第3話 改ざんされた歴史

 創世の大賢者はべリアス・アインドールであり、その弟子がエルドライン・グレクルである。

 これは紛れもない事実だ。

 しかし目の前のメリナは、エルドラインこそが創世の大賢者であり、ましてや俺が極悪人だという。

 どういうことだ。


「【記憶探索】」

「な、何よ」

「少し黙っていろ」


 メリナの目をまっすぐに見つめ、そして彼女の脳内を覗き込む。

 ふむ。なるほど。

 メリナの頭の中には、べリアス=極悪人、エルドライン=創世の大賢者という方程式が染みついている。

 記憶が改ざんされた痕跡もない。

 つまり彼女は生まれてこのかた、ずっと創世の大賢者はエルドラインだと教えられてきたわけだ。

 歴史が改ざんされたのは、ここ最近の話ではなさそうだな。


 民が俺を忘れていようと、寂しいことではあるが別に構わなかった。

 ただこればかりは、俺が極悪人扱いされることだけは、どうしても看過できない。

 正しい歴史を証明する必要がある。

 ひとまず、一体いつから誤った歴史が広がり始めたのかを調べる必要があるな。


「メリナ、いくつか質問をさせてくれ。創世の大賢者は誰だ?」

「だからエルドライン様よ」

「ではべリアス・アインドールとは何者だ?」

「世界を滅ぼそうとした極悪人ね」

「その歴史は真実か?」

「当たり前じゃない。小さな子供でも知っている常識だし、騎士学院でもちゃんと学んだわ」

「その根拠は何だ?」

「は?」

「根拠だ。その歴史が正しいという根拠になる記録があるだろう」

「それなら『大賢者紀伝』ね。この書物にはっきりと記されているわ」

「それはいつ頃に書かれたものだ?」

「えーっと……極悪人べリアスの死から10年後よ」

「ほう……。つまりおよそ600年前の書物というわけだ」


 妙な話だな。

 べリアスの死というのが俺の転生を表しているとして、それから10年ということはまだそんなに時が経っていない。

 何かの事故が無ければエルドラインも生きていただろうし、民の大半も俺のことを知っていたはずだ。

 なぜその時期に歴史が書き換わっている?

 俺が転生を決めてからの10年で何があった?


「難しい顔をして考え込んでるところ悪いけど、私はそろそろ街に戻らなきゃいけないの」

「そうか。では続きは歩きながら話すとしよう」

「はあ!? ついてくるつもり!?」

「俺の目的地もフィエルダだ」

「ああもう最悪……。何でこんな変な奴を助けようとしちゃったのかしら……。ついてくるのはいいけど、絶対に街中でその名を名乗らないでよ!?」

「状況が状況なだけに善処しよう。ただし、俺はこの名を恥じたことはない」

「勝手に言ってなさい……」


 メリナは大げさにため息をつくと、本来の道へ戻って歩き始めた。

 俺もその右側に並んで、一緒に街へと進んで行く。


「メリナは王国騎士だと言ったな」

「そうよ」

「ここは王都からは離れた辺境の地だ。どういう任務で滞在中なんだ?」

「モンスター討伐よ。街のさらに北の雪山に、ホワイトフェニックスが出たの」

「なるほどな。確かにそれは、お前のような実力者が出向かなければならないわけだ」

「きゅ、急に褒めてきて何なのよ……」

「一目見れば、そいつの実力くらい判定できる。お前はなかなか強い。その無鉄砲な性格さえ直せば、さらに強くなれるだろう」

「それこそ余計なお世話よ!」


 ホワイトフェニックスか。

 懐かしい名前だ。

 普通のフェニックスは紅炎を全身に纏い、火山地帯に生息している。

 ホワイトフェニックスはその亜種で、雪山に生息し極寒の冷気を身に纏っている。

 どちらもほぼ不死身に近い再生能力を持つ非常に厄介なモンスターだ。


「そうだ。俺がそのホワイトフェニックス討伐に協力してやろう」

「だから! よ・け・い・な・お・せ・わ!!!」

「ふむ。600年前はむしろ民の方から頼みに来たものだがな」

「ああもう……! 本当になんなのこいつ……!」


 メリナの王国騎士という立場上、王都にもある程度のパイプがあるはずだ。

 これから歴史の改ざんについて調査するにあたっては、彼女と行動を共にした方が都合が良さそうだな。


「メリナさん!」


 そろそろ街に到着するかという頃。

 街から出てきた1人の騎士が駆け寄ってきた。

 俺たちの前に立ち、荒い呼吸を繰り返している。


「ガイ、どうかしたの?」

「は、はい。先ほど偵察中の部隊から報告がありまして、昨晩からホワイトフェニックスが山中で暴れまわっていると……」

「部隊に負傷者は!?」

「報告が来た時点ではいないそうです」

「今すぐに向かうわよ。準備を整えて」

「分かりました!」

「ちょっと待て」


 慌てて駆け出そうとする2人を、俺は落ち着いて制止する。


「今晩の月は?」

「え?」

「今晩は新月か?」

「そ、そうですが……」

「なるほどな。今から走ったのでは時間がかかるだろう。メリナ」


 俺はメリナに右手を差し出す。

 彼女は俺の手に不審そうな視線を向け、そしてその目のまま俺の顔を見つめた。


「何よ……」

「いいから手を取れ」

「遊んでる暇はないの」

「お前の部下が死ぬかどうかは、お前の決断にかかっているがな」

「……」


 メリナは黙って俺の手を掴んだ。

 なかなかに状況判断の良い奴だ。


「【転移】」


 次の瞬間、周りの景色ががらりと変わる。

 街も野原も街道も消え、俺とメリナは雪山の中に立っていた。


「なっ……!」


 メリナが目を丸くする。

 呆然と立ち尽くす彼女に、俺は歩き出しながら声を掛けた。


「遊んでる暇はないのだろう? 行くぞ」


 20年に一度、新月の夜に雄と雌が番いとなって卵を産む。

 ホワイトフェニックスにはそんな習性がある。

 そして雌はその前日に極度の興奮状態となり、盛大に暴れまわるという習性も。

 つまりもう少しすれば、この雪山にはもう1体のホワイトフェニックスがやってくるのだ。

 それも繁殖のために昂ぶり狂暴化した個体が。

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創世の大賢者、600年後の世界へ転生して再び伝説になる。 メルメア@『つよかわ幼女』発売中!! @Merumea

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