第二章 第10話 第一回情報委員会 その2

「ふう……こんなものかな」


 右肩をぐるぐると回しながら、あたし――御門みかど芽衣めい――はノートに書きこんだ情報をざっとながめ直す。


「お疲れ様。結構な量があったわね」

 腰を伸ばしながら不破ふわ先生がねぎらってくれる。


 あれからあたしたち食料物資班の五人は二組に分かれて、早速在庫調査を始めた。


 不破先生とあたしの組と、花園はなぞの先生と久我くがさん母子おやこの組だ。

 ま、順当な分かれ方だよね。


 あたしたちは災害備蓄倉庫二ヶ所と諏訪すわさんの乗っていた学生協の車の調査で、花園組はそれ以外の場所の物資チェックということになった。


「諏訪さんにとっては不幸だったかも知れないけど、学生協の車が一緒に来たのは、私たちには不幸中の幸いと言えるかしらね」

「うん。はっきり言ってラッキーだったと思う」


 諏訪さんの車は、校舎北側の駐車場にとまっていた。

 配達中の荷物を満載まんさいして。


 そして諏訪さんは、それらの物資をこころよく提供すると自分から申し出てくれたのだった。


 うちの学校にてた配達物もあったけど、受取人の先生たちはみんな、食料の足しにって言ってくれたらしい。


「諏訪さんも先生たちも偉いよねー。貴重きちょうな食料だし、私物しぶつは提供しなくていいって言われてるのにさ」

「ふふ、こんな時だからね」


 不破先生は事もなげに言う。


 でも、え死にするかしないかって時に、その正に命綱いのちづなそのものの食料を分け与えるなんて、なかなか言えることじゃないと思う。

 先生なんだからって言われそうだけど、先生だって人間なんだし食べなきゃ死んじゃうのは変わらない。


 まあ何だかんだ言っても、食料には多少の余裕が確かにあるし、それほど切羽せっぱ詰まっていないってのもあるかも。


「でも諏訪さん、もし元の場所に帰れた時、会社的にマズい、みたいになったりして」

「その時はちゃんと説明するし、負担してあげないとね。実際、私たちで消費するんだから」

「うん、そうだね」


 一応、あたしたちの分担場所の調査は終わった。


 うちらと花園組とで調べたものを、事務の先生が使っていたパソコンに入れて管理する予定だ。

 その作業は、とりあえずは先生たちでやっておいてくれるらしい。


 パソコンって聞いた時、電気はどうすんのって思ったんだけど、そこは心配ないんだって。

 やっぱり備えておくのってホントに大事だと思う。

 ま、こんな事態はさすがに想定してなかったと思うけどね。


    ◇


 それからしばらくして、花園はなぞの先生たちも作業を終えて職員室に戻ってきた。


 かべの時計を見ると、午後四時ちょうどだ。

 夕飯の支度したくは、毎日午後五時から始めると決めてある。


 不破ふわ先生と花園先生と英美里さんは、今日のところは準備の時刻まで在庫情報をパソコンに入力するらしい。


「休んでていいって言われたけど……」

 急に手持ち無沙汰になってしまった。


 いつもならスマホのコミュニケーションアプリで友達とやり取りしたり、スマホ小説読んで時間をつぶしたりするところだけどなあ。

 もちろん、時々寄ってダベってた駅ビルのカフェもない。


「う~ん……どうしたもんかなこれ」


 とりあえず、施設管理維持班の手伝いでもしよっかなあと思った時、瑠奈るなちゃんがボールを持ってやってきた。

 上の教室から持ってきたのかな。


「どうしたの? 瑠奈ちゃん」


 手をつかんで引っ張られた。


「ボールで遊ぼうってこと?」


 こくこくとうなずく瑠奈ちゃん。

 二人でどうやって遊べばいいんだ、と思ったけどひまだしまあいいか。

 

    ◇


 というわけで、校舎南のグラウンドでかれこれ二十分は続けてる。

 キャッチボール。


 初めのうちは、これがなかなか上手くいかなかった。


 ボールと言ってもいわゆるドッジボールなので、まず投げ方で迷った。


 何しろ瑠奈ちゃんはちっちゃい。

 130cmあるかないかくらいなので、普通に片手投げしたら傍目はためにはイジメみたいに見えちゃうだろうし、かと言って下から両手投げするのも、案外力加減が難しい。


 で、瑠奈ちゃんだけど、普段ボールであんまり遊んでいないのか、なかなか上手に投げられない。


 本人は一生懸命いっしょうけんめい頑張がんばっているのに、ボールは見当違けんとうちがいの方向に飛んでったり、地面に叩きつけられてボテボテになったり。


 でもまあいいんだよね。

 暇つぶしの遊びなんだから。

 瑠奈ちゃんも楽しそうだしさ。


 ――それでもそろそろきてきた。


「そうだ!」


 突然叫んだ私を、瑠奈ちゃんがボールをかかえながら怪訝けげんそうに見てる。


「ちょっと待ってて、瑠奈ちゃん」


    ◇


 そうして私は戻ってきた。

 バドミントンのラケットとシャトルを手にして。


「ねえねえ瑠奈ちゃん、バドミントンやろうよ!」

 すると彼女の顔がぱあっと、花が咲いたみたいに明るく輝いた。


 そう、私は思い出したのだ。

 この学校に通ってた頃、私はバドミントンクラブに入っていたことを。


 クラブのある日には、授業が終わると一目散いちもくさん一階いっかい階段かいだん横の器具室へと向かい、ラケットやらシャトルやらを友達と一緒に運んでいたのだ。


 ちなみに、当時のバドミントンクラブは、体育館じゃなくてグラウンドを割り当てられていたんだよね。

 理由は知らないけど。


 ともかくそんなわけで、私たちはバドミントンをして遊び始めた。

 もちろん、先生たちに許可はもらって。


 当然のことながら、瑠奈ちゃんはから振りばかりだし、たまに当たってもシャトルはまともに戻ってはこない。

 私も身に覚えがあるけど、最初の頃ってフェイスとシャトルの距離感きょりかんがイマイチ分かんないんだよね。


 でも、彼女はすごく楽しそうだった。

 だから、私も楽しかった。


 それから何回くらい打っただろう。

 突然、瑠奈ちゃんの動きが止まった。


 私の打ったシャトルが、彼女の頭にぽてんと当たって落ちる。

 それでも瑠奈ちゃんは、宙を見据みすえたまま微動びどうだにしない。


「ちょっと……瑠奈ちゃん?」


 私は彼女に駆け寄ろうとした。

 すると彼女は、手に持っていたラケットをぽとりと取り落とすと、回れ右をして走っていってしまった。


 ――私は、そんな瑠奈ちゃんの後ろ姿をただぼーっとながめていた。


 ……いやいや、まずい!


 彼女はすでに学校の領域を出て、草地くさちに入ってしまっている。

 私はあわててその小さな背中を追ったのだった。

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