ぼく

安城

ぼく

なんかこの子、ぼくっていうんだよねぇと

姉は少し笑いながら言った

困っているというわけではなく

周りが不思議がって問う前に言っておこう

そんな感じだった


母親の言葉を気にすることもなくその子は

大好きな薄紫色の折り紙にハサミを入れている


そういえば、あんたも子供の頃

ぼくって言ってた時があったね


覚えられているとは思いもせず

内心驚きながら静かに

やめなさいって言われたから、と返す

あの時から自分は私になったのだ


特別なきっかけがあったわけではない

みんなはいつの間にか私やあたしになっている

さて、どうしたものか

言いやすかったのがぼくだった

ただそれだけのこと


ただそれだけのことが

それだけでは済まされなかった時代

ぼくがぼくのままでいられたら

どうなっていたんだろうか


この子は

ぼくでいたい時までずっと

否定されることなくいられるだろうか


折りたたんで

ところどころ切り落とした折り紙は

どうやら線対称の飾りのようだ

できた、と彼女は満足気に

私たちに広げてみせた






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ぼく 安城 @kiilo

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