第二章 第05話 眠れぬ夜

 俺は今、毛布にくるまって我が身を横たえている。


 季節がら室温は暑いくらいなのだが、何かをまとっていないと何となく不安でしようがない。


 いつからか何となく胸の辺りがざわざわする気がする。


 時刻は……まだ日付は変わっていないだろう。

 普段だったら余裕で起きている時間だと思う。


 ――眠れないでいるのは、どうやら俺だけではなさそうだ。

 そこかしこから寝返りの音だとか、咳払せきばらいとかが時折聞こえてくる。


 俺の隣にいる小学生の男子二人――天方あまかた君と神代かみしろ君――は、さすがに静かな寝息を立てている。


 この子たちは、職員会議が今まさに始まらんという時に、突然職員室に飛び込んできたのだ。

 子どもたちはみな集団下校したので、本来ならいるはずのない二人。

 そして……運の悪いことに、こんな訳の分からない事態じたいに巻き込まれてしまっている。


 彼らの事情はまだ何も分かっていないが、鏡先生も無理に聞き出そうとはしていないように見える。

 天方君たちも、あれ以来そのことを口にしている様子もない。


 実際のところ二人がかかえている問題が、今俺たちが置かれているおかしな状況より重要なことなのかどうかは、話を聞いてみなければ分からないのだけれど……。


「ホント、何なんだろうな……まったく」


 真っ暗な天井をにらみながらひとり小さく毒づくと、俺は数時間前に瓜生うりゅう先生と外で話したことを思い返した。


    ◇


「地図で見ないと正確には分からないけれど、推測した座標ざひょうはフィリピン海のどこかだと思う」


瓜生先生は言った。


潮騒しおさいとか海鳴りとか、こんな自然のど真ん中にいても全然聞こえてきませんから、仮に海があっても遠そうですね」


 実際、聞こえてくるのは風の音くらいだ。

 虫の声すら、ほとんど耳に届いてこない。


「そう。そもそもその辺りは北マリアナ諸島って言って、小さな火山島ばっかりだったように記憶してるんだけど、この星空は……ここが地球だと証明してるよね」


 日本からの見え方とは若干違っているが、東西南北全方位において、空をおおっている星座は地球から観測できるものに間違いない。


 残念ながら月はまだ出ていないようだけれど、いずれ昇ってくるのは恐らく、いつもの見慣れた月白げっぱく色の衛星だろう。


「それよりも八乙女やおとめ先生、気付いた?」

「何をです?」

「ほら、見える? あのゆっくりと動いている光。あれって多分さ……ISSだよ。国際宇宙ステーション」

「ISSって……マジですか……」


 確かに天頂近くをのろのろ移動する光点が見える。


 俺にはあれがISSかどうか判断がつかないが、ここが地球なら見えることに特段とくだんの不思議はない。


 地球ならば……。


「僕たちがいるこの場所は地球上にはあり得ないのに、空のほう証立あかしだててくれちゃってるんだよね。ここが地球だって」

「矛盾……ですよね」

「そうだね」


 その時、何かの動物の遠吠とおぼえのようなけものじみた声が、時折響く聞きなれない虫のに混じって聞こえたような気がした。


「……ん? 今何か聞こえませんでしたか?」

「え? ……いや、僕には何も」

「うーん、空耳そらみみですかね。いや、空耳であってくれ……」


 あの後しばらく耳を澄ませてみても、鼓膜こまくに響くのは虫の以外には薄気味悪い静寂せいじゃくだけだった。


 それでも念のため、俺たちは校舎に戻ることにしたのだった。


    ◇


 何度目かの寝返りを打ちながら、若干不謹慎かも知れないが俺はこの状況に、ある世界的に有名なヴォクセルサンドボックスゲームを思い出してしまった。


 あのゲームでも、プレイヤーは最初見知らぬ場所へと単身たんしんぽんとほうり出され、訳も分からず右往左往うおうさおうする間に陽がかたむいていき、やがて夜になる。

 するとゾンビやらスケルトンやら、ファンタジー世界でお馴染なじみのモンスター共が問答無用で襲ってくるのだ。


 ダメージを受ければもちろん体力は減り、ゼロになれば死亡してしまう。


 武器になるようなものは何も持っておらず、仮に勇気をふるって立ち向かっても徒手空拳ステゴロかなうはずもなし、大抵の場合は返り討ちにうのが関の山。

 どこかに逃げようと思ったところで、夜の間はほとんどどこにでも敵さんはわらわらいて出る。


 平原を、はたまた森の中を必死に逃げまどいながら、ようやく思いついた対策が地面や土の壁に穴を開けてもぐりこみ、朝陽あさひが昇るまで息を詰めてただひたすら待つことだった。


 今の俺ならどうすればいいのかあれこれ分かっているけれど、プレイし始めた頃のあの恐怖感はなかなかにすごいものがあった。


――ほら、似てない? 今の状況と。


 さすがにゾンビとかは勘弁かんべんしてほしいが。


 そんな益体やくたいもないことを徒然つれづれと考えながらエビのように丸まって、俺は眠りの神様の到来を改めて願うことにした。

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