12 母なるムーアの下で

 あの迎えの儀式の夜からそろそろ一年が経とうとしていた。


 あの後、心配していた災いの噴火も起こらず、その兆候すらも消えていた。迎えの儀式は大成功だったのだ。

 リリーとシンツァオは数日ノダーリで過ごした後、旅に出た。

「母様と約束しちまったからな。シンツァオに広い世界を見せるって。それにチェンジャンのじじ様たちとシンツァオを会わせてやらねえと。憧れのラウラの暮らしも、また今度だな」

 そう言いながらもリリーは嬉しさが隠せないように笑っていた。


 旅に誘われたが、ルルドはノダーリに残った。そして次の満月に成人の儀を行い、大人の仲間入りを果たした。大人になることは前ほど怖くなくなっていた。

 父さんとは狩りを学ぶだけじゃなく、母さんの話をするようになった。父さんは時折、「悲しいか?」とルルドに尋ねた。そういう時、ルルドは黙って、微笑みながらうなずいた。


 ラウラは遊牧する民だ。季節が変わるとノダーリを移動する。だが、どんなに緑が鮮やかな春の野にいても、まぶしい日差しを反射する湖のそばにいても、ラウラはムーア火山から離れることはない。

 ルルドは時折ムーア火山を見上げて、長老が毎晩のように年少組に語る言葉を呟いた。


「よぉく覚えておおき、子どもたち。わしらにはムーアを見守り、ムーアに見守られる使命があることを」


 季節は巡り、また秋がきて、ノダーリは迎えの儀式をしたあの場所へ戻ってきた。

 涼やかな風がカロナ草を揺らして吹き去っていく。ルルドはその波打つ金色と、夕日がムーア火山に落とす影の黒色を見て、旅をしているだろう二人に思いをはせた。

 その時、誰かに名前を呼ばれたような気がして、ルルドははじかれたように振り返った。今度はあの時と違って、森の方から声がした。


 薄暗い森の中に、カロナ草とは違う金色が見え隠れした。小鳥のさえずりのような軽やかな笑い声もする。

 ああ、そういえばそろそろナルー・デ・サフゾールの祭りの時期だ。彼はあのやぐらの上での約束を忘れていなかったのか。そうだ、祭りに行ったらミシュアにも会えるかもしれない。彼女とも、再会を約束していた。

 ルルドの胸がどんどん、と早鐘を打ち始める。

「おおい、ルルドー!」

「ルルドー!」

 はっきりと聞こえた懐かしい声。ルルドはいてもたってもいられず、二人に向かって駆け出した。

 カロナ草の原っぱの向こうでは、どっしりと腰を下ろしたムーア火山がだいだい色の空に細い煙をたなびかせていた。


〈おわり〉   

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ムーアのうたの物語 よよてば @yoyoteba

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