セカイがオワルまでは

カーチスのやろう

セカイがオワルまでは

 ――20XX年、6月のある日……俺達は衝撃の事実を告げられた。



 “12月31日の24時、この世界が終わる”



 そんな突拍子もない話、誰も信じる筈がない。今までだってそんな話は何度もあった。話題性を集めたい人間ってのはいつの時代もいるもんだ。

 だが、今回ばかりは本当らしい。今年を最後に“この世界”が終わるのだと、みんなが信じた。信じざるを得ない理由があった。



 俺達一人一人のところへ……いわゆる“天の使い”が、世界の終わりを直接告げてきたのだ。


 “この世界”を管理してきた“天使”から直々に告げられたとあれば、それは揺るぎない事実なのだと誰もが理解できた。嘘や酔狂なんかじゃない、公式発表ってやつだ。


 世界最後の日まで半年の猶予があったのは、彼らなりの配慮だろう。明日、あるいは一週間後と言われればパニックになるのは火を見るより明らかだからな。



 おかげで誰もが思い思いの最期の刻を過ごした。


 やり残したことに挑戦する者、懸命に貯めたお金を使い切る者、普段通りいつもの日常を過ごす者……


 だが人間ってやつは……6ヶ月後と言われれば『な~んだ、まだまだ時間あんじゃん』と思い込んでしまうのがサガってやつだ。

 俺はこの半年間、なに一つ大したことはできなかった。やりたいこともやるべきことも山ほどあったのに、ただただ無為に時間だけを浪費してしまった。



 そして……今日は12月31日……“世界最後の日”。



 ・

 ・

 ・


「はぁ~~~……」


 俺は一人、大都会の片隅にあるバーのカウンターで、投げ捨てられた空き缶のように寂しく呑んでいた。


 時刻は23時30分を回った。全てが終わるまで半時間を切っている。


 今までイヤなこともたくさんあったし、もういっそ全部終わっちまえって思うことも多々あったけど、本当に終わるとなると悲しくもなるものだ。

 人間は、失って初めて大切なものに気付くとよく言うが、ありゃホントだな。


 店内には俺の他にもしんみりと呑んでいる客が散見される。どいつもこいつもしみったれたツラだ。 

 いや、しみったれてるのは俺も同じ。頭の中には後悔しかない。自分の無計画さに腹が立つくらいだ。


 クソ、俺は半年間……いや、今までずっと、一体何をやっていたんだ……何かを成し遂げたわけでもなく、意味のあることもやっちゃいない。


 俺は人生を無駄にした。一度しかない人生を……出来ることなら時間を巻き戻して全てやりなおしたい。


 そんな誰もが一度は考えるであろう願望を頭の中で浮かべていた。その時――



「隣、いいですか」


 スーツ姿の見知らぬ男が声をかけてきた。


 物腰の柔らかそうな男だが、どこか不思議な雰囲気を纏っている。

 俺達とは“見てる景色が違う”ような佇まいというか、よくわからないが何か違和感を感じた。


 俺が小さく頷くと、男は隣のカウンター席に腰かけた。


「いやぁ、いよいよ終わっちゃいますね」


 男が雑談を持ちかけてくる。

 正直、普段ならカワイコちゃんでもない限り見知らぬヤツの相手をすることはないんだが、ちょうど寂しいと思っていたところだったので乗ってやることにした。


「はあ、そうッスね」


 あかん、俺コミュニケーション下手だった。

 『カワイコちゃんでもなければ相手をすることはない』なんてのはただのポーズ。ホントは見知らぬ人とのやりとりが苦手なだけなのだ。


 男は俺のそっけない返しに爽やかな笑顔で応えてくれた。

 己のコミュ症っぷりを誤魔化すように俺はグラスを傾ける。


 すると男はキョロキョロと周囲を見回してから、ゆっくりとこちらに顔を近づけてきた。

 俺は警戒したが、男が小さく手招きしたので、疑心を抱きながらも耳を寄せた。


「きっと信じないでしょうけど、実は私、“天の使い”なんですよ」


「はあ?」


 俺は耳を疑った。

 彼はどー見てもフツーの一般人の男だ。自分はテンシだなんて、世界のクライマックスにそんなウソをついたところで何が楽しいのだろう。


「あのなあ、ミョーな宗教勧誘しようってんなら政治家に当たったほうがいいぜ」


「あ、そういうのじゃないんです」


 男が俺のジョークを真顔で返すと、自分が“天使”であるという証拠を示した。


 彼の頭の上に“印”が現れたのだ。


 それを見れば誰もが彼を“天使”だと認識する、公式マークのようなものだ。

 そんなものを見せられては疑いようがない。俺の疑心は雲の切れ間に太陽の陽が注がれるように晴れた。


「うわ……マジか。アンタ、ホントに“天使”なんだな」


「こう見えて実は私、“この世界”が作られた当初から関わっていたんですよ。最近は管理職に就いてました」


「そりゃ重役じゃないッスか。けど“天使”がなんだってこんなトコに? 安い酒としょーもないツマミしかない店なのに」


「せっかくなので最期の刻は“こっち”に居ようと思いましてね。我々も悲しいんですよ、“この世界”が終わるのは」


「悲しいって……『はい、今年いっぱいで終わりですよー』って言い出したのはアンタ逹でしょ。ここの住人として言わせてもらうスけど、もっと先延ばしにしてくれないスか? 2000年くらい延長してくれたらありがたいんスけど」


「そうしたいのはやまやまですが、“上”からのお達しでして。我々も仕事ですからね」


「そんな事務的な言い方やめろよ……大体、なんだって終わらせちまうんスか。俺達なんか悪いことした?」


「そりゃもうたっくさんありますよ。両手の指じゃ足りないくらい」


「えっ、そんなに?」


「あなた逹は互いに争ってばかりじゃないですか。肌の色が違うだとか、考え方が違うだとか、推しが被っただとか、くだらない理由で憎しみ合ってばかり。私達は傷つけ合う場所を提供するために“この世界”を作ったんじゃないんですよ」


「……反論できないのが悲しい」


「他人を見下すことでしか優越感を得られない人が年々増えているのも問題です。発言の揚げ足を取って屁理屈こねて論破した気になるとか、睡眠時間が短い自慢などというわけのわからないマウントの取り方をする人もいます。なんで三時間睡眠が偉いことになるんですか」


「それアンタの個人的な意見だよね?」


「私達は美しく楽しい世界にしようと思って“この世界”を作り、必死に管理運営してきました。それなのにあなた逹は他人を見下し、傷つけ、憎しみ合う世界に変えてしまった。そんな醜悪な世界なんていっそ無くなった方がいいというのが“上”の判断なのです」


「……で、でもこんな世界でもいい所はいっぱいあるだろうよ。全部が全部サイテーなんてこたないって」


「たとえば?」


「へ」


「“この世界”のいい所」


「……えと…………ネットの回線が速い」


「こりゃ半年前にすぐ終わらせるべきでしたね」


「ま、待てよ! 待てって。たしかにここにはサイテーな野郎がウジャウジャいる。転売屋やモンスタークレーマーなんかは法で許されるならシバキ回したい」


「気持ちはわかります」


「煽り運転するクズや絵画にペンキぶっかけるワケわかんねー連中、映画の上映中にスマホ点けるアホ……クソ、挙げ出したらキリがねえ」


「あれ、もしかしてもっと早く終わらせとけよって話ですか?」


「……現実はクソだ……でも……“この世界”にはいいヤツだってちゃんといる。面白いヤツもいっぱいいるし、他人の為に自分を犠牲にできるやつもいる」


「……」


「一部の最低な人間だけを見て、いい人間も全て否定するようなことはしないでくれ。俺も昔は他人を見下してたけど、色んなヤツと出会って思い直したんだ。まだまだ人間捨てたもんじゃねーってさ」


「……そうですね。あなたの言う通りです……失礼なことを言ってしまって申し訳ありません」


「あっ、じゃあ世界を終わらせるってのも考え直して――」


「それは無理です。“上”の決定は絶対。私のような下っ端に覆せるようなことではないので」


「がっ…………じゃあ、アンタはこの後どーすんだ?」


「はい?」


「“この世界”が終わった後、また“新しい世界”を作るのか?」


「そうですね……新規プロジェクトがあるならば参加するかもしれませんね。給料と待遇次第ですが」


「俗っぽい」


「ですが正直、転職も考えています。世界の管理運営って想像以上に大変なんですよ。勤務時間は長いし、月の休みは五日しかないし、そのくせ給料は安いし……」


「やめてそんな夢のない話」


「ボーナスだってスズメの涙。めんどくさい飲み会だけは多くて、家に帰っても風呂入って寝て起きたらすぐ出勤。睡眠時間4時間が一ヶ月続いたんですよ。どう思います? 4時間ですよどう思います?」


「さっき睡眠時間自慢するヤツ批判してなかった?」


「それだけ苦労して、みなさんが少しでも暮らしやすいように色々調整しているのに、やれ『昔の方が良かった』だの『あの頃は輝いていた』だの、文句ばかりで……こちらとしてもやってられませんよ」


「うん……なんかごめん」


「さんざ文句言ってたくせに、いざ終わりですって言うと『終わってほしくない』だとかのたまって、人間ってホント勝手ですよね。むしろ私としてはせいせいするくらいですよ」


「キミほんとは天使じゃなくて悪魔なの?」


「汗水流して作り上げた“この世界”が終わるのは私も悲しい。けど我々の苦労も報われずワガママばっかり言われるのなら、いっそ全部無くなった方がお互いのためなのかもしれない……そう思う自分もいるんです」


「わかるよ。リアルな話、俺も仕事でうまくいってないからな」


「苦労してるのはお互い様のようですね」


「……いや、お互い様なんかじゃない。あんたは“この世界”を作ったっていう実績があるが、俺は……俺にはなんにもないんだ」


「え?」


「あんたが“この世界”の為に懸命に働いてくれてた間も、俺は毎日毎日ダラダラしてばかりで、有意義なことはなんにもしてなかった……情けないよな」


「……」


「人に誇れるようなことは何一つない。やりたいことや叶えたい夢もあった……結婚相手を見つけるとか、世界の果てまで冒険するとか、悪墜ちした親友を涙ながらに刺し殺すとか、俺の生き様を映画化して印税生活……」


「まあどれも不可能とは言いませんが」


「あんなに時間があったのに、一つとして成し遂げられなかった。俺の人生に意味なんて無かったんだって思うと……」


「……」


「この最後の6ヶ月も、結局ぐだぐだしてる間にあっという間に過ぎちまって…………クソッ……空っぽだったんだ……俺の人生は……」


「……では、あちらの男性を見てください」


「……? カウンターの端で大酒くらってる奴か?」


「あの方は博打打ちで、今までかなりの大金をギャンブルに溶かしました。ほとんど思うような結果が出ず、一般的に言えば『お金を無駄にした』ということになります」


「アンタそんなこともわかんの?」


「“天使”ですので“この世界”の住人の個人情報なんて見ようと思えばいくらでも」


「それ言ったらアカンやつちゃうん」


「彼は大金を消費してしまいましたが、私は彼のことを“幸福”だと思っています。何故だと思いますか?」


「経済を回したから?」


「彼はお金で“楽しみ”を買ったのです。望んだ結果が出なかったものの、博打にお金を払った時はワクワクしていたハズです。勝てるかも、負けるかも、どっちが出るだろうという楽しみを買ったのです」


「楽しみを買った……?」


「ええ、心の栄養素を買った、というところですかね。私は彼の行動を、無駄だったとは思いません」


「……つまり、俺も水着ピックアップガチャに50万つぎ込んで狙ったヤツでなかったけど、ワクワクする気持ちを買ったって思えばいいんだな」


「そういうことです。窓際でお酒を飲んでいるあちらの方を見てください。彼は“この世界”で出会った女性と結婚しましたが、5年後に離婚しました。結局、世界の終わりを独りで迎えることになるのですが、彼の結婚生活は無駄だったと思いますか?」


「さあ……結婚は人生の墓場だって言うけど、俺にはわからん」


「決して無駄ではありません。愛する人と出会った瞬間、恋を育む瞬間、結ばれた瞬間……それらはそれぞれ、彼に“幸せ”をもたらしました。その時その瞬間、彼は間違い無く幸福だったのです」


「……つまり?」


「形に残るものが人生の全てではありません。あなたは“この世界”で、楽しかったことはありましたか? どんな些細なことでもいい。面白いと感じたこと、感動したことはありますか?」


「ああ、色々あったさ。外国の子供がクリスマスにニンテンドーのゲーム機プレゼントされて喜ぶ動画見てスゲー笑ったし、相互フォロワーに教えてもらった『三十四丁目の奇蹟』ってクリスマス映画を観た時はすげー感動したもんさ。気をゆるせる連中とつるんで難関クエスト攻略した時なんてサイコーの気分だったよ」


「それですよ。アニメや漫画、映画でもなんでもいい。あなた自身が楽しいと感じる瞬間が、心震える瞬間が、人生を生きる意味なんですよ。決して無駄なんかじゃない。その“一瞬”が価値ある時間なんです。夜空に輝く星と同じように」


「……」


「時間とは今、この瞬間しか存在していません。瞬きをする間に“今”は“過去”になる。だから“未来”が“今”になった時、“過去”を思い返して『あの時は楽しかった』と思えるように、“今”を楽しく生きることが大事なんですよ」


「……天使だけあってお説教が小難しいな」


「そんなつもりでは」


「だけど……まあ、アンタの言う通りだよな。今を精一杯生きなきゃってよく言うもんな。うさんくさいサロンの講義で言ってそうなありふれた話だけど」


「ひどいいわれよう」


「……ありがとな。“この世界”を作ってくれて」


「こちらこそ、ありがとうございます。“この世界”を楽しんでくれて」



 ――気付けば、時計の針は23時57分を指し示していた。


 “この世界”が終わるまで、残り3分。


 この“天使”のおかげで、俺は一人寂しく呑まずに済んだってわけだ。

 まさかこんな時に人生哲学を聞かされるとは思いもしなかったが。


「……そろそろですね」


 “天使”の男が寂しそうに呟く。なんだかんだ言っても、ずっと見守ってきた世界が終わるのは感慨深いんだろう。

 周りを見渡すと、しんみり飲んでた連中も悲壮感を纏って塞ぎ込んでいた。



 ……いや、このまま終わるのはよくない。


 この男に教えられたところだ。“今”を目一杯楽しむのが人生の意味だって。


 俺はイスから立ち上がり、店内のしみったれた連中全員に大声で言ってやった。


「おいみんな! なにをショボくれた顔してんだ! 最後は盛大にパーッとやろうぜ!」


 突然煽られ、店内の客達は困惑した様子だった。


 「あぁ……?」


   「何言ってんだアイツ……」


  「パーっとやろうったって……」


「よーし! 今夜は俺のオゴリだ! みんな飲め飲め! 笑ってフィナーレとしゃれこもうや!」


 オゴリの一言に、飲んだくれどもは一気に食いついた。


 「……! おおーっ! マジかよ!」


   「ちょうどシケてたトコだ。助かるぜ!」


  「最後だからってヤケになったか! ハハハ!」


 店内の空気がガラっと変わり、陰鬱な空気が途端に吹き飛んだ。


「あ、でも一杯だけだぞ! マスター、『アースウィンド&ファイヤー』の【セプテンバー】をかけてくれよ」


 バーのマスターは頷くと、店内BGMを陽気なリズムに切り替えた。


「よーっしゃ! お前らー! 最後の瞬間まで騒ぐぞー! 飲めや歌えや笑って騒げーーー!」


 「「「おおーーーっ!」」」


 飲んべえどもがグラスを掲げ、一気に飲み干す。

 明るい歌の影響もあってか、さっきまでの暗い雰囲気が嘘のように、誰も彼もが大口開けて笑いだした。


 俺は音楽に合わせて身体を揺らし、踊れもしないのに踊り出す。

 周りの連中もつられてリズムに乗り、店内はまるで土曜の夜のパーティーのような賑やかさに包まれた。


 “天使”の男が俺に尋ねる。


「急にハシャぎだしてどうしたんですか。ホントにヤケッパチになっちゃったんですか」


「アンタの言った通り、“今”を楽しむんだよ。残された時間を目一杯な。どうせなら、なんにもしないバカより、踊るバカになろうぜ」


 一瞬、ポカンとした表情を浮かべてから、“天使”の男は呆れたように笑った。


「……ふふっ、まったく、影響されやすい人だ」


 俺は“天使”の男に手を差し伸べて言った。



「さ、一緒にバカやろうぜ。人生は踊らなきゃな!」


「ええ、ではかつて一世を風靡した私の十八番のゴーゴーダンスをお見せしましょう」



 ・

 ・

 ・


 ――……いつぶりだろう、あれほど笑ったのは。


 どれほどぶりだろう、あんなに楽しかったのは。


 “この世界”が終わるまで、俺逹はバカみたいにハシャいで踊った。


 ただひたすら、“今”を楽しんだ。


 どいつもこいつも、呑んで笑って、歌って踊って……



 そしていつしか――世界は24時を迎えた。



 ジワジワとではなく、まるでテレビの電源を切るかのように一瞬で全てが消え去った。


 ああ……終わってしまった。


 かれこれ15年か……随分長く息が続いた方だよな。俺もよく毎日飽きずにやり続けたもんだよ。


 手元には何も残っていない。メダルもトロフィーもなんにもありゃしない。


 だけど、楽しかった。それだけで十分だ。


 『ゲームなんて時間の無駄』だとよく言われるけど、あの“天使”が言ってたように楽しい時間を買ったんだと思えば気が楽だ。


 “この世界”で俺が過ごした時間を、意味の無いむなしいものだなんて誰にも言わせたりはしない。


 俺が楽しいって思ったんだから、それでいいんだよ。



 さて……これからどうしたもんかな。


 俺の人生はいつ終わるかわからない。何十年か後に寿命を迎えるかもしれないし、明日にでも事故で唐突に終わるかもしれない。まあ、地球が滅亡する方が先かもしれないし。


 だったら目一杯“今”を楽しまなきゃもったいないよな。



 そんじゃ、明日からまた毎日没頭できるような新しい“セカイ”を探すとするか。


 今度の“セカイ”では、あんまり課金しすぎないように気をつけよう。

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