第8話 猫は溶ける

灰見ゆたか。唯一の第3期生。ゲーム配信しかせず、無口だが、たまに単語を呟くところがファンにとってたまらないそうだ。

見た目は暗めの青い髪にフードを深く被っていて、目はあまり見えない。いかにもゲーマーっぽい姿だ。


無口な人は苦手なんだよなぁ。ホワイトボード渡したら筆談してくれるかなぁ。

ていうか、3期生って一人なんだ。ゆたかって名前だとわからないが、声的にはたぶん男性。


田中。からは7月18日の午後8時に指定されたマンションの部屋に行くように言われている。


まだ時間があるから部屋でゆっくりとするか。いや、ゲリラ的に配信してみるか。ここ最近疲れていてあまり顔を出せていない。それにファンと話すことで気が休まるかもしれない。


Twitterに「ゲリラ配信‼︎ 15分後に開始するよ!急でごめんね!」っと打ってから、パソコンを開いて準備を始める。


そのとき玄関のチャイムが聞こえた。


誰だろ。宅配は頼んでいないぞ。宗教の勧誘とかだったらすぐ帰っていただこう。


そう思ってそっとドアを開けてみると、お隣のお兄さんだった。事務所の面接が合格した時に嬉しくて喋りかけたけれど、それ以降なんの交流もない。


「すみません、こんにちは。隣の神藤です。お願いがあって訪ねました。」


「お願い、ですか?」


「はい。僕、猫を飼っているんですけど、猫が風邪を引いてしまったんです。でも、今から2時間ほどどうしても外せない予定がありまして、僕が外出している間に猫を預かっていただきたいんです。」


「いや、私は大丈夫ですけど、餌とか面倒の見方とかよくわからないんですけど。」


「薬は飲ませましたし、ほとんど寝ていると思うので暴れることはないと思います。ただ見守っておいて欲しいんです。猫のためというか、僕自身が安心するためなんですけど...。お礼はちゃんとします!だからご迷惑じゃなければ部屋の片隅で預かって下さいませんか?」


まあ、暴れないなら安心かな。イケメンのお願いを断ったら来世まで後悔しそうだ。


「はい。了解しました!」


神藤さんは猫と、猫のお気に入りの小さなクッション、あと必要なものを色々持ってきてくれた。

ロシアンブルーで、毛並みは上手に整えられており、瞳がくりっとして綺麗だが、しんどいのか、覇気はない。

あと、首には鈴が付けられていた。んー、あんまり似合ってないような。ないほうが妖美な感じがするけどなぁ。

鈴には小さな文字で「シャーロット」と書かれていた。この子の名前かな。


「それでは頼みます。2時間ほどで帰ってきますので、よろしくお願いします。」


「任されました!猫ちゃんの安全は必ず私がお守りします!」


神藤さんはニコッと笑って去っていった。


15分後に配信とか言ってたくせに予定よりもう2分過ぎてるよ!


急いでデスクに戻り準備を整えて配信を開始した。


ごめん、2分遅刻した!みんな待っててくれてありがと〜。雑談しながらイラスト描いてくね。リクエストある?


meltさんスパチャありがとー。

んー?なになに、あっ、そのキャラ知ってる!可愛いよねー。じゃ、決定。


『melt:今夜はいい夜になりそう!』

『mikari@ライト君推し:それなんのキャラ?』

『名無し(°▽°):ゲームじゃね?』


この子、髪下ろしてるほうがいい?結ぶ?


『melt:ロングヘアが超可愛い』

『鶏肉!:ごめん、ツインテールしか勝たん』

『佐藤砂糖:なんでゲリラ配信?』

『melt:知らない。』

『無職全う:今日も可愛いね♡』

『yurayura✴︎:参戦!』

『カッパ:酸性!』

『rin@同担歓迎:草』

『melt:全く面白くない』

『佐藤砂糖:一旦落ちまーす』

『melt:すぐそこに猫。』

『無職全う:猫暮らしいいねえ』

『ぴーや:すぐそこに無職』


「すぐそこに猫」というコメントを見て私は猫を預かっていたことを思い出し、振り返った。


猫と目が合った。こちらへ近づいてくる。

鈴は鳴らない。



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