第25話-誇り

 パチパチパチと乾いた音がした。

「ブラボー、エクセレント、最高。いやあ、いい幕引きだ」

 アルトアバレーの顔がロートの目の前に合った。

「は?」

 ロートは自分の体があるのを感じた。手や足、そういう触覚、何より声が発せた。

 何もない部屋だ。狭く白く自分は椅子に座っている。そして、プラスチックみたいな滑らかな体と足が目に入った。人型の人形のような体が自分のものらしいと目で判断する。

「悪いね、ロート君。ちょっとした確認だよ。鎌かけ、脅しともいう。つまりね、君らを試したわけだ。修正不可なのかそうでないのか。そして、これからも率いる気力があるのか。見事合格だよ。絶望を乗り越えるなんて、感動の嵐だ」

「は?」

「まったくボケちまったのか? まあ、いい。この声を聞けばわかるだろ」

「隊長!」

 三人の声だった。

 一瞬聞こえたが、すぐ消されてしまう。

「待て。あれはフェイクだったのか?」

「あれ、とは?」

「彼女たちへの、拷、問だ」

 喉が絞まる。思い出すだけで体が震える。機械の体なのに、動揺を隠せない。

「ああ、あれね。嘘なわけないだろ」

 アルトアバレーは綺麗に唇を三日月に割った。

「何でそんなことをする。当然行ったさ。部品の耐久実験ぐらい」

 ロートは怒りを体に巡らせようとしたが動けなかった。まだ彼女の手のひらだ。

「当たり前だろう。だが、それを彼女たちは乗り越えたんだ。説明は任せた。嚙まれちゃ困る」

 壁から扉が出現し、開いた。

 そこから三人が飛び込んでくる。紛れもなくあの三人だった。

「隊長」

 そして、三人は椅子に座っているロートに抱き付いた。

 彼女らは涙を流していて、その顔はロートが見ていた映像の彼女らとは別人だった。ロートと共に過ごしていた彼女らと変わりないように見える。

 けれど、アルトアバレーはあの映像は事実だと言った。だったら、何故?

「お忘れですか。『弱ささえ、武器となるのだ』です」

 オウカの言葉にウォルが補足する。

「折れたと思わせたということです。幸い、私たちはこういう目には慣れていたので」

「で、じっとチャンスを窺ったの。私は待っているだけだったけど、ウォルとオウカがね」

「いや、ティス。ほとんどオウカの手柄だ。彼女が三十九期五十七訓練小隊を掌握したんだよ。それで隔離されていた私たちを引き合わせた」

「そんなリテッソちゃんを入り口に少しだけですよ。偶然、彼女と同じ組にいたから。あの子と一緒に一人一人、三人で仲良くなっただけ」

 詳しくはわからないが、オウカがリテッソの調教、ではなく友情を利用してティスとウォルと合流したらしい。

 そして、小隊を掌握し、アルトアバレーと交渉したのだ。過程も謎だらけだが、今のロートには無視できぬ問題がある。

「どうして私を?」

 既に彼女らはロートが偽の将校であると知っているはずだ。拷問の時などに、拷問官は散々ロートをこき下ろしていた。

「今更ね。『仲間というのは出来ない事を補い合うため』そう言ったのも隊長でしょう。何より、隊長は私たちに誇りをくれた。だから、ここにいる。それで十分じゃない」

 ティスが鼻で笑った。

 全て知ってなお、彼女らは誇りを捨てないでいた。

 とっくにロートが後悔して捨てたものを胸に抱き、戦い続けていた。

 希望を捨てなければ。そんなものは綺麗ごとだ。ロートはそう思い知らされた。

 でも、彼女らがここに在る。希望を胸に抱き、咲き誇ってみせた。

「そうだな」

 だったら、立たないと。

 嘘をついたからには貫かないと。

「感動の対面はもういいだろ。残りは後で存分にやってくれ」

 アルトアバレーがまた現れた。

「またね、隊長」

 ティスがそう言うと、三人は大人しく引き下がった。

 彼女たちが完全にいなくなってから、ロートは口を開く。

「これもあんたの筋書きだろ。でないと、ボクを残しておく意味がないし、オウカたちの動きを放っておくとは思えない」

「中らずと雖も遠からずだ。筋書きではない。一つの選択肢として残しておいただけだ。本当に彼女たちが折れなければ、とね」

 アルトアバレーはニヤニヤと笑って答えた。

「キャラが変わってないか?」

「こっちが素だよ。今の軍はつまらなくてね。個人的には君みたいなやつを見ている方が熱くなるというわけさ。だから便乗しようと思って根回ししてね」

「根回し」

「そう、君の教育プランの有用性を訴えたんだ。ここまで三人を変えたんだ。君は十分な結果も示したし、お試しってことなら特例の形でも運用できるってわけ。最後のダメ押しに君の耐性と隊員の愛着も見せつけたからね。説得は出来た。これからの軍に必要か実験ってことさ。まだ彼女たちの隊長を引き受けてくれるかな?」

 アルトアバレーは本気で三人を折ろうとした。それでも折れなければ、とロートを残した。

 彼女は笑っているが、判断はシビアだ。同情などではなく、有用かどうかを試してきた。

「ボクの好きなように?」

「ああ。ただし、今度は三人のではなく三十九期五十七訓練小隊を率いてもらう。事情を知るのは、ウォル、ティス、オウカの三人だけだ。他はポンコツ部隊を磨き上げた歴戦の隊長と伝えてある。だが、大丈夫だろう。なんたって君は彼女らの隊長なんだろ?」

 ロートは立ち上がり、アルトアバレーの手を握る。

 船から機械に。されどやる事は変わらない。これからも嘘を、偽りの将校を演じ続ける。

 彼女らの誇りに負けぬように。



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嘘つき隊長とポンコツ部隊 真杉圭 @kei9e

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