第二章 第02話 話し合い

 二十三名。


 ここにつどった者の数だ。


 まず管理職の二人。


 校長 朝霧あさぎり彰吾しょうご

 教頭 たちば響子きょうこ


 次に低学年部担任の五人。


 一年一組 如月きさらぎ朱莉あかり 学年主任 生活科主任

 一年二組 加藤かとう七瀬ななせ 国語科主任

 二年一組 瓜生うりゅう蓮司れんじ 学年主任 図工科主任

 三年一組 花園はなぞの沙織さおり 学年主任 算数科主任

 三年二組 秋月あきづき真帆まほ 新採


 続いて高学年部担任の六人。


 四年一組 壬生みぶ魁人かいと 学年主任 総合主任

 四年二組 山吹やまぶき葉澄はずみ 音楽科主任

 五年一組 八乙女やおとめ涼介りょうすけ 理科主任 生徒指導主任

 五年二組 不破ふわ美咲みさき 学年主任 家庭科主任

 六年一組 かがみ龍之介りゅうのすけ 学年主任 研修主任

 六年二組 椎奈しいなあおい 社会科主任 体育科主任


 主任は教科主任と主なものだけ。

 他にも特活とっかつ部――特別活動部――とか安全部とかちらほらあるけれど、省略。


 次に級外等。二人。


 養護教諭 黒瀬くろせ真白ましろ

 教育実習生 上野原うえのはられい


 次は児童が三人。


 天方あまかた聖斗せいと 六年一組 神代朝陽の友人。

 神代かみしろ朝陽あさひ 六年一組 天方聖斗の友人。

 久我くが瑠奈るな 三年二組


 そして保護者二人。


 久我くが純一じゅんいち 久我瑠奈の父親。久我英美里えみりの夫。

 久我くが英美里えみり 久我瑠奈の母親。久我純一の妻。


 最後に、何て言うか……校外関係者とでも言うのか。三人。


 諏訪すわいつき 学校生活協同組合職員。

 御門みかど芽衣めい 高校一年生。本校卒業生。

 早見はやみ澪羽みはね 高校一年生。御門芽衣の友人。


 以上だ。


「とりあえずすぐにやらなければならないことは、夕食の準備と寝床の設置、それとトイレについて取り決めることです」


 教頭先生がよどみなく説明する。

 恐らく校長先生とある程度打ち合わせ済みなのだろう。


「電気・ガス・水道・通信、いわゆるライフラインと呼ばれているもののことごとくが、現在使用不能と確認されています。復旧の目処めども……立っていません」


 まあ、ショッキングではあるけれど当然だろう。

 この状況でもし水が蛇口じゃぐちから出てきたりしたら、一体元はどこ?って話だ。


「ただ、不幸中の幸いと言うべきか、校舎北側の災害備蓄倉庫と校長室前の備蓄室は無事です。相当量の物資や機材が確認できました」


 ほぅっ……と安堵あんど溜息ためいきが聞こえる。


 備蓄されている物については、後ほど知らせてくれるそうだ。

 と言うか、全ての情報をここのいる全員で共有するべきだと教頭先生は話した。


「次に……あまり考えたくないことですが、可能性としてしばらくこの場所で寝起きすることになるかも知れません。数人であれば適宜てきぎ対処ということに出来ても、二十三人ともなればそうもいかないでしょう」


 先ほどまでの状況確認の段階で、事実として俺たちは草原の真ん中にぽつんと、まるで大海たいかいの中の小さな無人島に取り残されたような状態であることを、すで否応いやおうなく突きつけられている。


 ここまで俺を含めて誰一人として口を開かず、黙って教頭先生の話に耳をかたむけているけれど……それは別に、冷静だからなんかじゃあない。


 言わば、取り乱しまくって疲れただけなのだ。


 全員が確認を終えて職員室に戻り、このむごい状況が現実であると知ると、特に女性陣の混乱がピークに達した。


 如月先生はひざからくずおれたまま、静かに泣いていた。

 確かまだ小さいお子さんがいたよな……。


 秋月先生は花園先生に何かわめいた後、そのまま花園先生の肩で周りを気にもせずに慟哭どうこくしていた。

 その花園先生も悲しそうな顔で声を上げずに落涙らくるいしていた。


 花園先生は五十だいの、校長先生に次ぐ年長者だ。


 どちらかと言うと小柄こがらで、和服が似合いそうな女性と言えばイメージが伝わるだろうか。

 髪型もシニヨンで上品にまとめてある。

 秋月先生の背中を優しくたたく姿は何と言うか、母性を感じる絵面えづらだった。


 気丈きじょうなイメージのある不破先生ですら、泣いてこそいなかったが、自席に座ったままぼーっとして、呼びかけてもにぶい反応しか返ってこなかった。


 女子高生の二人は、床に座り込んで抱き合って泣いていた。

 それを黒瀬先生がなぐさめながら涙を流していた。


 高校生の一人、早見さんは……はかなげと言うか気弱そうと言うか、まだ一度も言葉はわしてないけど、きっと引っ込み思案じあんで大人しい子なんだろうなあと思う。


 左右の耳から上の後ろ髪をひとつにまとめた――ハーフアップと言うのか?――ロングヘアをしている。

 遠目にも分かるほどの、つややかで美しい髪が目を引く少女だ。


 小六の男子は、不安げな顔で何やら二人で話していた。

 この子たちは……普通の男の子だ。


 女性に比べて説明が雑だと言われそうだけど、小学生男子の髪型を細かな違いにまで言及して説明する教師ってのもアレだと思わないか?

 いて言うなら、短い方が天方君、長めなのが神代君だ。


 ――そう言えば一体何の話をしに来たんだろうな、この子たちは。


 あと、男たちだって別に平気だったわけじゃない。


 あの自信家っぽい壬生先生は、ケータイで何度も何度もどこかに電話を掛けようとしていた。

 どうやってもつながらないと分かるなり、椅子に座って机に突っ伏してしまっていた。


 この人は……何と形容したもんかな。


 あんまりイケメンという言葉は使いたくないんだけど、そんな俺でも他に言葉が見つからないくらい整った顔立ちなんだよな……。

 その手の界隈かいわいで氷属性とか言われそうな雰囲気だ。


 実際、女子児童がきゃーきゃー言ってるのを見たのは、一度や二度ではない。

 まあ本人は容姿ようしを鼻にかけるようなタイプじゃないみたいだけどね。


 鏡先生も自席で微動だにせず、何かじっと考え込んだままだった。


 ある意味、まだましなのが久我家の三人かも知れない。


 置かれた状況は最悪でも、少なくとも家族がはぐれることなく一緒にいられるのは、他の人たちがいだいている大きな絶望の原因をひとつ、まぬがれているということだから。


 そうした修羅場をとりあえず一越ひとこえした後の、今のこの状態なのだ。

 誰もしゃべらないのは異議がないからという理由ばかりではない。


 教頭先生もそんな事はとっくに理解していると言うように、そのまま話を続けていく。


「まず一階は、中央の児童用玄関の半分くらいまでが確認できました。この職員室を含め、そこまでの間にある部屋は無事な様子です。職員用トイレ、印刷室、更衣室、防災備蓄室、用具室、校長室、保健室ぐらいですか」


 とにかく備蓄室が残っているのは僥倖ぎょうこうだ。

 有り無しで、状況のレベル的に天と地ほどの差がある。


「二階への階段はかろうじて残っています。更に上へ階段でのぼるのは普通の方法では無理なようで、三階部分の確認は出来ていません。二階では三-一さんのいち三-二さんのにの教室がまるまる残っています。図書コーナーと突き当たりの音楽室も無事です。つまり」


 一旦いったん言葉を切り、教頭先生はみんなを見回す。


「余分な机を音楽室に移した上で、三-一さんのいちを男性用、三-二さんのにを女性用の部屋とするのはどうでしょうか」


「……賛成します。女性の方が多いので負担もかかりそうなのが気になりますがね」

 鏡先生が賛意さんいを示す。


「多分女性十四人でひと教室では手狭てぜまだと思います」

 壬生先生が手を挙げた。

「机を運び入れるのは図書コーナーにして、女性は三-二と音楽室を使った方がいいのでは?」


 他の人たちもうなずいたり「いいです」とか「分かりました」とか言ったりしている。

 特に反対意見はないようだ。


「では、寝床についてはそういうことで。板張りの床はちょっと固そうですが、備蓄品の中にエアーマットがありますので、それをいてしのいでいただくしかないでしょう。次にトイレですが……黒瀬先生」


「はい」

 と、黒瀬先生が立ちあがった。


 まあ子どももいるから、こうした話は養教ようきょうからした方が通りがいいのかも知れない。


「先ほど教頭先生がおっしゃったように、職員用トイレと二階図書コーナー横の児童用トイレはあります。でも、分かってらっしゃるとは思いますが、決して使わないでください」


「えっ」

 見ると女子高生の御門みかどさんが、この世の終わりのような顔をしている。


 そうした反応は予期していたようで、黒瀬先生は彼女に視線を向けながら続ける。


「タンクには水が残っていましたので、一、二回なら流せるかも知れません。でも、流れる先は恐らく地面の中で途切れているんじゃないかと思います。私も配管の構造とかは全然理解できていませんが、これは多分詰まっているのと一緒なので、いずれ逆流しちゃいます」

「そ、それじゃあどうすれば……」

「それをこれから説明します。心配しなくても大丈夫ですよ」


 狼狽うろたえる御門さんに黒瀬先生がにっこり笑いかける。


 尾籠びろうな話ではあるが実際、この場にいる誰にとっても可及的かきゅうてきすみやかに答えが必要な問題であることは疑いない。


「災害備蓄用品の中に、非常用トイレがあります。こちらが小専用で、こちらなら小でも大でも使えます。数日分であればこの人数でも十分な数がそろっていますから、安心してください」


 見本として一つずつ持ってきたものを黒瀬先生がかかげて見せる。

 なるほど、使ったものは付属の不透明な袋に入れてゴミ箱ポンでいいらしい。


「使う場所は、やっぱりトイレがいいと思いますから、箱に入れて置いておきます。ゴミ箱も設置しましたので使ったものはそこに入れてください」

「わ、分かりました。がんばります……後で練習させてください」


 最後の方は黒瀬先生に小声でしゃべったつもりだろうけど、聞こえてしまった。


 こんな時に何だが、妙に生真面目きまじめな御門さんの反応に俺は可笑おかしくなってしまった。


「ただ」

 黒瀬先生が表情を引き締めた。


「非常用トイレは差し当たっての数がそろっているとは言え、いずれ尽きます。その後の手立てが必要です」


「詳しいことは明日以降いろいろ調べてからでいいでしょうが、屋外トイレを作らないとダメでしょうね」

 瓜生先生が手を挙げて指摘してきする。


「それも含めて、必要な作業を可能な限り書き出した上で、手分けして進めなければならんでしょう」

 鏡先生がけわしい顔で言う。


「私自身、正直今のこの状況に気持ちが追い付いていません。ですが、どうもただ待ってるだけで事態が好転こうてんしそうにないことは認めざるを得んようです」


 ……みんな、順応じゅんのうするのが早くないか? 何かすごいんだが。


「トイレについてはひとまずよろしいでしょうか?」


 教頭先生がみんなの顔をゆっくりと見回す。

 声を上げる人はいない。


「では次に、夕食の準備についてです。今日のところはカセットコンロでお湯を沸かして、アルファ米とクラッカーを食べることにしようと考えています」


「あのう……」


 如月きさらぎ先生がおずおずと手を挙げる。


「私たちが机の中とかに個人的に持っているお菓子なんかは、どうしたらいいでしょうか。やっぱり差し出した方がいい……ですか?」


 う~ん、確かに。

 これはなかなかデリケートな問題だろうなあ。


 校長先生が立ち上がった。


「ここにある食料については何がどれほどあるのか、備蓄物資も含めて調べたいとは思っていますが」


 一旦言葉を切る。


「すぐに困窮こんきゅうする状況でもないようですし、皆さんの私物を徴発ちょうはつするようなことはすべきでないと考えます。それに」


 大きく息を吐いてから、校長先生は続ける。


「今日は多分、私も皆さんも普通の状態じゃないでしょう。疲れているし、とにかくいろいろなことがありすぎた……。そんな時にあれもこれも性急に決めるのはよくないように感じるんです」


 皆が一様いちよううなずく。


「最初に言った通り、今日のところは最低限の事だけでいいんです。難しい話はこれくらいにして、あったかいものを食べて、ゆっくり休んで落ち着きませんか?」


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2023-01-20 一部表記ミスを修正しました。

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