「わかるわおじさん」
斎藤秋介
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おれはフリーランスの『わかるわおじさん』をやっている者だ。税金は払っていない。
「わかるわ! ――(省略……)」
――この言葉を用いるのは、本日3492回目だ。――つまり、おれは今日3492回の言葉を発していることになる。
おれのような人間のことを普通、世間一般では『肯定存在』と言う。――おれ自身としては自虐的・謙遜的に“おじさん”を名乗りたいのだが――そのほうが“わかっている”感が出るだろう――? ――おれがあまりにも最強無敵のイケメンなものだから、勝手に社会のほうがおれを定言命法してしまう。
――そして、全知全能のおれは事実――すべてをわかっている。
その具体例をお見せしよう。
「やっべぇ。アプリで知り合った女、妊娠させちまったわ……」
「わかるわ! たしかに中出しって気持ちいいもんな。でも責任取るの辛いし逃げるしかねえよな!」
こいつはおれのダチ公で、ナンパ師をやっているやつだ。呼べば駆けつける彼女が100人以上いるらしい、まあイカれた野郎だ。暇さえあれば女に声かけ、ひたすらマッチングアプリでスワイプを続けてやがる。――正直、こいつのことはあまり理解したくない。――ただ、こいつはたぶんあまり物語に絡まないから気にするな。――ただ『わかるわ!』の予行演習として必要だっただけだ。
「ぴえん」
「わかるわ! それはたしかにぴえんだよな! おれもそういうことあるから、わかるわ!」
この子はこの物語のヒロインだ。
手っ取り早く“わかる”ためには、やっぱりこういう闇を抱えた女の子が最適だからな。その時代ごとにヒロインの典型像というものは違ってくると思うが、間違いなく令和の現代日本では『地雷系』こそがヒロインである。――ここに目をつぶるのは時代遅れの『枝垂れ桜』だ。そういうキャラクターはいまどき、主人公としてふさわしくない。……間違ったことを言っているか……? もしかしたら“おじさん”なので時代感覚がズレているかもしれない……。
「――きゃああああああっ! ――たすけてぇぇぇぇぇっ!」
不意に、おれの腕にしがみついてきた。
「わ、わかるわっ! どどど、どうしたんだっ! の、のあちゃんっ!」
こんなに動揺してしまうと、まるでおれが女性慣れしておらず、逆に普段金の力で女の子にわかってもらっている身分の気がするが、そんなことはないぜ。
「わ、『わからせおじさん』がっ! 『わからせおじさん』がぁぁぁぁぁっ!」
「わ、わかるわーっ! わからせおじさんのもくろみはすべて……わかるわーっ! ――ええいっ! おれに代われっ! ――もしもしっ!? もしもーしっ!」
おれはスマホを取り上げると、ビデオ通話の向こう側に呼びかける。……だが、そこに姿はない。……こいつ、なぜ“ビデオ通話”をしておきながら姿を見せない……? ――まさか本気で、“わからせる”つもりなのか……?
「……ククク……簡単に“わからせたり”などしないよ……」
やがて、奇妙な合成音が聞こえてきた。――まるで、漫画にたとえるならば……“ナイフを舌なめずりするサイコパス少年”という感じだ……だが、“おじさん”なのだから――実際は風俗店の待合室にいるようなキモいジジイなのだろう……卑怯な輩だ……まあ、そうでもしないと、『わからせおじさん』などという職業は務まらんのだろうな……。
「わかるわっ! ――おまえなんか簡単にわかるわっ! どんだけ工夫したって簡単にわかるわっ! ――ヤってみろよオラっ! ――わかるからさぁっ!」
「――いいや、ボクが“わからせる”ね……必ずネ……っ」
「わかるわ! ――おまえは“わからせている”つもりかもしれないが、実際にはおれが“わかっている”んだ! ――おまえがやっていることは、幼稚な特殊性癖以外のなにものでもない――っ! ――たとえこの子がおれに黙って宅配業者をやっているのだったとしてもっ! オプション代を払わずにそんなことをするのは……“悪”なんだ……“悪”なんだと……おまえをわかる義務がおれにはあるっ――! たとえおまえが――“この世界”のすべてをわからせようとしたって……必ずわかってやる……いいか――っ?」
カカカッ! と対応するように哄笑を響かせるわからせおじさん。
――やがて、まるで、おれたちはシンクロするように――
――「おれが――」「ボクが――」
――「わかる!」「わからせる!」
……こうして、おれ――『わかるわおじさん』と『わからせおじさん』の――人生を共にする――長い共同戦線が幕を開けたのだった――。
「ぴえん」
「わかるわ!」
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