第二章 第19話 第一回情報委員会 その11

  ◇調査班編4◇


「さてと、時間も時間だしそろそろ戻ろうかい」


 かがみ先生が、スマホを見て言う。


 時刻は僕――久我くが純一じゅんいち――のスマホによると、午後三時半。


 空を見上げてみる。

 まだ日は十分じゅうぶんに高いように思えるけれど、集合時刻を考えるとちょうどいいタイミングだ。


 それにしても……マジでここは一体どこなんだ?

 少なくとも、N市じゃないことは僕にも分かるが……。


 日本じゃこんなだだっ広くて、地平線が見えないような草原にはなかなかお目にかかれないのかも知れないけど、世界のどこかにこんな景色があったって、別におかしくはないと思う。


 だったら何で、こんなところにいるのか?


 ――全く見当がつかない。


 正直、早く帰りたい。


久我くがさん、ここまで何キロくらいだっけ?」

「約七キロメートルです」


 僕はそう答えてスマホの画面を見せる。


「そうかい、ありがとう。椎奈しいなさん、写真は撮れた?」

「結構撮れましたよ。動物も植物も。ただ動物は遠くから撮りましたから、ちょっと小さいかも」


 出発した頃こそあまり見かけなかったけれど、ところどころで動く生き物に遭遇そうぐうした。


 大きいリスみたいなのとか、つのがやたらとでかいヒツジっぽいやつの群れとか。

 毛深いシカみたいのもいたけど、何だったんだろうなあ。


「調査初日にしちゃあ、割と成果が上がったんじゃないか? 川も見つかったしなあ」

「はい。ちゃんと位置も記録しましたよ。ペットボトルにサンプルも採取済みです」

 ノートをかかげる秋月あきづき先生のドヤ顔、なかなか可愛い。


 ただ、せっかく見つかった川だけど、水を運んで往復するのにはちょっと現実的な距離じゃあない。


 近ければ水路をって話も出てたけど、七キロもの長さを人力で掘るのはどうなんだろう。


 かなり大変だと思うけれど、他に水源がなければいずれやるしかないのかも知れない。


 八乙女やおとめ先生たちの方で見つかってることを祈ろう。


    ◇


「ああ、やっぱり! 八乙女やおとめ先生! ほらほら、川ですよ川!」

「おいおい、足元に気を付けろよー」


 子どものようにはしゃぐ上野原うえのはらさんに、俺は子どもにするような注意を投げかける。

 とは言え、はしゃぎたい気持ちは俺も同じだ。


 森へ入ってほどなく、俺たちは水の流れる音をキャッチした。

 音のする方に向かって歩くこと数分、目の前を流れる川を発見したというわけだ。


 川幅は目測もくそくでもざっと七、八メートルはありそうだ。

 水量も十分だし、周りの植生しょくせいから見ても水無川みずなしがわって感じではないように思える。


 上流は北の方角にありそうだから、水源はあの遠くに見えていた山なのかも知れない。


「初日から川を見つけられるなんて、ちょっと出来すぎな感じですね。うわ、冷たい!」


 山吹やまぶき先生も、手をひたしながら嬉しそうに笑っている。


 俺はリュックサックからからのペットボトルを取り出し、二、三回ゆすいでから川の水を詰めた。


 保健室の水質検査キットじゃあphピーエイチくらいしか調べられないだろうが、職員室の俺の机には総合の授業で使う予定だった「川の水調査用セット」が入ってる……はずだ。


 こんな自然のど真ん中を流れる川が汚染されているようにはちょっと思えないが、上流に集落がないとも限らない。


 念を入れるに越したことはないだろう。


 ――それから川の周辺を一通ひととおり調べた俺たちは、まだ時間に余裕があるうちに森を出ることにした。


 間違いなく戻れるように、用具室に入っていたハチマキを使ってちゃんと目印はつけてある。


「あれ、あんなもの、来るときにありましたっけ?」

「ん?」


 上野原さんがゆびさすほうを見る。

 草むらの中に何やら黒っぽいものがあるようだが……。


「何だろう。ちょっと見てみようか」

「気を付けてくださいね、八乙女さん」

「うん」


 ゆっくりと慎重に近づいてみる。


「んん? 何か石碑せきひ? みたいだな……」


 それは高さ一メートルくらいの、真っ黒な石のように見えた。


 いわゆる方尖柱ほうせんちゅうというのだろうか。

 古代エジプトの記念碑の先っぽみたいだ。


 つるつると光沢こうたくがあって黒御影石くろみかげいしみたいな質感だな。


「何だかオベリスクの先端せんたんっぽいですね」

 上野原さんの眼にも同じように見えるらしい。


「うん。これってやっぱり……人工物か?」

「自然に出来たものには、ちょっと見えない気がするけど、どうなんでしょう」


 こんなものが森の中の草むらにある理由は当然分からないが、もしこれが人工物というのなら――――


「ぐっ……」


 何だ?

 何か胸の辺りが……。


「? 八乙女先生?」

 

 息苦しいような、締め付けられるような……。

 

「ぐぅぅぅっ」

 あまりの気持ち悪さに、ひざが勝手に崩れた。


「きゃあっ!」

「え、ちょっ、ど、どうしたんですか!」


 ――と言うわけで俺は、人生初の気絶というやつを体験することになったらしい。

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