第二章 第06話 男たちの朝

 転移後、俺たちは初の朝を迎えた。


 もしかしたらと予想していたほどの混乱はなかった。


 歯みがきや洗面については、昨夜のうちにあらかじめタオルや歯ブラシ、石鹼せっけんなどの洗面用具やミネラルウォーターがそのために配られていた。

 汚水の廃棄場所も、この朝についてだけは携帯トイレを使ってしのぐように取り決められた。


 衛生管理は可能な限り計画的に行うべきだと瓜生うりゅう先生と黒瀬くろせ先生が主張したので、準備万端ばんたん整っているという感じだ。


 トイレについても改めて言うまでもなく、昨日の段階でルール作りがなされていた。

 特に専用の場所として一階と二階のトイレがあるのは、例え水洗機能が使えなくてもかなり助かる。


 どこかで誰かの用足し中にうっかり遭遇そうぐうしてしまったりするのは、お互いとにかく不幸でしかない。


 そもそも「女子部屋」の方では夜のうちに、翌朝のことやら何やらを自主的に話し合っていたそうだ。


 男部屋では多少の雑談はしても、話し合いというレベルで何かを決めるようなことはしなかったな……恥ずかしながら。


 ――思うに、ここにいる人たちのほとんどが教師であるというのも、この混乱の少なさに関係しているんじゃないだろうか。


 何と言うか、普段からたよるより頼られる側だし、自立している感じがする。


 何より、この場所が「学校」であることが、みなが教師ぜん振舞ふるまうことにつながっているように感じられる。


 俺だって授業するわけでもないのに、仕事しているって気持ちがどうしても抜けない。


 みっともないところを見せられないと言うか、修学旅行や宿泊訓練に引率で来ているような、そんな感じだ。


「しかしあれだな……全く想像出来んかったんだが、髭剃ひげそり困るな」


 男部屋でかがみ先生が、困り顔であごでている。

 よく見ると、ひげが少し濃くなっているようだ。


「本当に困りましたよ。今日はもうしょうがないとして、今後どうしましょう」

 壬生みぶ先生が同じような仕草で同調する。


髭剃りシェーバーなんて、普段持ち歩くものじゃないからねえ。その点、瓜生先生はいいですね」


 校長先生が、瓜生先生の髭面ひげづらを見ながらくすりと笑う。


「あのですねえ、僕のこれ、無精ぶしょうひげじゃないですよ。こういう風になるように手入れしてるんですから」


 え、そうだったの? 知らなかった。


「そう言えば、久我くがさんはあんまり伸びてない感じっすね、ヒゲ」

 あまり口元に変化のないのを、目敏めざとく見つけて諏訪すわさんが言う。


「はあ、何か僕って体毛が昔から薄いみたいで……脛毛すねげとかも全然生えないんですよ。ほら」


 トランクスからひょろりと伸びた脚は確かにつるっつるである。


「まあ子どもたち二人と久我さんはいいとして、我々はどうしましょうか」

 俺は天方あまかた君と神代かみしろ君を見ながら聞く。


 男児二人は、黒板の下の教壇きょうだんに座って興味深そうにこちらの話を聞いている。


 すると瓜生先生が、


「あんまり鬱陶うっとうしいようなら、僕のバイクに積んであるサバイバルナイフを希望者にお貸ししますよ」


 サバイバルナイフって……そんなもんで毛を剃ったことなんかないぞ、俺は。

 ワイルド過ぎないか?


「瓜生さん辺りなら持っていても不思議じゃないが、銃刀法とか大丈夫なの?」


 鏡先生が心配げに言う。


「大丈夫ですよ。僕ちゃんと調べましたし、警察署にも問い合わせました。基本彼らってケースバイケースで判断するらしいんですが、すぐに使える状態になってるととりあえずマズいんだそうです。だから、普段ふだんはバイクのケツのドラムバッグの底の方に押し込んであるんです」


 瓜生先生が得意そうに答えた。


「まあ実際のところ、備蓄品の洗面用具の中にティー字カミソリが入ってるはずだから、それを使おう」

「……それ早く言ってくださいよ、校長先生」


 鏡先生がむっつりと言う。


 ――でも俺、電動シェーバー派なんだよなあ……。




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2023-01-27 一部段落配置を見直しました。

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