第6話


 仁がゆっくりと階段を上っていく様子を、蛇は静かに見つめていた。


 ”クックック、そんな戸惑った顔をしないでほしいね。君にも似たようなことはできるのだから”


 「は?」


 仁が困惑から足を止めると、まるで距離を取るかのように蛇は細長い体をくねらせて器用に階段を上り始めた。


 「な、なあ。それは一体どういうことなんだ? あんたは、あの、あいつの仲間なのか?」


 ”あいつ呼びは感心しないな。彼はまだ若輩だが、それでも高い地位にいる”


 「地位?」


 ”いいから着いてきたまえ。私はどうも、何かを説明するのが苦手でね。彼がすべて話してくれるよ”


 「…」


 話しかけた分だけ新たな疑問が湧いてくる蛇の返答に、仁はため息をつきたい衝動に駆られた。


 代わりに軽く肩をすくめながらも、仁は蛇の跡を追って埃に塗れた階段を上って行った。



















◆◆◆


 


















 ”ここだ。入り給え”


 蛇が止まったのは、5階にある部屋だった。茶色い扉はやはり錆びついていたが、ドアノブの部分だけが真っ黒に錆びついていた。


 バリケードについていた扉のように。


 仁がいよいよだと緊張していると、蛇は扉の郵便受けからスルスルと中に入っていってしまった。


 「…ふう、」


 仁が意を決して錆びついたドアノブを握り、扉を開けるとそこには5人のレプティリアンたちがいた。


 全員が好奇心に満ちた視線を仁に向けている。


 小柄な体を持つベールはリビングの隅の方で膝を抱えており、その傍らには黒ずんだ鱗を持つアルバが、腕を組んで目をつぶっていた。


 リビングの中央にはひときわガタイのいいレプティリアンが片膝を立てて座っており、その傍らには女性なのか艶めかしく光る見事な鱗を持った細身のレプティリアンが足を緩く交差させて座っていた。 


 ”やあ、久しぶり”


 「…どうも」


 5人目である黒いスーツを着こなしたレプティリアン。ルネは玄関近くの壁に背を預けており、仁に声をかけた。


 ルネの後に続いて部屋の中にまで入っていくと、先ほどまでしゃべっていた蛇がアルバの足元でとぐろを巻いているのに仁は気が付いた。


 ”まあ、そこらに座ってくれ。清潔、とはいいがたいがある程度の掃除はしてある”


 ルネにうながされるままに仁は床に座り込んだ。


 (やっぱり、妙な感じだな)


 自分とは決定的に違う容姿を持つ、レプティリアンたちに仁が抱く奇妙な親近感。それは、入院していた時よりも強くなっているようだった。


 ”さて、君には約束をしていたな。ここまで来てくれたら、君の体のことを話すと”


 部屋に入った時からひと時もズラされないルネ以外の視線を少しだけ窮屈に感じている仁の目の前に座ったルネは、そう言った。


 ”だが、その前にこのままでは聞き取りにくいだろうから、ある処方をさせてもらう”


 「処方?」


 確かに頭の中で言語に変換されるものの、鳴き声のような音はお世辞にも聞き取りやすいとはいえない。


 しかし、それを解決する処方とはなんなのだろうか。


 ”アルバ翁、頼みます”


 そう言うと、ルネはアルバに目を向けた。すると、アルバは閉じていた目を開き、その爛々と光る瞳を仁に向けた。


 仁も、ルネにつられてアルバの方を見てしまった。


 アルバの瞳と目が合ったその瞬間、仁は猛烈な浮遊感に襲われた。

 

 「なっ⁉ これはなんn、」


 浮遊感は一瞬で消え去り、代わりに視界が虹色に染まり、グニャリと曲がった。


 ”ほう、やはり君は同族なのだな。簡単に侵入できた”


 思わずその場でうずくまり、頭を抱えた仁にアルバの声が聞こえてくる。


 声は、頭の中で直接響いている。


 「な、なにを言って、」

 

 ”これが私の進化なんだ。同族もしくは同族に近い種族に憑依し、記憶を覗き、そして”


 (進化? 憑依? いきなり何を言い出すんだ、こいつはっ)


 ”我らが血脈を、目覚めさせる”


 ドクン!!


 仁の心臓が、跳ねた。


 気が付けば、暖かいはずの血液が冷え切っている。


 ドクン!!


 冷たい血が、心臓から体中に駆け巡っていく。


 ドクン!!


 巡った冷たい血が、まるで皮膚を覆っていくような感覚を仁は感じていた。


 体の内側から、メキメキと嫌な音が聞こえてくる。


 「…っくう、はああああ! う、おええ 気持ちわる!」


 時間にすれば、苦しんでいたのは10秒もなかっただろう。しかし、仁には恐ろしく長く感じた10秒だった。


 荒い呼吸を繰り返していると、ルネから少し呆れを含んだ声がかけられた。


 「第一声がそれかい? 生まれ変わったにしてはひどいものだね」


 「さっきからあんたら何の話をしているんだ。さっぱり、わけが…、あれ?」


 (あいつの声がはっきり聞こえる。まるで人間の声みたいに)


 思わず、仁の手が耳に伸びた。


 相変わらず冷たい感じは全身に残っているものの、触った耳は普通に人間のそれと同じようだった。


 「どう、なって、」


 「まあ、混乱するのはわかるがとりあえず話を聞いてくれないか?」


 仁が顔を上げると、ルネが心配そうな顔をしているのが分かった。


 いつの間にか、爬虫類のようなルネの顔に浮かんだ表情を仁は感じ取れるようになっていたのだ。


 「…一から、ちゃんと説明してもらいたいね」


 


 


 















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コールドブラッド~レプティリアンになった元人間は、常識の向こう側を知った~ 春風落花 @gennbu

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