

 ちなみに今日は、木曜日。


「角度なんてのもあるんだ」

「ありますよ。ちょっとかまえてください」

「へ?」

「いいから、構えて」

「はあ、こうですか?」


 椎奈先生は一歩下がると言った。


「分かりやすいところで、水月すいげついきましょう」

「水月、とは?」

鳩尾みぞおちのことですよ」


 そして、ちょっと大げさに振りかぶるようにして、俺の水月とやらを上から突いてきた。


「うっ」

「上からだと構えた手も邪魔だし、あんまりダメージ入らないでしょ?」

「え……結構痛かっ――」

「でもこうして!」


 ズドム、と椎奈先生の縦拳たてけんが俺のガードをかいくぐって、あばら下のくぼみに下からめり込んだ。


「!!!!!!!!!~~~~~~~~………………」

「こうして下から突くと、同じ力でも――」


 俺は今度こそ悶絶もんぜつして、その場にくずおれた。

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