第4話
友人との会話のあとも優輝と出かける回数は減るどころか増えて言ったように思う。
優輝と会う度に、友人の「好き」を考えてしまい、優輝と一緒にいて楽しいはずなのに、ぼうっとすることが増えていた。
優輝はそれに気がついているのかどうか分からないが、いつものように優しいままだった。
そんなある日、優輝に夜のドライブに誘われた。鈴はまだ免許を取っていなかったので運転はできなかったため、優輝の車に乗せてもらって街中を走った。
まだまだ夜はこれからだからか通りは仕事帰りの人や学校帰りの人で賑わっていた。お店の光がキラキラと反射して、まるで昼間のように明るかった。外に出れば聞こえるのであろう街の喧騒は、車の中までは届かなかった。
優輝との間に沈黙が落ちる。今までであれば、気まずさなんて感じなかったが、最近ずっと考えていた「好き」について思うと、途端にこの沈黙が耐えられなくなりそうだった。
「今日はどこに行くの?」
沈黙に耐えきれなくなった鈴は優輝に行き先を尋ねる。優輝はちらっと鈴の方を見たあとまた前方を見ながら、「海だよ。」と答えた。
「この時期だから、ちょっと寒いかも。」
夏が終わり冬が頭を見せ始めた今の季節では、確かに海は少し寒いかもしれない。しかし、久しぶりに海に行けると分かり鈴の気持ちは徐々に上を向いていった。
「海ね!いいと思う!寒さもきっと平気だよ。」
鈴はにっこりと笑って運転している優輝見る。
優輝とこうして一緒に出かけるのももう半年続いていた。当初はこんなに続くなんて思ってもなかったし、優輝とこんなに仲が良くなるなんて思ってもなかった。いつのまにか二人の間では敬語が外れ、アプリでのやり取りはもっと身近なメッセージアプリへと変わっていった。
二人の間で変わったことを挙げると数えきれないほどあるだろう。半年という時間は短いようで長く、そして鈴としてはとても濃い半年を過ごしたと言えるだろう。
いつかこの関係が変わってしまう日が来るのだと思うと、その未来に少しだけ尻込みしてしまう。
それでももう少しだけ、どうかこのままでと思う自分がなんだかずるい人間になったように感じた。
そんなことを考えているといつの間にか二人を乗せた車は沿岸沿いにたどり着いていた。
「着いたよ。…ちょっと歩こうか?」
優輝がシートベルトを外しながら鈴に提案する。鈴は何も考えず頷いた。
外に出ると海風が強く吹いており、短く切り揃えられた鈴の髪がぶわっと広がった。思わず手で髪の毛を押さえつけ、笑って優輝の方を見た。
優輝は鈴よりも髪の毛が長いから余計にぐちゃぐちゃになっていた。髪の毛が乱れたことが不快だったのか、眉を顰めてしかめ面をしている優輝を見ていたら、鈴はなんだか笑えてきてしまった。
隠れるように笑う鈴に気がついた優輝は困ったように眉を下げて、そして鈴と同じように笑った。
「こんなに風が強いなんて思わなかった。……寒くはない?」
優輝が鈴のそばに来て言う。海風は確かに冷たかったが、鈴は優輝の優しさに「大丈夫だよ。」と答える。
そして二人は砂浜に降りていきゆっくりと海辺を散歩した。
鈴はいつものように日常のなんてことないことを優輝に話して聞かせた。優輝も鈴の話を聞いて頷いたり、思ったことを口にしてくれた。
その時だった。
優輝が鈴の手を急に握ったのだ。
鈴は驚いて握られた手を見た後、顔を上げて優輝の顔を見る。優輝は鈴の方を見ておらず、少しだけ横を向いていた。
「あの、さ。」
優輝が何かを言おうとしている。
鈴は何を言うつもりかわからず、ただ、優輝の顔を見てることしかできなかった。
いや本当はわかっていたのかもしれない。ただ、わからないふりをしたいだけなのかもしれない。
「鈴ちゃんと、半年、いろんなことしてさ、いろんな鈴ちゃんの一面を知って、いっぱいいいところを知って……本当に…本当に、好きになりました。よかったら、俺と、付き合ってくれませんか?」
きゅっと少しだけ強く握られた手をなすがままにして、鈴はただ茫然と優輝を見つめた。
優輝もいつも間にか鈴の方を見ており、二人の視線が交わった。
その瞬間、鈴は優輝とのこれまでの思い出を一気に思い返した。どれほどの時間をかけたのか覚えていないが、それは一瞬のようでもあったし、長い時のようでもあった。
ただわかるのは、鈴が黙っている間もずっと優輝は鈴の目から視線をはずさなかったことだけだった。
友人が以前言っていたことをふと思い出した。
『恋は落ちるものじゃないわ。気がついたら好きだったなんてことはないのよ。いい、鈴。気がついた時にはその気持ちがすでに育まれてるからつい恋に落ちたように感じるだけなんだからね。恋の気持ちは、例えは悪いかもしれないけれど、知らない間に生い茂っていた草花のようなものなんだからね!』
鈴は、たしかに恋に落ちたと感じた。
しかし、その気持ちはずっと鈴の中にあったようにも思う。
鈴はその気持ちを自覚すると同時に顔を真っ赤にさせた。夜なのに月夜に照らされて鈴の真っ赤な顔は優輝にも見られてしまった。
しかし鈴にはそんなことを気にする余裕がなかった。
こんな気持ちがずっと自分の中にあったなんて信じられないような気持ちだった。
「鈴ちゃん?」
返事のない鈴を心配して優輝が背を屈めて顔を覗き込む。
鈴は真っ赤になった自分の顔を見られたくなくて、優輝に手を握られていることも忘れて両手で顔を隠した。
「あ。……あぅ………。」
言葉にならない声が口から漏れていく。
鈴は今、猛烈に恥ずかしかった。
なにが「好き」がわからないだ。本当は自分の中にずっとあったのに。
今ならあの日友人が言ったことがなんとなくわかる。たしかにこれでは優輝は生殺しだっただろう。
「返事、もらえない?」
それでも優輝は優しかった。首を少しだけ傾けて鈴を見ている。鈴は震える唇を叱咤して言葉を紡ぐ。
「こ、こちらこそ……よろしく、お願いします……。」
最後の方はほとんど波の音にかき消されてしまっていたが、優輝にはしっかり伝わったようだ。
その瞬間、優輝は嬉しそうに鈴のことを抱きしめた。鈴は顔を真っ赤にさせたまま思わず小さな悲鳴をあげた。
それは恋草のように 豆茶漬け* @nizu
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