第二章 第08話 役割分担

「グループ分けは以上で終わります。仕事内容については説明した通りですが、私たちは手探てさぐりで始めることになるわけですから、やっていく内に新しく必要になる仕事や、不要になったり修正したりしていく必要があるものも出てくることでしょう」


 校長先生のまとめの言葉に、俺は軽く息をいた。


 燦々さんさんと初夏の日差しが飛び込んでくる窓の外は、青と緑。時たま雲の白がアクセントをつけている。


 ……て言うか、初夏でいいんだよな?


 ここは日本よりずいぶん南かも知れないから、明確な四季がないって可能性もある。

 推測ではハワイのホノルルとほぼ同じ緯度らしいけれど、そもそも緯度が同じでも気候まで一緒とは限らない。

 サハラ砂漠だって同緯度帯にあるしな。


硬直化こうちょくかさせずに必要とあらばどんどん変えていってほしいところではありますが」


「今日も少し暑いですね」

 顔を手であおぎながら、小声で上野原さんが話しかけてくる。

「でも、気持ちのいい風も入ってきますね」


 全開にしている窓からは、日射だけでなく風も時折吹きこんでくる。


 机上きじょうの書類を飛ばすほどではないけれど、涼を感じる風量だ。

 はっきり言って心地よい。


「あまり結果をあせるのも禁物きんもつです。時間は限られていますが、一番大事なのは皆さんの安全であり生命いのちです」


 先ほどまでグループで話し合いをしていた。

 そろそろ昼ご飯の準備だという事で一旦いったん終わりにして、必要ならば午後にまた話し合うことになったのだ。


「いわゆるほうれんそうを心掛けてください。特に調査班の方々は現場で臨機応変な対応を求められるでしょう。判断は一任いちにんいたしますが、くだした判断とその結果については必ず報告して情報の集約・蓄積に努めてください」


 まあ情報もそうだけど、やることの方はすで山積さんせきしまくってるわけで、しばらくは忙しい日々が続きそうである。


「早速午後から各グループで動いて頂きます。よろしくお願いします。では解散」


 グループは四つ作ることになった。


 こちらも必要に応じて新設したり統廃合とうはいごうしたりするし、所属はあっても手がいていれば他を手伝ったり、一緒に動いたりと、とにかく機にのぞみ変化に応じて適切に動こうということだ。


 グループとメンバーはこんな感じになった。


施設管理維持しせつかんりいじ班 計八名

  朝霧あさぎり校長

  たちばな教頭

  如月きさらぎ先生

  壬生みぶ先生

  加藤かとう先生

  諏訪すわさん

  天方あまかた

  神代かみしろ


食料物資しょくりょうぶっし班 計五名

  花園はなぞの先生

  不破ふわ先生

  久我くが英美里えみりさん

  御門みかどさん

  久我瑠奈るなさん


保健衛生ほけんえいせい班 計二名

  黒瀬くろせ先生

  早見はやみさん


調査ちょうさ班 計八名

  かがみ先生

  瓜生うりゅう先生

  俺(八乙女やおとめ

  久我純一じゅんいちさん

  椎奈しいな先生

  山吹やまぶき先生

  秋月あきづき先生

  上野原うえのはらさん


 並びは年齢順。

 最初に名前が来ている人がとりあえず班長になる。

 基本的には個人の希望を優先して決めた。


 天方君たちは調査班に入りたがったが、まだどんな危険がひそんでいるか全く分からない状況なので、もう少し情報が集まってから考えるということにした。


 壬生先生も最初は調査班希望だった。

 でも施設の方にもう少し男手が欲しいと言われた時に自主的に移動したのだ。

 偉いね。


 それにしても、女子高生の二人がバラけたのはちょっと意外だったな。

 

 あと、互いの呼び方について提案があった。


 とりあえず「先生」はやめようと。

 苗字みょうじ呼びとか名前呼びとかでさん付けでも君付けでも、とにかく職名しょくめい以外なら何でもよいことになった。


 まあ無理にって訳じゃなくてなるべくという感じかな。

 大人の間でそうしたい人はってことだ。

 俺もその方がいいと思う。

 だっていきなり無理だろ? 子どもたちが俺たちをさん付けなんて。


 ちなみに施設管理維持班と調査班は、二つに分かれることを想定した人数と組み合わせだ。


 食料物資班と保健衛生班が女の人だけなのは、女性差別ってわけじゃないぜ?

 希望でこうなっただけだ。


 それに互いに助け合うとは言え、施設管理維持班はこれから屋外トイレとか設営したり防犯設備作ったりするしで意外と力仕事も多い。

 俺たち調査班だってある意味力仕事と体力勝負ってとこがありそうだから、割と妥当だとうな組分けだと思う。


 ――さて。


 正直なところ、まだ分からないことだらけだ。

 ここがどこかとか、何でこんなことに、とか。


 何より分からなくて不安なのが「これからどうなるんですか」ってことだ。


 この何のさえぎるもののない、めちゃくちゃ広い空の下のどこかに、答えが落っこちたりしてるんだろうか。


 大体、元いた場所は今、一体どうなってるんだ?

 普通、大騒ぎになってるもんだろうけど……それを知るすべは今の俺たちにない。


「お、何だかいい匂いがしてきたな……」

「もう少しお待ちくださいね!」


 思わずこぼれた俺のつぶやきに、御門さんが明るく返す。

 この子だってきっと家族を置いてきてしまったんだろうに、きびきび動く姿にかげりは感じられない。


「八乙女、さん」

「お?」

 振り向くと山吹先生が立っていた。


「鏡班長が、班で一緒にお昼を食べようって言ってますよ」

 早速「さん付け」に切り替えたんだな。

 鏡班長ってのも何だか新鮮で、悪くない。


「分かった。で、どこ?」

「二階の図書コーナーの机を使うって言ってました」

「了解」


 ……この人は今、どんな気持ちでいるのだろう。


 とりあえず同じ境遇きょうぐうだから、何となく想像は出来るけど本当のところはよく分からない。

 でもにっこり微笑ほほえんで立つ彼女は、いつもの山吹先生と変わらないように思える。


 何だろう。


 当面の目的が出来たから、だろうか。


 あの地震が起きたのはまだ昨日の事。


 その翌日でこんな感じって、馴染なじみというか立ち直りというか皆さん早すぎでは? と思わないでもない。


 でも、悪くない、とも思った。


    ◇


 ——こんな風に、俺たちのサバイバル生活は幕を開けた。


 どんな行く末が俺たちを待ち受けているのか、全く知らぬままに。

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