第27話

 体を抑える蔦がない、火も効かない……どうしよう、どうすれば……。


 《……僕がやるっ!》


 楓香だった。キッと”影”を睨むと、両手を向ける。次の瞬間、”影”が叫びながら苦しみ始めた。


 「な、何?!」


 ”影”は何かと争っているような動きをしている。だけど、ここにいる誰も、”影”には指一本触れていない。


 《っ!ユカ、あいつアングリーベアだ!》

 「え、何?!アングリーベア?」

 《とにかく毛皮が分厚くて攻撃が届かない!》

 「だから火が効かなかったんだ!ってことは今楓香は……」


 突然の蒼仁の言葉に少々混乱したものの、勝機は見えた。そうこうしている間も楓香は一人、我を忘れたように”影”、蒼仁いわくのアングリーベアに攻撃を加えている。おそらく顔の周りの空気だけを抜いているのだろう。


 〔グギャガゥルルル!〕


 ついにアングリーベアが膝をついた。


 「あ、蒼仁!」


 咄嗟に蒼仁にイメージを伝える。蒼仁はすぐに反応し、アングリーベアの足元の土がその体を固定した。


 「楓香!もういいよ、ありがとう。和泉、溺れさせられる?」


 一心不乱に攻撃を加えていた楓香は、私の言葉にはっと我に返ったようだった。楓香の攻撃が止むと、アングリーベアは苦しみながらも立ち上がろうとしたが、蒼仁の土がしっかり固定していて立ち上がれない。その間に和泉が、顔と思われる場所付近に大きな水の球を作り上げた。


 しばらく水の中でもがいているようだったが、ふいにその動きが止まり、アングリーベアは大きな音を立てながら地面に倒れこんだ。


 《倒せた、の?》

 《うん、そうみたい》


 木蓮が恐る恐るといった様子で呟くと、蒼仁がそれに答えた。


 《”死”って出てるから、多分》

 「蒼仁、それちょっと前にも言ってたやつだよね……?」


 私の問いに蒼仁が頷く。おじじが言ってた覚醒状態ってやつか。


 「それ、今もさっきと変わらない?」

 《?》

 「あー、まだその”死”とかって見えてるの?」

 《あぁ……見えてる》

 「どんな感じ?」

 《えっと……あいつに集中したら、種族とか状態とかが見える》


 、か。


 「さっきアングリーベアだって分かった時も今みたいに集中してた?」

 《あ、いや……言われてみれば確かに……。あの時は何も意識してないのに急に見えるようになった感じだった》


 蒼仁自身も気がついたらしい。闘ってる最中と今との違いに。そして、精霊樹にいた時と今との違いに。


 「精霊樹にいた時は、集中しても見えなかったんだよね?」

 《だけど今は見える……》

 「きっと覚醒状態だったから使えてた力を、普段でも使えるようになり始めてるんだ……」


 精霊樹のふもとで木蓮と実験をした時。あの時から私がずっと思っていたことだ。覚醒時に使えた力は、使ではないということ。


 私が思うに、まだ彼らは精霊として進化してから間もない。だから、本来彼らが使えるはずの力にまだ気がついていないだけなのではないか。おじじは、感情の高ぶりによって覚醒し、覚醒すると普段より強力な力が使えるようになる、と言っていた。


 だけどそれなら、木蓮の力に矛盾するのではないか。木蓮が私と実験をしたのは、楓香のことが落ち着いてから少ししてのことだった。蒼仁や和泉は同じように力を使うことが出来なくはなっていたが、木蓮は変わらず使えていた。


 つまり、精霊たちは覚醒しているのではなく、自分たちの本来の力が目覚めているのだ。だからこそ、こうして戦闘時に限らず普段も使えるようになっている。


 もちろん、覚醒していた部分は少なからずあるだろう。蒼仁の力も、「集中すると見える」のが普段ならば、「無意識的に見ることが出来る」のが覚醒時なのだ。


 どうやら、彼らはまだまだ成長していくようだ。私も負けじと頑張らなくては。


 「楓香は大丈夫?」


 思考が蒼仁の力のほうにずれてしまっていた。


 《んぇ?》


 珍しく静かだった楓香が、間の抜けた声を出して振り返る。


 「おいで、楓香」


 手を広げると、楓香は一瞬迷うそぶりを見せたが、すぐに私の胸の中に飛び込んできた。


 「怖かったね、大丈夫だよ。危ないって教えてくれてありがとう。皆のこと守ってくれてありがとう。強かったね楓香、びっくりしちゃった」


 頭を撫でながら、そう声をかける。黙り込んでいた楓香は、徐々にあの時のことを思い出したのか、小さく震え始めた。


 《こ、怖かった……。あれ、声が、声が……》


 私たちには唸り声や叫び声、鳴き声にしか聞こえない音も、楓香は風の精霊としての能力ゆえに、意味のある声として聞き取ってしまう。


 《怒ってた、僕たちのこと、た、食べるって……》


 私にしがみついて、ぽつぽつとそう話す楓香。


 「怖かったのに私たちのこと守ってくれたんだね」

 《だって、だって、守るって約束した……》


 人一倍純粋な楓香は、約束を破らない。約束は約束、守るもの。そういう認識で、それを覆そうとはしないからこそ、一人で抱え込んでしまうことも多いのだろう。


 おじじとの「私を守る」という約束。おじじは「皆で協力して」という意味で言ったのだろうが、楓香は自分との約束だと受け取った。だからあの時も寝ている私たちを起こさないように、私たちを守るために一人で出て行ったのだ。

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異世界で保育士してたらいつの間にか聖母になってました 水月 都 @m-miyako

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