最終話・それぞれのいのち
標は、森の見える小高い丘に石を建て拝んでいる。その後ろから、散花が声をかけた。
「誰の墓だい」
「私を殺して、救ってくれた人」
標は、名前も掘られていない墓を見つめながら答える。散花は、からからと笑う。
「あんな奴、標ちゃんが弔わなくても」
「そうしたら、散花が弔った?」
振り向きざまに言われた散花は苦笑する。標に自分の心底を見抜かればつが悪そうに頭を掻く。
『御魂の村』での事が落着した時、皆は同じ場所に居た。意識が無かったにもかかわらず、弥生と凪の戦い、そして命の舞までの記憶が全てあった。村で使えたはずの力は使えなくなっていて、弥生が最期のいのちを使った願いで皆が生き返ったのだと全員が理解していた。二度の死の後に授かった、生。散花も、自分の生き方を探す事を選んだ。
「標ちゃんは、これから…」
「散花ぁぁぁぁ」
物静かとはかけ離れた石割が、叫びながら丘に走りこんでくる。その動きは力で封じられていないことを示すように軽快で、あのぎこちない動きはしていなかった。
「おう、散花。こんなところに居たのか。探したぜ」
「なんだい、石割。相変わらず騒々しいね」
石割は、散花の手を握ると、そのまま抱き寄せた。
「言ったろ。戦いが終わったらお前を貰うって。だからよ…俺と」
「お邪魔だったかな?」
まさに石割が告白する、その時に耳無は木の陰から声をかける。機会を逸した石割は、憤慨したように耳無に訴える。
「分かってるなら、静かにしていてくれないか。俺は今、大事な話の」
「相変わらず騒々しい連中だ」
言葉の最中、仏頂面の凪が姿を現した。皆に緊張が走る。
「お前、どの面下げてここに来た」
今にも殴りかかりそうな石割を正面に見据えると、凪は一瞥をくれた。
「墓参りだ。静かにしていろ」
それだけ言うと、弥生の墓の前に座っている標の隣に座り、静かに手を合わせる。凪の行動に目を丸くする面々。そして、立ち上がるとそのまま立ち去ろうとする凪に、散花が声をかけた。
「どういう風の吹き回しだい。自分を殺した相手の墓を参るなんてさ」
「…どうでもよくなったんだよ。人様の言葉に踊らされていることを、こいつが教えてくれた。…もう会わないが、礼くらい言っておこうと思ってな」
凪は、そのまま立ち去ろうと歩みを進める。そこにマチ…葵が正面から歩いて来ると足を止めた。胸に、柊と同じ巾着が下がっていたからだった。葵を見つめる凪。不思議そうな目で凪を見つめ返す葵。
「葵、こんなところに」
凪と葵が見つめ合っている最中、柊が追いかけてくる。凪に気付くと、二人の間に入り、葵を庇う。凪が、無表情のまま葵に尋ねた。
「お名前は」
「…葵と申します」
凪は頷くと葵に向かって深々と頭を下げた。
「葵さん。柊と幸せになってください」
「…もちろん」
凪の言葉に、柊は大粒の涙をこぼしながら、ひざまずいた。自分の腰に差していた刀を引き抜くと、凪に捧げ持つ。
「あなたにお仕え出来て、幸せでございました」
凪は差し出された刀を掴みとると、自分の刀を柊に渡す。
「お前の刀は共として持って行ってやる。最後の仕事だ。葵さんを守れ。良いな」
「承知いたしました」
柊は凪から受け取った刀を腰に差した。葵は、凪に何度も頭を下げ、涙をこぼす。そして二人は、手をつなぐと、まっすぐ歩いていく。二人の後姿を、見えなくなるまで凪は見つめていた。
そして頬を少し朱に染め、立ち去ろうとする凪に、標が声をかけた。
「またね」
凪は振り返り、標に柔らかい笑顔を向けると無言のまま立ち去った。
呆然と眺めていた耳無は、標に「怖くなかったか」と尋ねたが、標は首を横に振った。
「本当の凪だったから」
「そうかい。それじゃ、あたしも行くかね」
立ち去ろうとする耳無に石割が声をかける。
「おい、どこに行くんだよ」
「親友を探しに。賭けはまだ続くみたいだからね。楽しかったよ」
それだけ言うと、飄々と去っていく耳無。
親友が命を指す事は、ここの誰も知らない。
神通力を持つ女を都で話し、村を襲うきっかけを作った自分。
村に居る時、命は自分の前にはついぞ姿を現すことはなかった。
だが生きた、生き残ってしまった。
それならば賭けは続く。
命に会う、謝って許してもらえるかどうかの賭け事が。
「そうさな、一発勝負と決まっているわけでもないからね」
「散花ぁ…」
耳無の後姿を眺めていた散花に泣きつくような石割の声。先ほどから、告白しようとするたびに邪魔が入っているのだ。それでも懲りずに想いを伝えようとする石割を少しからかってみる事にした散花。
「みんな行ったし、あたしも行くかね」
「散花ぁぁぁ…」
案の定、涙声で大声を上げる石割。いたずらはここまでにしてあげよう。
「あやめ」
「へ?」
「あたしの本名。…散らさないでくれるんだろ?」
男を転がすためではない、本当の笑顔を向けるあやめ。石割は、無言で何度もうなずくと、勢い余ってそのままあやめを抱きかかえる。
「さん…あやめ!お前は今日から俺の嫁だ!」
石割の言葉にまんざらでもない様子のあやめ。何度手の内で転がしても、怒る事もなく食い下がる石割をいつの間にか好いていると以前標に話していたあやめは、石割に抱えられたまま、その場を去った。
弥生の墓の前に一人残された。
彼に伝えたいことはたくさんあった。恨んでない事も。罪なんてない事も。何もかも自分で決めて、一人で背負って逝った文句も。何一つ伝えられないのだ。
「…せめて、お礼くらい言わせてほしかった」
「誰に、礼したいって?」
あの声が耳に届いたとき、幻聴だと思った。破裂しそうになるくらい早鐘になる胸を押さえながら、振り向くと、そこには、木にもたれかかりながら笑う弥生が立っていた。
「まさか、俺が殺した人間に、俺自身が含まれると思ってなかったよ。それで餓鬼。さっきの続きは?」
明らかに全部分かっているにも関わらず、再び訪ねてくる弥生。その表情は先ほどよりも、にやけていた。
目に涙を溜めながら、その小さな身体から出たとは思えないほどの大声で怒鳴りつける。
「馬鹿じゃないの!」
「…はい?」
「せっかく助けたのに、自分から死んで、あなたは馬鹿じゃないの?」
「いのちの恩人に、なんて口のきき方…」
「恩人?あなたを助けるために二回も殺されたのよ。あんなに痛い思いを二回もさせて…。全部、あなたのせいでしょ?」
まるで、駄々をこねるように喚きながら、弥生の胸で泣きじゃくる。弥生は自分を抱きかかえながらいっそ豪快な笑い声をあげている。
「何がおかしいの」
「そんな顔もできるんじゃないか。やっと、子どもらしい顔が見れた」
弥生の言葉に、みるみる顔が熱くなる。顔を背けるも、掴んでいる弥生の着物は放さない。
この人にもう一度会えたら言いたいことはたくさんあった。
でも。
今一番言いたい言葉は。
「…くたばれ」
弥生が吹き出したことがわかる。何がそんなにおかしいのか。
せめてもの仕返しに着物で洟をかんでやる。
…たぶん、自分が洗濯することになるのはわかっていた。
鈴が鳴り響く。
音の先には白い着物の女。
標と弥生を見つめるその顔は。
とても、柔らかく微笑んでいた。
御魂の森 長峰永地 @nagamine-eichi
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