第10話 めでたし
「まらさま、虹子はまらさまを愛しています。そして、このお胎の子供も。これからもずっと一緒にいてくださいね」
虹子はそういってほほ笑んだ。
虹子の笑顔はいままでみたどの笑顔よりも輝いていた。
小生が何も言えずにいると、虹子は不思議そうな顔でこちらを覗き込む。
「まらさまも虹子にお話があるのですよね? いったい何のお話ですか」
純粋そうな二つの瞳がこちらをとらえる。
純粋でありながら、今までよりも強い母となる女のまなざしだった。
「いや……なんでもない」
言えるわけがない。
身ごもった女に自分と離れて幸せになれなど、言えるわけがない。
そんなことを言ってしまえば、小生がまるで虹子を捨てるみたいだ。
それでは虹子の幸せな人生ではなくなってしまう。
なにより、虹子のその表情は幸せそのものだった。
そう、幸せ。
虹子に最初に願わせたことだった。
小生の想像した幸せとは違ったけれど。
もしかしたら、今のこの状況が虹子にとって幸せなのかもしれない。
いや、そんなの小生にとって都合のいい妄想だろう。
人ならざるものの子を身ごもるなんて、虹子の人生から普通の幸せを奪ってしまったなんて。
「まらさま、浮かない顔をしてどうしたんですか」
「いや……虹子はいま幸せか?」
虹子はきょとんとした顔でこちらを見つめる。
「もちろん、幸せです。まらさまと出会って虹子の人生は変わったのですから」
そう言って虹子は小生を抱きしめて、言葉を続ける。
「虹子の人生はまらさまとであって変わったのです。何も誰も信じられなかった虹子がまらさまのおかげで信じることができるようになったのです。まらさまのおかげで虹子は幸せです。だから、ずっと、ずっとそばにおいてください」
気づくと虹子は涙を流していた。
「「あたたかい」」
虹子と小生の言葉が重なりあった。
虹子の涙に触れることができるのは小生だけ。
虹子の汗がしみ込んだ着物は他の者にとって毒になるとして一度着たものは燃やされてきた。
虹子の身体に触れられるのは小生だけだった。
幼い虹子の世話をするものはいても、その手をつなぎぬくもりを伝える人間はいなかった。
小生は虹子の涙も肌もすべてに触れられる。
だけど……虹子と手をつなぐことはかなわない。
人間の身体を持たないのだから。
そのことを虹子にとぎれとぎれ伝えた。
神であるはずなのに、十分な言葉が思い浮かばなかった。
カッコ悪い。
そういう問題じゃないのだけれど、このカッコ悪い自分がとてともなく情けなかった。
だけれど小生の気持ちを伝えた虹子は「何をそんなこと」と苦笑いした。
そして、小生に口づけをしてこう言った。
「虹子が愛するのはまらさまです。たとえ、手を繋げなくても。いつもそばにいて、わたしの祈りを聞きかなえてきてくださったのはあなた様です。だから、お願いです。私とずっと一緒にいてください。虹子と一緒にまらさまが幸せになってくれるのが、わたしの最初からの願いです。今度こそ、私の願いをちゃんと聞き入れてくださいね」
ああ、願いを聞き入れよう。
虹子を幸せにしよう。
小生は虹子とともにいていいんだ。
ずっとずっと、そばにいよう。
たとえ、その体が滅びたとしてもいつまでも。
虹子のそばで生きようではないか。
その姿形がどんなに変わったとしても虹子を見守り続けよう。
そう決意してからの日々はとても穏やかで幸せなものだった。
虹子は無事に子供を産んだ。
幸いなことに小生には全く似ておらず、人間の姿をしていた。
ただ、少々人間離れした特性ももっていたが。
小生と虹子そして、子供たちは人里離れた場所でひっそりと幸せにくらした。
子供が生まれるたびに小生の力は強くなっていった。
子供が小生という存在を認識すれば、それが信仰と同じ力となり小生を強くした。
そして、その力で虹子と子供たちを守った。
気が付くと小生はこの世界に意識をもったときよりもずっとずっと強い力を持っていた。
そして、ひっそりと暮らすそばで支えてくれる人々の願いもささやかながら叶えるようになった。
それが評判になり多くの人が小生を訪ねるようになった。
力は強大なものになっていく。
虹子と子供たち、そして小生を頼る人々。
みんなが幸せになれるように、小生は願いをかなえ続けた。
みんな、みんな幸せに暮らし続けましたとさ。
めでたし、めでたし。
そんな風に小生の人生も終わるかと思っていた。
――亀頭転生 了 ――
奇塔転生 華川とうふ @hayakawa5
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