第二章 第22話 第一回情報委員会 その14

 校長室は今、何ともおかしな雰囲気で満たされている。


 混乱?

 もしくは困惑か?

 無理もないけれど。


「そ、それは本当なんですか? 八乙女やおとめさん……」

「さあ……あくまで瓜生うりゅう先生と私で推測したことですから。でも余計な憶測おくそくとかを入れずに、眼で見た事実と知識で出した結論です」


「それにしたって、ここが本来は太平洋だとか、北マリアナ諸島だとか」

 さすがのかがみ先生も戸惑いを隠せていない。


「でも同じ星座が見えるってことは、地球なんじゃないの?」

 まあそうですよね、花園はなぞの先生。


「でも、地図上にはこんな陸地はない、と?」

「はい」


 俺の返事に、瓜生先生が続ける。


「ケータイに地図アプリが入ってるかたは、現在地を表示させてみれば分かりますよ。ISSが見えたんだから、GPS衛星だってあると考える方が筋が通ってます。軌道きどう高度は大分違いますが」


 みんなが一斉にケータイを取り出して、操作し始めた。

 花園先生は不破ふわ先生に教えてもらいながらタップしたりスワイプしたりしている。


「まあ! 北緯ほくい二十一度、東経とうけい百四十二度だって……」

「し、信じられん……」

「案外、硫黄島いおうじまが近い……」

「近いと言っても、三百キロ以上離れてますね」

「今は硫黄島いおうとうって呼ぶらしいですよ」


 まあ皆さんのリアクションは想定内だが、俺にはむしろ、あの激しい地震のような現象の方がよっぽど不思議に思える。


 激震レベルの揺れだと感じたのにも関わらず、実際は全く揺れていなかったとしか思えない状態。

 どう考えても、あれこそ「転移」の原因なわけで、それが何なのかは一切不明なままだ。


    ◇


 しばらくの間、それぞれケータイを操作したりあれこれ議論したりしていたが、ようやく少し落ち着きが見えてきたころ、花園先生が口を開いた。


「海なのに陸地があるとか、はっきり言って私には何にも分かりませんけど、ここが地球だって言うのなら、なおのことコミュニケーションしやすいんじゃないのかな」


「いや、地球と決まったわけじゃないですよ、花園さん」

 校長先生が指摘する。

「もし地球なら、ここは海のはずなんですから」


ここで、しばらく考え込んでいた教頭先生が口を開いた。


「皆さん、ここがどこだとか、地球なのかどうかとか、確かに気になるトピックではありますが、今は正しい答えを得られそうにないことはひとまず置いておきましょう。とりあえずは現状に即して、私たちの明日からの行動指針こうどうししんを決めることに注力ちゅうりょくしませんか?」


「む……確かに」

たちばなさんのおっしゃる通りですね」


 さすがだ……。

 この人の沈着ちんちゃく冷静さには、本当に頭が下がる。


「じゃあ私からいいですかね?」

 かがみ先生が挙手きょしゅした。


「調査班は出発する前、ちょっと話したんですよ。その時は『知的生命体』と呼んだんだが、まあそういうたぐいの存在を見つけたらどうするかということをね。で、一応出した結論が『見つからないようにけろ』でした。そりゃそうでしょう。相手がどんななのか全く分からんのですから。友好的なのか敵対的なのか。当然言葉も通じんでしょうし」


「ジェスチャーとかボディランゲージとか、ダメなんでしょうかね」


 花園先生は、どうも接触したい派みたいだな。

 好奇心が強いのは悪いことじゃないんだが……。


 俺は昨夜、瓜生先生とシャカサインについて話した時のことを思い出しながら言った。


「ジェスチャーって結構危険なんですよ、文化が違うと。有名な話ですけど、ブルガリア辺りじゃ『はい』の時に首を横に振るし、インドだと『分かりました』ってのを首を横にこてんとかたむけて表現するらしいですし」

「えー、ホント?」

「私が直接経験したわけじゃないですが、実際そうなんだとか」


「ジェスチャーの難しさもそうだし、対応について我々二十三人の総意が固まっとらんこともあったわけですが、とにかく万が一、相手が問答無用で殺しに来るような連中だったら、班員の命に関わってくる。だからそう判断したのです」


「なるほど……。ただ僕としては、校長先生のおっしゃることも分かるんです。先のことを考えたら、いつかは関係を持つっていう選択肢をらなければならないと思うんですよね。そもそも」


 一旦いったん言葉を区切って、瓜生先生は続ける。


「これ、今聞いていいことか分からないんですが、いい機会なので確認しておきたいと思います。皆さん、この地に骨をうずめる覚悟が出来てるんですか?」


 しん、と場がしずまる。


「ここって学校ですよね。毎日毎日かよってきた仕事場です。訳のわからない場所に今いますが、一日の半分近くを過ごしてきた、過ごし慣れた場所でもあります。そのせいで、僕はどうも現実感をなくしているみたいなんです」


 みんな、うつむき加減でじっと話を聞いている。


「でも、現実を直視してはっきり言えば、ここは『違うところ』なんですよ。少なくとも僕たちが元いた場所じゃない。もしかしたら来た時と同じように、いつの間にか戻れるかも知れないけれど、その時がいつ来るのか。明日か、それとも一年後? 十年後?」


 ……。


「僕は正直言って、早く帰りたいんです。そんないつおとずれるかも分からない天佑神助てんゆうしんじょや奇跡をただ待つんじゃなく、帰る方法を一刻も早く見つけたい。僕の帰りを待ってくれてる人に、すぐにでも無事だと知らせてあげたいんですよ。それにはどうしたって、情報収集をしていろんなことを知らなきゃいけないと思うんです」


 ――ぐすっ……と誰かの鼻をすする音が聞こえてくる。


 確かに、待ち人がいる人にとって、よく考えれば絶望的な状況なのだ。


 俺は一人暮らしが長かったり結婚したりで、親元を離れていることにすっかり慣れてしまっていたけれど、実家の親父やお袋だって心配はしてると思う。


「もちろん無策むさく相対あいたいするわけにはいきませんし、情報が十分集まるまで生きていかなくちゃなりませんから、方法を考えなければならない。その方法を一緒に模索もさくしてほしいんですよ。積極的に」


 そう言い切ると、瓜生先生は押し黙ってしまった。

 しばらくの間、沈黙が流れた後、校長先生が口を開いた。


「瓜生さんのおっしゃること、私の心のうち代弁だいべんして下さったように感じます。皆さんも恐らくそうではないでしょうか。ここはひとつ、私たちのだい目標として、鏡さんの仰るように皆さんの身の安全を最優先に考えた上で、帰るための情報を積極的に集めることと定めたいと思いますが、如何いかがでしょう」


「いいんじゃないですかな、つまり大目標は『元の世界に帰る』ってことで」

「賛成です」

「いいと思います」

「それじゃ、具体的な方針を固めないといけませんね」


 気が付くと、壁の時計は既に午後十時を回っていた。


 それでも会議が終わる様子はなく、更にあと一時間ほどついやした上でようやく閉会を迎えたのだった。


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2023-01-22 誤表記を修正しました。

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