第二章 第07話 最初の会議

「それでは早速ですが、第一回目の会議を始めます」


 いつもの職員会議のような感じで話し合いが始まった。

 司会は今日も教頭先生。


 ここ職員室に、全てのメンバーが集まっている。

 子どもも保護者も、業者も。


 もちろん、会議と言ってもいつもの職員会議なわけじゃないから、彼らが参加していて当たり前ではある。


「内容に入る前にどうしても確認し、決めておかなければならないことがあります」

 校長先生が立ち上がった。何だろうか。


「それはリーダーです」


「リーダー……?」

 上野原うえのはらさんがつぶやくように繰り返す。


「ここは建物としては学校なのでしょうが、あの不可思議ふかしぎな地震で『学校現場』ではなくなってしまいました。校務こうむであればもちろん、私が管理者であり責任者です。しかし、今はそう言える状況ではありません」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

 みんな黙って話を聞いている。


「つまり、たまたま私が校長だからそのまま集団のリーダー、みたいに短絡たんらく的な決め方ではなく、より相応ふさわしい人にやっていただいたほうが……やっていただいた方が——————生存率が上がると思います」


 生存率。


 ピシリ……と、空気がかすかに音を立てた気がした。


「もちろん、リーダーとなったかたに責任を押し付けようと言うつもりではありません。いちメンバーとして持てる限りの力を尽くす所存しょぞんです」


 誰もまだ口を開かない。

 校長先生が責任逃せきにんのがれをしようとしているなどとは、誰も思っていないだろう。


 昨日の今日で、この意味不明な出来事をみんながみんな受け入れ切ったわけでは多分ない。

 俺だってそうだ。


 今一つ現実味が薄くて、夢とは言わないまでも誰かが「ドッキリで~す」とプラカードをかかげて出てくれば、すとんと納得してしまうだろうくらいには、まだ心のどこかで冗談のように感じている。


 それでもこの初老の先生は、頭がおかしくなりそうな現実に正面から向き合った上で、ここにいる人たちの生き死ににまで考えをめぐらせ、全員を生かしたいと考えているのだろう。


 ちなみにだが、昨晩瓜生うりゅう先生と話して出した推測については、まだ誰にも話していない。


 別に隠しているわけではなく、必要なら開陳かいちんするつもりもあるが、自分で出した結論ながら荒唐無稽こうとうむけい過ぎて、ちょっと話す気になれないでいるのだ。


 大体「地球だけど地球じゃない場所」なんて、訳の分からないことを訳の分からない理屈で説明されたところで、納得できるはずがないと思う。


「校長先生は、どんなかたがリーダーにより相応ふさわしいとお考えですか?」

 花園はなぞの先生が静かに問う。


 少し考えてから校長先生は、

「具体的な能力を挙げると正直言ってキリがないと思いますので、私の持つイメージでよければ」

「構いません」


「目的をもって集団を維持・発展させられる人、です」

 と、言い切った。


「ここで観念的なリーダー論を戦わせることには何の意味もありません。必要なのは、この二十三人というグループを維持し、今後も生き永らえさせられる人材です」


「うーん、そんな人いるんかな……」

 かがみ先生がうなる。

「今ここで、みんなを引っ張っていけますなんて自信を持って言える人、いますかね」


「あのう……」


 おずおずと御門みかどさんが手を挙げた。


「そもそもリーダーなんてるんですか?」

「と言うと?」

 校長先生が静かに問い返す。


「えーと、いいんですか? あたし別に先生じゃないですけど」

 みんなが彼女にうなずく。


 この子の様子、昨日から見ているけれどあんまり物怖ものおじしない感じがいいね。

 めちゃくちゃ号泣ごうきゅうしていたが、あれで吹っ切れたのだろうか。


「あたし、去年の修学旅行の時にすごくイヤな思いをしたんです。グループ別の自由行動で行きたい場所を決めたんですけど、グループのリーダーの人がすごい自分勝手で」

 当時のことを思い出したのか、鼻息が荒くなってきた。


「自分の行きたいところばっかり選んで、どんどん決めちゃうんです。他の人も言いなりになるかあきらめるかのどっちかで。その人カースト上位の人だからさからいにくいと言うか」


 リアルでカーストとか言う人、初めて見たぞ。

 今の中高生って実際にこんな言葉をつかって、クラス内の序列じょれつを表現してるのか。


「結局あたしもその時はあきらめちゃいましたけど、こんな横暴おうぼうなリーダーなら要らないって心底思いました」

「それは大変でしたねえ」

 校長先生が穏やかに引き取る。


「御門さんと言いましたかな」

「はい」

「突っ込んで話そうとすると長くて面倒くさいだろうから例え話をしますとね」


 リーダーの必要性。

 どんな例え話をするのだろう。


「関係性はちょっと異なるけれども、もし我々教師がクラスの子どもたちに『先生はもういなくなるから、今後は君たちの好きにしなさい』って言ったらどうなると思いますか?」

「それはいつもの学級での生活でですか? それともこういう非常時のことですか?」

「どちらでも結構です」

「うーん……」

 腕を組んで首をかしげる御門さん。


 そして、

「多分バラバラになっちゃうと思います。勉強する子は自分でするけど、それがイヤな子は好き勝手なことするだろうし、あっ、これって学級崩壊ってやつ?」


「確かに学級崩壊も、教師と児童が何らかの原因で適切な関係を築けなかった末に起きるもんだが」

 かがみ先生のこれは補足かな?


「そう。簡単に言えばこのグループがそうならないためにリーダーが必要なんです」

「いやでも、あたしたちは高校生とかだけど、先生たちは大人じゃないですか。大人もリーダーがいないと動けないって言うんですか?」

「もしその集団が真に平等で、全員が高い意識を持って動ける人たちの集まりなら、恐らくリーダーを明確に定めなくても上手く回っていくことでしょう。逆説的ぎゃくせつてきですが、全員がリーダー的に動くからです」


 何だか難しくてめんどくさい話になりそうなので、俺がまとめてしまおう。

 いいよな?


「要するに、ここにいる人たちはみんなそれぞれ違っているから、まとまって一つの目標に向かうために、いろいろ調整できる人が必要ってことだよ」


 突然口をはさんだ形の俺を御門さんが見る。


「それって調整役ってことですよね」

「そうさ。リーダーって導く人と言うより、集団のために何やかや調整して責任を取る人って言う方がいいかもね」


 御門さんは少し考え込むように下を向くが、やがて顔を上げる。

「なるほど、ちょっと納得がいきました。じゃあもうひとつだけ、聞いてもいいですか?」

「もちろん」

えて聞くんですけど……ひとつにまとまる必要、あります?」


 何かこの子、割とかしこい?


 本質的なところを突いてきてるように思う。

 で、これって俺にたずねてるってことでいいかな。


「まあ一つの案として、ここにある全ての物資を全員に平等に分けて、あとは各自頑張ってくださいという方法もあるにはあるね。ただその場合」


 俺は手で、応接コーナーでこっちを向いて座っている小学生たちを示した。


「この子たちは、恐らくかなりつらい目にうだろう。もしかしたら命の危険だって、ね」


 俺は彼女の眼を見て言った。

 天方あまかた君たちは肩を震わせて、顔色がんしょくを失っている。


「ごめんごめん、おどかすつもりじゃなかった」

 俺は続けた。

「校長先生は、そんな風にはしたくないって言っているんだよ」


 すると、御門さんはぺこりと頭を下げて言った。


「ごめんなさい、集団を割りたくて言ったわけじゃないんです。ちょっと聞いてみたかっただけで」

「分かってるさ。むしろ大事なことが改めてはっきりしてよかったと思うよ。ねえ校長先生」


 俺の振りに校長先生がうなずく。

八乙女やおとめ先生の言う通りですね。そんなわけで、この集団には相応ふさわしいリーダーが必要なんです」


 で、それが誰かってとこに話が戻る、と。


「私から提案があるのですが、いいでしょうか」

 教頭先生が手を挙げた。


「どうぞ」


 教頭先生はゆっくり立ちあがると、

「リーダーの必要性と役割は、これで明確に出来ました」

 みんなを見回して言う。


「ここにいる先生方はどなたも学級をあずかり運営してきていますから、そうした管理的能力はみなさん一定程度お持ちでしょう。久我くがさんご夫妻については私は存じ上げませんが、お仕事でそうした経験を積まれているかもしれません」


 突然名指しされて、久我さん夫婦はきょとんとしている。


諏訪すわさんや高校生の方々かたがたについても私は分かりかねますが、もしかしたらリーダー的資質を多分に持っていらっしゃる可能性もあります」


 ふむ。


「要するに、現時点で誰が最もリーダーに相応ふさわしいのかは分からない。そして今のところ校長先生は年齢だけでなく、集団を管理し運営していく経験も恐らく一番多く持っていらっしゃる。それなら、暫定的ざんていてきに校長先生に指揮をって頂き、しかるべき時が来た段階で改めて選び出すというのはいかがでしょうか」


しかるべき時、とは?」

 鏡先生が問いかける。


「今ははっきり分かりません。新たに選び直した方がいいと言う状態になった時としか」

「なるほど。私もそれに賛成します」

 教頭先生のいらえを受けて、鏡先生が賛意さんいを表明した。


「私も賛成します」

「私も」

「僕もそれがいいと思います」


 次々とみんなが賛同する。

 教室でよく見る「いいでーす」みたいな感じだ。


 校長先生は、このパターンを想定していなかったらしく、あわて気味に立ち上がる。


「皆さん、本当にそれでいいんですか? 私はサバイバルの知識もありませんし、はっきり言って何からどう始めたらいいのかまるで分かっていませんよ」


 すると瓜生先生が、

「僕は独りでキャンプとかよくやってきましたし、そんなわけでサバイバル的技術も、まああくまで趣味の範囲ではありますけれど、割と身に付いていると思います。それがこの地で通じるかどうかはやってみなければ分かりませんが、そんな僕をうまいこと使ってくれればいいですよ」


 続いて花園先生が、

「私はまあ年も年だし、あんまり力仕事には自信ありませんけど、料理とかいわゆる家事系のことにはそれなりに貢献こうけんできると思います」


「私も料理は好きですし、材料次第なところもあるけど頑張りますよ。出来ることがあれば他にも」

 これは不破ふわ先生。


「私は、どうしよう、空手なら黒帯なんですけど」

 えっ……知らなかったよ椎奈しいな先生、マジすか。

 さすが体育大出身。


 他の人たちも顔を見合わせたり考え込んだりしながら、自分が役立てることを思い起こそうとしている様子だ。


 かく言う俺は、役立ちそうな力にあんまり心当たりがないんだよなあ、残念だけど。

 まあ出来ることをやるしかないね。


「そんなわけで」

 鏡先生がまとめに入りそうだ。


「校長先生には引き続きまとめ役をお願いしますよ」


 しばらくみんなの様子を見ながら唖然あぜんとしていた校長先生だが、一つ大きなため息をくと、


「分かりました。皆さんがそのようにおっしゃるのなら、老骨にむち打って精一杯せいいっぱいつとめますので、どうか支えて頂きたいと思います」

 そう言って頭を下げる。


「よろしくお願いします」

 みんな口々にそう答えている。


 ぐるりと見回してみるが、不満そうな表情の人は……とりあえずいなさそうだ。

 やれやれ。


「それでは早速、具体的な話し合いに入りましょう。まずは必要な仕事と役割分担から」

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