第一章 第04話 地震?

 突然、足元あしもとから恐ろしいほどのれが職員室を襲った。


 椅子いすから腰が勝手にずり落ちてしまう。

 周りのそこここから悲鳴が上がっている。


「う、上野原うえのはらさん、こ、ここここ、ここに!」

「きゃあっ!」


 叫ぶように言うと、俺は机のはしをぎゅっとつかんで固まっている彼女を、つくえしたのスペースに問答無用で押し込んだ。


 二人でもぐるのには流石さすがせますぎるので、座っていた椅子をかかえ込むようにして両手で頭をかばいながら、俺は座面ざめんす。


 ひどい揺れはなおも続く。

 ぎゅっと目をつぶる。

 とてもじゃないが開けていられない。


 恐らく建具たてぐや家具、この部屋にあるありとあらゆるものが物凄ものすごい音を立てている。

 何から出ているのか分からないが、ゴーッと言う不気味な響きが耳朶じだを打つ。


 これあれだ。

 いつか見た鳴門なると渦潮うずしおか、黒部ダムの放水ほうすい音みたいな轟音ごうおんだ。


 ……。


 …………。


 ――それにしても長い。


 俺の住む県は、昔からいつ大地震が来てもおかしくないところ認定されていて、子どもの頃から地震の避難訓練が毎学期まいがっき当たり前のように行われている。


 県民全体の練度も、きっとなかなかのものだと思う。

 地震に対する経験値が大分だいぶたまっているから、ちょっとやそっとの揺れじゃ驚きもしない。


 いざという時の備えも割と万全で、この学校にも防災備蓄倉庫ぼうさいびちくそうこってのがある。


(これ、震度五強ごきょう……いや、下手したらろくいってるかもな)


 だから確かにひどい揺れではあるけれど正直、「とうとう来たか」というのが率直そっちょくな感想だ。

 それよりも、収まった後のことを考えると何とも気が滅入めいる。


(あれ、咄嗟とっさにこの姿勢を取ったけど、あんまり意味なくね?)


 机の下に隠れるのはおもに落下物から身をまもるためだが、ただ椅子を抱っこしてるだけの今の俺の体勢ってば、上方じょうほうに対して完全に無防備だわ。


 とは言え、今からより有効な態勢に変えられるような状況じゃない。

 出来るのはこのままただひたすらに耐えることだけだ。

 

(――まだ終わんないのかよ……長すぎだろ)


 こういう時の時間感覚はひどく曖昧あいまいになる。


 五分以上揺れているような気もするけれど、多分そんなことはないだろう。

 せいぜい一分いっぷんかそこらだと思うが……ん?


 ――揺れが収まった。

 ピタリと。


 ……何か変だ。


 普通、地震の揺れってだんだん減衰げんすいしていくものじゃなかったっけ?

 さっきまでの激しさが嘘のようだぞ。

 じいーんとしびれるような無音が耳の奥でこだましている。


 突然スイッチがオフになったがごとき静けさに、俺はゆっくりと目を開けた。

 机の下で丸まっている上野原さんの背中が視界のはしうつる。


「上野原さん、大丈夫か?」

「あ、は、はい。大丈夫です。ずいぶん長かったですねあいた!」

「おいおい、無理してこっち向かなくていいから。今椅子をどけるよ」


 それにしても、一体どれほどひどい有り様だろう。


 あれだけの揺れがもたらしたであろう惨状さんじょうを何となく想像しながら、俺はよろよろと立ち上がる。


 ……。


 …………。


「……は?」


 椅子をわきにどけた俺は、そのまま目の前に広がる光景に言葉を失ってしまった。


「なん……で?」


 上野原さんが出てきた。


 不破ふわ先生も椎奈しいな先生も、他のしまの先生たちも机の下からい出してきた。


 そして……俺と同じく、一様いちように声を失っている。


「どういうことだ……これは」

 壁を背にかがみ先生が呆然ぼうぜんつぶやく。


 何しろ――あれほど激しく揺れたあとだと言うのに、職員室の様子は地震の起こる前と全く変わっていないのだから。


 何一つとして。


 机の上に雑然ざつぜんと積まれていたプリント類や書籍、筆記用具、電話に花瓶かびん

 マグの中の飲みかけのお茶も一滴いってきすらこぼれた様子もなく、何事もなかったかのように元通り置かれたままの姿をさらしている。


「きょ、教頭先生、テレビを」

「は、はい」


 校長先生の声が聞こえる。


 瓜生うりゅう先生が思い出したかのように携帯電話を取り出し、操作し始めた。

 彼は単学級二年一組の担任。

 眼前がんぜんの様子に驚いてはいるのだろうが、ほうけている俺と違って冷静に現状を把握はあくしようとしているのかも知れない。


 彼にならうかのように、何人かの先生がケータイに手を伸ばす。


八乙女やおとめ先生」

 上野原さんがきょろきょろしながら口を開く。


「あんなにすごい揺れだったのに、何で、どうしてこんなに普通なんでしょうか」

「うん……おかしいよな」

「それに……」


 天井を見上げて彼女は言った。


「何か、薄暗うすぐらくありませんか?」


「――先生……地震、終わったの?」


 鏡先生の机の下から、天方あまかた君と神代かみしろ君が出てきた。

 幸いなことに特にケガをした様子もない。


不破ふわせんせー!!」


 外に通じるガラス戸が音を立てて開き、カーテンがひるがえる。


 くだんの女子高生たちが外の熱気と共に室内に飛び込んできた。

 半泣き状態だがどうやら彼女らも無事らしい。


「せんせー! どこなの? ここ! 一体どこなの!?」


 ――この時、俺は彼女の言葉をさして気にもめずにいた。


 よしんば聞きとがめたとしても、地震で混乱した子どもの意味不明な物言いとしか思わなかっただろう。

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