第5話 フェンリル

森の中には寝具や食材に使えそうなものは無い。


諦め拠点に戻ろうとした瞬間、強い風が吹き、思わず目を細めた。


そして風が止むと同時に年配者の様な口調の低い声が聞こえてきた。


「ほう。気配を感じ来てみれば。人族の子とは珍しい」


驚き、声がした方向に視線を向けると、綺麗な毛並みの白銀の狼がこちらをみていた。


この新しく得たアオイの背丈が分からないが、見上げるほどに大きい。

恐らく白銀の狼の顔の高さは2mメートル程度。

鼻先からお尻までの長さは3mメートルといったところだろう。


油断した。

まさかこれほどの大型モンスターが足音もなく、いきなり現れるとは思っても見なかった。

何かが近づいて来ても危険察知のスキルが発動し、対処できると高をくくっていた。


慌てて剣を抜き身構える。

しかし、勝てる気がしない。

鑑定スキルを使わなくても分かる。


絶対に勝てない。

表情、立ち居振る舞いなどで圧倒的な強さを感じる。


剣を構え、意識を集中する。

一撃だ。

一撃に全てをかけるのだ。


「ふむ。我を前にして逃げ出さぬとは、大した胆力だな」


斬撃に集中を高めるアオイ。

何が起きても対処できるという自信と圧倒的な力の差から、白銀の狼は身構える事すらしない。


「死に急ぐな。勇猛と無謀は違うぞ」


その言葉を聞いて、アオイは冷静になった。

見た目はどうあれ、言葉を交わそうとする者に対して、一方的に剣を構えることは失礼だ。


「いきなり剣を構えてしまい、すみませんでした」


アオイは剣を鞘に戻し、謝罪を口にした。

それを聞いて白銀の狼は、目を丸くした。


「襲うでもなく、逃げるでもなく、我に言葉を送るとはな。気に入ったぞ」


元々忍耐Lv10のおかげか、エマーテルの加護のおかげか恐怖はなかった。

ただ、いきなりの出来事に理解が追い付いていなかっただけだ。


この狼がその気になれば、アオイが剣を抜く前に瞬殺できた。

それをしなかったということは敵意はない。

危険がなかったため、危険察知スキルが発動しなかったのだろう。


「突然のことで慌ててしまいました。お恥ずかしい限りです」


素直な気持ちだった。


「ぶぁっはっはっは。お主は本当に人族か?」


この世界の人族は高慢ちきな者が多いのだろうか。

少し気になったが、今聞きたいのはそこではないため掘り下げないでおこう。


「人の言葉を話せるんですね。嫌でなければ色々教えて頂けませんか?」


この世界に来て初めてのコミュニケーション。

出来るだけ多くの情報を得たい。


アオイの言葉に白銀の狼は、先程よりも更に大きな声で笑った。


「まさか謝罪だけでなく、教えをうとはな」


よほどこの珍しいのか、『お主は人族の特殊個体か?』とからかわれてしまった。


やはり敵意を感じない。

悪いモンスターではなさそうだ。


前世の時からそうだったが、嘘が嫌いで、なんでも正直に話をする性格だ。


「信じてもらえるかわかりませんが……」


エマーテルという女神に転生させてもらった事。

この世界に先程来たばかりだという事。

言葉話せるが、基本的な知識がない事。


アオイは異世界転生の経緯を簡潔に説明した。


すると白銀の狼の表情が一変。

先程まではなかった凄まじい圧を感じる。


「貴様っ!エマーテル様の名を語るとは、万死に値する!」


一気に空気がピリ付き、草木がざわめく。

先程までは、直感的に強さを感じ取っていたが、今は違う。


圧の強さに尻もちをついてしまいそうだ。


「う、嘘は言ってません!」


どうやら女神の名を語る悪党に思われているようだ。

証拠が無いため、証明することができない。

しかし、嘘は言っていない。


「そうだ!これを見てください!」


アオイはステータス画面を開いて、狼に見せた。


「苦し紛れに何を見ろと言うのだ!何もないではないか!」


どうやらステータス画面は、アオイにしか見えていないようだ。

個人情報は守られている事は安心だが、今だけは見えてほしかった。


「そこまで必死になるのであれば、覗き見てやろう。我に嘘は通じんぞ」


狼はそう言うとアオイを見つめた。

ひょっとしたら鑑定スキルを持っているのだろうか。


「エ、エマーテル様の加護!話しは本当じゃったのか!!」


すぐに目を見開き、驚きながら狼が口にした。

どうやら絶命は免れたようだ。


「信じてもらえたなら良かったです」


聞けば、エアーテルはこの世界で最も偉大な神として崇められている。

そのため、女神エマーテルの名を語り、悪さを働くものが多く存在するそうだ。


「まさか人族の子供が、エマーテル様のお気に入りの称号まで授かっておるとわのう」


なんだか凄く羨ましそうな視線を向けられる。

個人的には凄く恥ずかしい称号だったが、まさかこんな風に役立つとは思いもしなかった。


「失礼した。我はフェンリル。お主同様にエマーテル様の加護を有しておる」


エマーテルの加護を持っているというだけで、何故だか急に安心した。

恐らくエマーテルがめぐり合わせてくれたのだろう。


「僕はアオイです。先ほど説明した通り、別の世界から来ました」


そしてアオイは言葉を続けた。


「この世界で初めての友達になってもらえませんか?」


人里離れた所を望んだのは自分だが、大自然過ぎて不安だった。

話し相手も一切おらずに生活することは、精神的に良くない。

何よりもこの世界を知る者が傍に居てくれることは心強い。


フェンリルは『友達だと……?』と言葉を漏らした。

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最強の異世界転生者は、平穏な日常を送りたい @novel0702

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