第二章 第20話 第一回情報委員会 その12

  ◇調査班編5◇


 ただいま午後四時四十五分。

 ホームである学校はもう目の前。


 僕――久我くが純一じゅんいち――たちかがみ隊は復路ふくろも実に順調で、無事に初日の調査活動を終われそうだ。


 自分としてもきっちり役割を果たせたと思う。

 よかったよかった。


「あ、あれ。もしかして簡易トイレでしょうかね」


 椎奈しいな先生が、校舎の北東に現れた何かを指さして言った。


 それは学校の領域外ギリギリのところにあった。

 何やらブルーシートが敷かれていて、その横にこんもりと土の小山こやまが出来ている。


「恐らくそうだろうな。まだ途中みたいだが」

「……何だろ、あわただしい感じがしませんか?」

「ホントですね」


 秋月あきづき先生の言うように、一階部分の窓の内側で誰かが駆け回っているようにも見える。

 何か不測の事態でも起こったのだろうか?


久我くがさん、今何時だい?」

 えーと。

「五時十分前です」

 

「そうか。まだ八乙女やおとめさんたちの姿は見えんようだが、とにかく行ってみよう」

「はい!」


 鏡先生の言葉で、僕たち四人は校舎に向かって駆け出した。


    ◇


 ――起きて……


 んん?


 ――先生、起きて……


 誰かの声が聞こえるような気がする。

 誰だ? 俺を呼んでるのか?


 ゆっくりとまぶたを開ける。


「ん? どうしたの? ――え? あ!」


 女性の声がする。

 さっきの声とは……違うように思える。


 目にうつるのは、浅黄色うすきいろの天井だ。

 うちじゃないな……ここは、どこだ?


「ねえねえ瑠奈るなちゃん、山吹やまぶき先生と上野原うえのはら先生を呼んできてくれないかな。多分職員室にいると思うから」


 ガラララ、ととびらが開いて、誰かが駆け出していく音がした。


八乙女やおとめ先生、調子はどう? 大丈夫ですか?」


 上半身だけ起こしてポケーッとしてる俺に、黒瀬先生が近付いてくる。


 もう一人いるな……誰だろ。


 よく見るとここ、保健室か。

 どうもベッドに寝かされていたみたいだが……どういうことだ?


早見はやみさん、悪いけど体温計を取ってもらえる?」

「はい」


 黒瀬くろせ先生の手が俺のひたいに当てられる。


 おでこに手なんて、いつ以来のことだろう。

 ひんやりしてて気持ちいい……。


 それにしても……何だかぼーっとして頭がうまく働いてくれないな……。


 誰かに呼ばれてた気がするけど、あれは、夢か?


「熱はないようだけど、念のためにはかってくださいね」

「……はい、これ、どうぞ」


 女の子が白くて細長いものを手渡してきた。

 そうか、早見さんって言うんだっけ、この子。


 そう言えば、えーっと――御門みかどさんと違う班を希望してたな。

 てっきり二人で同じグループを希望すると思ってたから、何となく驚いた記憶がある……。


「あ、ああ、ありがとう」


 受け取った体温計を腋下えきかはさみながら、彼女に礼を言った。


 ――それにしても、一体この状況は何なんだ?


 どうして俺は、保健室のベッドに?


 ……分からん。


 額を押さえて考え込む俺の顔を、早見さんが心配そうな表情でのぞき込んでくる。


「あの――大丈夫ですか?」

「あー……うん。大丈夫。えーと、痛いわけじゃないよ。それよりさ」

「はい」

「俺……何で保健室で寝かされてたの?」


 早見さんが驚いたように目を見開いた。


「もしかして……覚えていないんですか?」

「え? 覚えてないって……うーん、確か俺は――」


 その時、わきの下でぴぴぴぴという電子音が鳴った。


 俺が体温計を取り出そうと、服のすそから右手をごそごそと差し入れた時、廊下からどたばたという足音が響いてきた。


 と思ったら、開けっ放しだった保健室の入り口から、誰かがすごい勢いで飛び込んできた。


「目が覚めたんですか!?」

「あっ!」


 ――俺は終生しゅうせい、この時の二人の顔を忘れることはないだろう。


 怒りながら泣いているような、山吹先生。

 泣きながら笑っているような、上野原さん。


「よかったあ!」


 二人はまたしてもハモりながら、手を取り合って繰り返した。


「よかったあ……」

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