おれは大通り公園沿いのまいばすけっとのまえに立っていた。

 夜の22時、ここで待ち合わせをしようとのあちゃんに言われたのだ。

 しかし、おれの胸は妙にざわついていた。……副都心を生活拠点にしているのあちゃんが、なぜわざわざ横浜くんだりまで足を運んだりするだろうか……?

 そのとき、スマホに通話がかかってきた。

「もしもし、カケルくん? ちょっと悪いんだけど、あのさ、そのままいま泊まっているところに迎えに来てほしいんだけど――」

 通話を終え、おれは背後を振り返る。

 そう、この路地を入っていけば、そこはラブホテルが密集している……。

 そのなかから指定されたホテルを選び、おれは部屋に向かう……。

 トントン、おれは子宮口を叩くように扉をノックする。

「あいてるよー!」

 たしかにのあちゃんの声だ。

 ひらがな多めのゆるいニュアンスだから、なんとなく本人だとわかる。

「おはようございまーす! のあちゃ――ンググッ!」

 入室し、一歩踏み出したところで――背後から口をふさがれた。

 息が……できな……そのまま、おれの意識は遠ざかって――




 ガタっ! ガタタっ! ――身動きができない!

 自分の腕から鳴らされる音に気がついて、おれは目を覚ました。

 ――おそらく、おれは壁に繋がれた手錠に拘束されているようだった。

「くそっ……誰か……だれかぁぁぁぁ――ンググッ!」

「うるさいネ……」

 おれは再び口をふさがれたが、こんどは不意に目のまえに現れた変態仮面の仕業だった。上半身は裸、ボクサーパンツ一丁で、顔をパピヨンマスクで隠している……背丈は意外にも高く、スタイルも細い。……こいつは間違いなくわからせおじさんで、おれはなんらかの手段で録音させたのあちゃんの声に騙されたのだ。

 しばらくおとなしくしていると、わからせおじさんが口から手を離す。

「はあっ……はあっ……おまえ……のあちゃんに、手を出したのか……?」

「謝礼を渡しただけのことだヨ。――“教育”はしていない、いまはまだ、ネ。もっとも、彼女はボクを怖がったいたようだけどネ」

 中性的な声を聴いているかぎりでは、とても性的倒錯者には思えない。――この仮面の下は……いったい……いや、おれはその考えを振り払った。悪党は悪党らしい下卑た顔をしていなければならない……そう思いたかったからだ。

「さて、それでは始めましょウ……」

「なにを……」

「こういうこと、ですヨ……」

 ――っ!?

 ――ビリリッ! と電撃が走った。……それはまるで、初めて自慰行為をしたときに匹敵するようで……。

 わからせおじさんの手が、おれのバズーカ砲をつかんだ。

 きも……きもちわりぃ……男同士で……こんなこと……はずなのに……きもち、いい……?

 考えたくない。考えたくないけれど、一瞬でおれのバズーカ砲は最大モデルになった。

 つぎに、わからせおじさんはおれのまえで膝をついた。……まさかっ! ――想像したくない。想像したくなくて、おれは目をつむった。

 ――それがいけなかったのだろう。

 視覚を奪われた代償に、おれはその口内から伝わる温かな触覚に打ち震える……っ!

 ――しかも、わからせおじさんはそのまま両手で、おれの双丘をさすり始めた……!

「くっ……あ……アアッ……!」

 ――やがて、おれの口から“敗北”の快楽がこだまする。

「んー! ンンンンン! ンー!」

 ほとんど本能的に、おれは羞恥心を抑えるために――歯を食いしばっていた。

「……あはんっ……」

 しかし――謎のスキルによってますますバキバキになっていくバズーカ砲を咥えられながら、おれは同時に媚尖を責められ続け、あられもない吐息をこぼしてしまう……段々、どんどん、ドクドクッ! と急激に――“それ”が――高まっていく――駆け上がっていく――やがて――

「うっ……あ……ウアァァァァァァっ!」

 びゅー――! びゅー――! びゅうううううっ! ビュルルルルルルッ!

「とま……とまんない……うそ……だろ、こんなの……こんなのって……」

 ……“わかって”しまった。そのとき。“わからされて”しまった。……『女の子より、男の子のほうが気持ちいいんだ』って……男の子のお口のほうが気持ちいいなんて……おれがそんな性癖に目覚めるなんて(いや目覚めてなどいない……!)……思ってもみなかった……くそ……これじゃあまるで……

「即落ち2コマ……だネ!」

 仮面の下で、わからせおじさんが柔和に微笑んだのがわかった。

「くっ……」

「なんだネ?」

「こっ、ころせっ……! こんな姿……のあちゃんに見られたら……あの子を“わかる”のが……おれの使命なんだからっ……!」

「ふーム……」

 わからせおじさんは首をひねると、顎に手を当てながら部屋をウロウロし始める。……なにを考えているのだろうか。不気味だ。……やがて、ポンっ! という感じに右拳を左掌に打ち鳴らした。

「それじゃあこうしよう……ボクが“わからせた”女の子を……キミが“わかって”あげるんだ……そういう“演出”もありじゃないかネ……?」

 ――瞬間、おれはこいつの“意図”を完全に理解した。理解したくなどなかったが、この身に刻まれた闇のペルソナが――即座にその映像を幻視した。

 おれはその過去と未来を振り払うように、

「……そのためにのあちゃんを苦しめようっていうのか……!」

 わからせおじさんが再び――おれのバズーカ砲をやわらかく包み込んだ。

 仮面の下は淫靡な上目づかいに違いない。

「……また、イカされたいかネ? ――はたしてキミの自我は持つカナ?」

 くちゅっ! くちゅっ! ……“穴”などついていないはずのおれの下半身から、猥褻な音が漏れ出る……――ビリリッ! ――耐えろっ! ――耐えるんだっ! これ以上わからされてたまるか――っぐちゅちゅちゅちゅっ! ……「アアッ……」――おれは一瞬、白目を剥いて悟ってしまう。

 くっ……ダメだ……いまのおれでは、こいつに対抗できない……これ以上『絶頂』したら……おれはおれを保てなくなる……あの日、胸に誓った約束を……果たせなくなる……! ……いまは従うふりをするしか……。

「わかっ……わかった……。おまえに協力しよう……おまえがまず、女の子をわからせる……そしてそこにおれが駆けつけ、女の子をわかってあげれば……それでいいんだな……?」

 そう告げると、わからせおじさんはおれの股間から顔を離した。

「そのとおりでス……人間の“感情”というものは……急激なアップダウンに弱いのですヨ……なぜある種の男性が“飴と鞭”を得意とするのか……キミならお分かりでしょウ……?」

「――! ……な、なんの話だ……」

「とぼけるのですカ……? キミの過去は調べ上げているのでス。――キミがいまやっていることは――“贖罪”でしかなイ……ボクと共に在ることで……キミは効率的にその“罪悪感”を拭い去ることができるのでス……」

「で、でもそんなものは……“嘘”だ……“嘘”でしかない……!」

「――……キミがどの口で“真実”を語るのでス……?」

「……! おれは……おれは変わったんだ! ――もうあのころのおれじゃないっ!」

「“キミ”が変わっても……“物理現象”として生じた“過去”は変わりはしないのですヨ……キミがこの世界に与えた“痛み・傷”は……いまもどこかに残っているのでス……お見せしてもよろしいのですヨ……?」

 わからせおじさんがスマホを取り出す。

 ――!!

 おれは自分の心臓に包丁を突き刺すイメージで、抱えられない頭を抱え、言葉を吐き出した。

「やめてくれえええええええええええぇっ!」

 必死だった。

 ここまで必死な顔を見せたのは、何年ぶりだろうか……?

 おれはこの男のまえでは、まるですべてを曝け出されたかのような……哀れな一匹の……。

「ははははハっ! ――実にいイっ! 実にいいですヨっ! ――強き道化が“本性”を顕わにする瞬間ほど――そそるものはなイっ!」

 不意に、わからせおじさんはアイマスクを取り出すと、それをおれの目にかけた。――見えない、なにも見えない……。

「さて、逆にボクはいま素顔を晒していル……ですガっ! ――事の構造は、なにひとつ変わっていなイ! ――不思議だと思いませんカ? ――キミが見てきたものは、キミが見て見ぬ振りをしたきたコトは、イッタイ……なんだったんでしょうネェ……」

 ガチャリ、おれの手錠が外された。

「――そういうわけで、今日はこのへんにしておきましょウ。ボクの連絡先を――キミの“それ”に書いておきましたカラ、ミラーでチェックしておくように――アデューッ!!」

 おれは慌ててアイマスクを外そうとしたが、わけのわからない絡ませかたで縛られており、けっきょく強引に引きちぎったときにはもうわからせおじさんの足跡は消えていた……。

 おれは洗面台のまえに立つと、まだムクムクと膨れ上がったままのバズーカ砲を右手で持ち上げ、ゆいいつの手がかりを確認した……『追ってこい』ということか……おれはそのままアメニティのテレビをつけ、AVを視聴する……バズーカ砲を一気にしごき上げ、ほんのりと残り続ける“ムラムラ”を解消した。

 ――なぜか、女優の裸体に気分を害したおれは、カルピスと同時に激しく嘔吐した。

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「わかるわおじさん」 斎藤秋介 @saito_shusuke

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