第二章 サバイバル

第二章 第01話 始まり

「何だか、暑いですね……」

「エアコンも動かないから、しょうがないね」


 ここは職員室。

 時刻は午後五時十五分。


 そうか、壁時計は電池式だから動いているのか。

 俺のケータイも同時刻を表示している。

 相変わらず圏外のままだけど。


 上野原うえのはらさんが胸元をパタパタさせてつぶやいたように、この部屋には熱気とまでは言わないが、初夏の夕暮れらしい温度の空気がよどんでいる。


 とは言え、このどんよりとした雰囲気ふんいきは気温のせいだけではないだろう。


 ちなみにカーテンは再び閉めている。


 教頭先生の指示だが、俺も賛成だ。

 外が見えてると頭がバグって、冷静に考えられなくなりそうだからね。

 でもちょっと暗いかな……。


 俺が外に出て驚愕きょうがくの発見をした後、みんなで手分けして周囲の確認作業を行った。


 念のため、集合時刻を午後五時と決めて時計を合わせ、途中でも戻ってくるように決めておいたのだ。


 その結果、この場所にあるのは職員室をほぼ中心とした半径15~20mほどの半球はんきゅう部分だということが分かった。


 なぜ半球などと言えるのか。


 それは、少し離れればおのずと分かるのだが、どう見ても建造物がドーム状に存在しているのだ。


 その範囲外のものはどうやら置いてきた・・・・・かのようにけずれてしまっている。


 おかげで三階部分にある教室は、一部壁がえぐれている。

 と言うか、三階まで行けない。

 階段がないから。


「状況を整理しましょう」

 校長先生がみんなを見回して言った。


 今、俺たちは各々おのおの自分の席についている。


 席のない人たちのうち、上野原さんは従前じゅうぜんどおり俺の右横に、天方あまかた君たちと久我くが家は部屋の後ろの方にある応接スペースのソファに座っている。


 女子高生二人は、なぜか事務の先生たちの席で項垂うなだれている。

 黙ったままうつむき気味に目をつぶっている二人に、黒瀬くろせ先生が時折優しく声を掛けているのが聞こえる。

 事務のお二人はたまたま、今日は出張でいなかったからね。


 それと、もう一人。


 黒瀬先生の左側――所有者はいなくて荷物置き場のようになっている席――に、二十代半ばくらいの男性がいつのまにか座っている。


「何かすいません」

「いえいえ」


 何故なぜか恐縮しまくっておどおどしているのを黒瀬先生になだめられているのは、学生協がくせいきょうの業者――諏訪すわさんと名乗っていた……て言うかこんな時なのに黒瀬先生の気遣きづかすごいな。


 この人はぱっと見で、若い。

 いってもせいぜい二十代半ばくらいだろう。


 身長は座っていてよく分からない。

 髪型は……ぼさぼさ系ってあるのか?

 清潔そうなぼさぼさ髪としか言いようがないな。


 彼はどうやら配達に来ていたようで、周辺確認をしている時に北側の駐車スペースでうろうろしているところを鏡先生に発見されたらしい。

 が悪いと言うか、運が悪いと言うか……。


「皆さんに確認してもらっている間、私もいろいろ考えたのですが」

 校長先生が続ける。


「なぜ、とかどうして、と言うのは一旦いったん置いておきましょう。そして、私自身そうであるようにいろいろと不安なことだらけであることもよく理解できます。ですが、まずは現状を可能な限り把握して、最低限の方針と行動を決めたいと思います」


 事において冷静であるというのは非常に大事なことだ。

 そういう意味でこの校長さんはなかなか立派な人だと思う。

 正直に不安だと吐露とろしても、それを皆に伝播でんぱさせるようなことをしない。


 他の人たちも、俺も、最初のような驚きや戸惑とまどいは一応収まった感じではある。


 だが……。


何故なぜならば、もし周りのこの奇天烈きてれつな様子がすぐに変わらないとするなら、間もなく夜が来るからです」


 校長先生の言葉に、うつむく上野原さんの肩が一瞬ぶるりと震えたのが分かった。


 ――そう。


 彼のげんつまでもなく、俺たちの心は、すでに驚きの代わりに疑念と不安で一気に塗り替えられてしまっているのだろう。

 言うまでもなく、今後についての不安だ。


 今時分いまじぶんであれば、日の入りは午後七時付近だろうが、午後五時半近くともなれば、は大分かたむいている。


 カーテンを開けずとも分かるが、外は恐らく夕闇ゆうやみが空をおおい始めているはずだ。

 いや……流石さすがにちょっと暗すぎるぞ。

 雰囲気ふんいきも。


「カーテンをけましょう。暗くてよく見えなくなってきました」


 人気ひとけのない夕方の教室を思い出してほしい。

 あんな感じである。


 俺の提案に校長先生がうなずくと、窓側にいる如月きさらぎ先生と加藤かとう先生が立ち、オフホワイト色のカーテンを手早く開けた。


 途端とたんに小麦色の陽光ようこうが部屋の中をじんわりと満たした。

 思っていたよりも、外は明るい。


「では、緊急性の高い事案からいきましょう。まず最初に人員を把握します。点呼てんこを取りますので返事をお願いします。まず一年部から。如月先生と加藤先生」


 教頭先生が名前を呼び始めた。

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