第一章 第05話 不通

「駄目ですね、やっぱり」


 何度目かの操作をて、教頭先生が首を横に振る。


 たちばな響子きょうこ教頭。


 出来る上司、と言う表現が一番まとていると思うのは、恐らく俺だけじゃあるまい。


 髪を何か全部うしろに流して、カチューシャみたいなので止めてる。

 肩にぎりぎり届かないくらいの長さだ。

 見た感じ、ちょっときつ目の女優さんと言う印象だ。


 一般に、学校の中で一番忙しくて一番大変なのが教頭先生だと言われている。

 「何でも屋」だかららしい。

 「何でも出来る」んじゃなくて、「何でもやらなきゃならない」のだそうだ。


「どうも停電しているようです。天井の照明もつかないみたいですから」


 教頭独自の仕事は当然の事、場合によっては普通に授業も担当するし、うちみたいに小さいところだと教務主任きょうむしゅにんの仕事も兼任けんにんしたりする……言葉にするとヤバいなこれ。

 ほとんど二人ににん前の仕事量じゃないか。


 おまけに学校組織ほぼ唯一の中間管理職である。

 校長と一般教諭の間にはさまれて、場合によっては胃がすりつぶされるような思いをすることもあるかも知れない。


「電話もランプが消えています。でも……おかしいですね。IPアイピー電話じゃないから、停電しても使えるはずなんですが」


 そんな超激務を少なくとも表向きは涼しい顔でこなしている橘教頭先生が、電話機のフックをかしゃかしゃ押しながら首をかしげている。


「ううむ……電話線が切れたとかなのでしょうか」

 校長先生も落ち着いているようには見えるが、いろいろ訳が分からない状況に戸惑いを隠せていない。


「校長先生、ケータイもダメです。なぜか圏外けんがいになって電話もネットもつながらないみたいです」

「私のも繋がらないですね」


 ケータイをあれこれいじっていた瓜生うりゅう先生と如月きさらぎ先生が口をそろえる。


 如月きさらぎ朱莉あかり先生は一年一組の担任で学年主任。


 セミロング……なのかな?

 中央ちょっと左寄りで分けた長い黒髪くろかみが、顔の両サイドで内側を向いた三日月みたいになって胸の辺りまでれている。

 年は確か俺とほぼ同じくらいだったと思う。

 落ち着いた若奥さんって感じかな。

 何か農業的な協同組合関係のTVコマーシャルで見たような面立おもだちをしている。


「ケータイのキャリアはどこですか?」

 教頭先生は冷静だ。


「僕のはD社です」

「私も同じです」


「えーっと、私はA社ですけど、やっぱりダメみたい……」

 続いて声を上げたのは四-二よんのに山吹やまぶき先生だ。


 俺もリュックを探ってケータイを取り出してみるが――

 ――ダメだな、俺のも。

 D社だけど。


「わ、私はS社ですけど……ケータイは更衣室なんです」

 上野原さんが泣きそうな声で俺に訴えてくる。

 大丈夫だから、落ち着けと言いたい。


「少なくとも停電しているのは確実みたいですね」

 職員室のすみに置いてある冷蔵庫の横で、とびらを指さして黒瀬先生が困り顔だ。

「氷がけちゃいます」


「不破先生! そんなことよりこっちこっち! 外見てみてよ! 外!」

「どうしたって言うの、御門みかどさん」


 女子高生の手を振っていたほう――御門みかどって言うのか――が、不破先生の手首を握って窓の方をゆびす。

 この子は……髪を頭の両端りょうはしで低めにしばっている。

 ツインテールというあれか。

 紺色のブレザーに赤いネクタイという制服姿だ。


 彼女はそのままぐいぐいと不破先生を窓際まどぎわまで引っ張っていった。

 カーテンがかかっていて外の様子はうかがえないが、彼女の表情はただ事ではない。


 窓の外に、一体何が……。


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2023-01-20 ルビの振り間違いを訂正しました。

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