第二章 第03話 最初の食事

「へえ、僕アルファ米って初めて食べるんすけど、いろんな味があるんすね」

 と言うのは諏訪すわさん。


 今は時計によれば午後六時半過ぎ。


 さすがに外も暗くなっているので、ここ職員室にはバルーン投光器とうこうきを設置して、みんなで夕食をとっているところだ。


 初日ということで、みんなそれぞれ好きな味を選ぶことにした。


 普通の白飯しろめしはもちろん、五目ご飯や松茸まつたけご飯、ドライカレーにチキンライス。牛めしとやらまであるのには驚いた。


 以前備蓄物資の入れ替えかなんかで賞味期限間近のアルファ米を食べたが、その時は全部白米だった。


「このえびピラフ、喫茶店とかで出てきても不思議じゃないくらい美味うまい」


 ま、好みもあるだろうし、そもそも非常食に美食を求めるのも野暮だとは思うが、やっぱり美味おいしいものに当たれば嬉しい。


 えびピラフはマジで美味い。


「この松茸ご飯、味付けは薄めですけど結構いけますよ」

 上野原うえのはらさんもニコニコ顔で食べている。


 今日のメニューはこのアルファ米に、よくある乾パンではなくあっさり塩味のクラッカーだ。


 こっちもサクサクしていてなかなかいける。


 あとは飲み物として、職員室に常備してあったインスタントのコーヒーかティーバッグの紅茶、もしくは緑茶をお好みで選んでいる。


「一人に一切れずつくらいになっちゃうけれど、よかったらこれもどうぞ」


 そう言いながら、俺は不破ふわ先生特製のとり酒蒸さかむしをくばって回る。


八乙女やおとめ先生、大好物だってのに偉いね」

 製造者様におめ頂いた。


「いやあ、冷蔵庫が使えないんじゃ日持ちもしないですし、せっかく作ってもらったんですから美味しい内に頂きたいじゃないですか。ほら、上野原さんもどう?」


「え、いいんですか? あとで返せって言ってもダメですよ?」


「そんなセコいことは言わん」


 部屋の中は、何と言うか割と異様な感じだ。


 投光器を中央に置いているので、陰影いんえいがすごくい。

 変な雰囲気ふんいきが出ている。


 外から丸見えになってしまうのも何なので、カーテンはまた閉めている。


 窓外そうがいの様子はさっき見てみたが、ちらつき始めた星々以外、光源は一切確認できなかった。


「本当、何なんでしょうね。一体」

 上野原さんがつぶやく。


「何なのかしらね」

 不破先生が相槌あいづちを打つ。


 あたたかいものをお腹に入れて、もしかしたら多少なりとも落ち着いてきたのかも知れない。


 周りの様子を客観的に見回す余裕が生まれたような気がする。


「小説やマンガだと、こういう展開は割とありますけどね」

 これは椎奈しいな先生。


「異世界転移……ってやつだろうか」

 かがみ先生がぼそりとひとりごちる。


 意外な人が意外なことを口にしたぞ。


「へえ、鏡先生もそういう感じの小説、読んだりするんですね」


「いや、娘がね。ずいぶんハマってるみたいで勧めてくるんだよ。ちょっと私には合わなくてすぐに読むのをめてしまったがね」


 そう言って肩をすくめる。


「あれですよね、異世界って。中世ヨーロッパみたいな舞台で、神様に何か特別な能力とか授かってオラオラするみたいな」

 上野原さんもそういうの、読んでるんだね。


「神様って……」

 鏡先生が若干あきれ顔で言う。


「異世界とか神とか、そんなものが現実にあるのかねえ」


「まあまだここが異世界かどうかもはっきりしてませんしね。大体全く違う世界だってんなら、普通に呼吸出来たりするの、都合よすぎる気がしますよ」


 俺も思うところを述べる。


 だってそうだろ?


 星が違えば大気の組成そせいだって異なってくるわけだし、少なくとも太陽系にある他のどの星だって、人間が生身なまみのまま降り立って生きていられる環境なんかじゃない。


「異世界かどうかはともかく、ここが学校があった元の場所じゃないのははっきりしてますよね」


 黒瀬くろせ先生が話に加わってきた。


「何でこんな場所に飛んできちゃったんでしょうか」


「うーん、よくあるパターンだと魔王を倒すために勇者を召喚しょうかんするとかなんですけどね」


 諏訪さんが答える。


「ま、魔王? 勇者?」


 いよいよ鏡先生は困惑顔だ。


 俺は思わず口をはさんでしまう。


「勇者って……俺たちが勇者なの? 俺別に勇ましくないけど」

「知りませんよ、そんなこと」


 あれ、黒瀬先生が何か冷たいぞ……。


「大体、八乙女先生知ってます? 最近の勇者って、職業なんですよ」


「俺もゲームは結構好きだからそういうのあんまり抵抗ないけど、よく考えたら変だよな。勇者とか賢者って称号だろ」


「知りませんよ、そんなこと」


「……何か俺に当たり強くない? 黒瀬先生」


 黒瀬先生が俺に向き直って言う。


「私まだ、不破先生の鶏の酒蒸し、頂いてないんですけど」

「えっ、あっ、そうだった? ごめんごめん」


 話の流れでちょっと回ってなかっただけなのに……食い物の恨みは恐ろしい。


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2023-01-20 一部誤表記を修正、段落配置を見直しました。

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