第二章 第21話 第一回情報委員会 その13

 四度目よたびめ、情報委員会。


「つまり……これまでの話を総合すると、八乙女やおとめさんは調査先の森で突如とつじょ気絶し、そんなあなたを山吹やまぶきさんと上野原うえのはらさんが二人だけで、約三キロもの草原をかついで学校に戻った、と」


「そうらしい……です」


 校長先生の言葉に、俺はうなずく。


 あのあと、保健室のベッドの上でしばらくほうけていた俺だが、森で起こった出来事をじわじわと思い出していったのだ。


 森の中で川を発見したこと。


 そして――黒い石碑せきひのようなものを見つけて、猛烈に気分が悪くなったことを。


 そのまま気絶してしまったらしい俺はそのあとの記憶がない。


 そして何と、聞いた話によると意識を失った俺は、どうやら山吹先生と上野原さんの二人に両側から抱きかかえられながら、学校までの長い道のりを運ばれてきたらしいのだ。


 二人がかりとは言え、物すごい重労働であったことは想像にかたくない。


 もちろん、それを聞いた俺は彼女たちに米搗こめつ飛蝗バッタのように頭を下げて、最大限の感謝の意を伝えた。


「しかもあなた方三人を、黒瀬くろせさんと瑠奈るなさんと、女子高生のお二人が出迎えた?」

「いや、出迎えてくれたのかは、ちょっと……」


 ……ん?


「ちょっと聞きたいんだが八乙女さん」


「は、はあ……何でしょうか?」


 妙に迫力のあるかがみ先生の問いかけに、若干声がうわずってしまう。


「山吹さんと上野原さんについては分かるとして、黒瀬さんたちがわざわざ八乙女さんを出迎えた理由に何か心当たりは?」


「いやあの……心当たりと言われても、俺、気絶してましたし――」

「心当たりはない、と?」

「はい……ないですね」


 ……あれ、何これ?


 何? この空気。


 何か怪しまれてるのか? 俺。


 確かに言われてみれば、黒瀬先生たちの行動はちょっと変だと俺も思う。


 まあ黒瀬先生は、養教だからという無理くりな理由付けが出来るかも知れないけれど、女子高生二人や瑠奈さんに関しては、こじつけすら出来ない。


 そもそも四人は、俺たち三人の到着をどうやって知ったのだろうか。


 きょろきょろする俺をちらりと見て、校長先生が続ける。


「要するに八乙女さんは、六人の女性に囲まれて帰校きこうしたと……そういう認識でいいわけですね?」

「う~む」


 ……えぇ?


 もしかして、吊し上げ食らってんのか? 俺は。


「……けしからんですね」

「けしからんですな」


 ……はあ?


「な、何がけしからんなんです?」


 まさかこういう反応リアクションになるとは夢にも思わず、俺は狼狽うろたえてしまう。


 俺以外の七人が、しかつめらしい顔をして一斉いっせいに「うんうん」している。

 ちょっと、黒瀬先生まで! あんた当事者だろ!


 どうすりゃいいの? 俺。






 ――そして約十秒後、






「さて、冗談はさておいて話を進めましょう」


 突然、校長先生がクソ真面目な顔で仕切り直した。


「ぷぷっ」

「ふふふっ」


 いきなり黒瀬先生と不破ふわ先生が吹き出した。

 それに釣られて他の人も笑いだす。


「はははは、冗談じょうだんですよ冗談。大変でしたね、八乙女さん」

「えぇぇ……」


 ……ホントに冗談ですか? 校長先生。

 顔がマジだったんですけど……。


「わはは、ただひたすらにうらやましいだけだよ」

 かがみ先生、眼が笑ってませんよ。


 俺は思わずため息を吐いた。

 クソデカため息ってやつだ。


「ちょ……マジで冗談とふんどしはマタにしてくださいよ……」

「出た、追いつめられると出るやつ」


 ゆびさすなっつーの、黒瀬先生。


 大体、みんなの言いたいことは分かるけど、俺にはその間の記憶が全くないんだって。

 気を失ってたんだから。


 ……それにしてもみんな、こんな状況で俺をイジくるとは、余裕ありすぎじゃないの?


「ま、それはともかく」


 やれやれ……ようやく校長先生は先に進めてくれる気になったようだ。


「調査班の報告には、八乙女さんの体調のこと以外に、とても大事な情報が二つあるようですね」


 そう言って人差し指を立てる。


「一つ目は、先ほど施設管理維持班から提案させていただいた、水路の件です。三キロメートルというのは、人力で掘削くっさくするにはかなり長い距離ですが、不可能ではありません。ため池の造成ぞうせいを含めて、具体的な計画を早急さっきゅうに立てたいと思います」


「確かにあの川の水量水質なら、水を引いてもよさそうでした。地形から考えても、枯れたりすることなく長い間流れ続けてるものだと思います」


 俺たちは実際に見てるからね、説得力が違う。

 ていうか、急に話が真面目に進みだしたけど……いいんだよな?


「そしてもう一つ」


 二本目の指が立つ。


「八乙女さんたちが森の中で発見したというそれが、人工物の可能性が高いということです」


「まあこの世には、黄鉄鉱おうてっこうの結晶とかビスマスの骸晶がいしょうとか柱状節理ちゅうじょうせつりとか、自然物のくせにとてもそうは見えないものもありますから、絶対とは言えませんけど」


 ビスマスの場合は、意図いと的に結晶させるからちょっと微妙だけど自然物には違いない。


「俺が思うにあれは……九分九厘くぶくりん人工物でしょう。あんな自然物は見たことも聞いたこともないし、それに」


 それに――――


 俺はそこから先を言葉にしたものかどうか迷った。

 いや、言葉にするのを躊躇ためらったというべきか。


(俺には何故なぜか確信がある。理由は分からないがあれが自然物ではないと断言できる。自然物でないと言うよりは……)


「それに?」


 鏡先生にうながされるが、結局俺はその先を続けるのをめてしまった。


「いえ……人工物でなければあんな風な形にはならないと思います」


「ふむ。つまり、それが意味するところは」

「言わずもがな、です。あれを作った誰かがいるってことですよ。いつのものかまでは分かりませんが」


「それって」

 花園先生が興奮気味に言う。

「現地の人に会えるってことかしら」


ていに言えばまあそう言うことでしょうな。しかし」

 鏡先生が腕を組んでうなった。

「どうしたもんですかな。接触するんですか? その現地の人とやらに」


「もしコミュニケートが可能な人たちがいるのだとすれば、早晩そうばん接触する必要は出てくるでしょう」


「どうしてですか? 校長先生」


「今後我々が生きていくのに当たって、必要なもの全てを自給自足することは、恐らく無理だからです」


「自給自足か……確かに」


「特に、なるはやで解決しなければならないのが、塩です」


「あ、そうそう、そうなんです」

 突然、不破先生が声を上げた。


「今日物資のチェックをして分かったんですけど、備蓄品の中に調味料のたぐいが全くと言っていいほどないんです。あったのは備蓄してたものじゃなくて、職員室のたなに入ってた一キログラム入りの食塩でした。使いかけの。それと粉末ふんまつ出汁だしのパックがそれなりに」


「え、それだけですか?」

 びっくりして思わず聞き返してしまった。


「そう。それだけ。ただお醤油しょうゆに似たものなら、諏訪さんのトラックに二十本ほど、濃縮のうしゅくタイプのめんつゆがありました」


「と言っても」

 不破先生の言葉を花園はなぞの先生が引き取る。


「アルファ米とかクラッカーとかに十分な量が元から含まれているから、塩そのものが必要になる場面は当面はないわねえ」


「それでも、いつかは尽きる」

 瓜生先生が重々しく言う。


「だから、塩も含めて何らかの形で取引できるような体制が必要なんですが……」


「だったら、尚更なおさら早く誰かを探して、交換してもらえるようにお願いした方がいいんじゃない?」


「花園さん、もちろん私としてもそうしたいのは山々なんですけれどね……ここがどこか分からないんですよ」


「どこって、国がかしら?」


 校長先生と花園先生の会話を聞いて、俺は思わず瓜生先生の顔を見てしまった。


 目が合った。

 どうやら向こうも同じことを考えたらしい。

 アゴをくいっくいっとしてる。

 何? 俺が言えってことか? はあ……。


「あのう、ちょっといいですか?」

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