第24話-幕引き

 模擬戦終了の最後の一時間、ティスの提案でオウカ、ウォル、ロートの四人だけで集まることにした。ロートはお馴染みの掃除ロボットである。リテッソたちは既に船から降ろした。

 この場には酒もなければ、お菓子もない。

 格納庫から覗ける日の出だけだった。ヴィダーにはない太陽の日を見るというのは、ティス達には特別なことらしい。

 時間があれば、他の娯楽を教えるのも悪くないなとロートは考える。あれば、だが。

 四人は黙って外を眺めていたが、唐突にティスが言った。

「これで終わりね」

「そうだな」

「ウォル、それはこの模擬戦が、ということか?」

 ロートが尋ねると、オウカが首を横に振った。

「この小隊編成のことです。今度からは三小隊をまとめた中隊編成での模擬戦になります」

「もしかして、組み合わせは」

「バラバラです」

 ロートがあえて言わなかった言葉を、オウカは容赦なく口にした。

 これからも三人は一緒だと思っていたロートには衝撃的なことだったが、顔がないのでバレずに済む。

「そう言っても一緒になる可能性もありますよ」

 ウォルがフォローした。

 考えてみれば当り前だ。同じ軍団内での訓練なのだから、可能性はあるだろう。

「そうそう、隊長もね」

「私も?」

「当然。だって司令プログラムなんだから、これからも船を動かすと思うわよ」

「その前に話があると思います。今まで本当に稀ですが、記憶のある司令プログラムが冷静になり人権を得たという例はありますから。次も同じ隊になれるかはわかりませんけど、何であれ連絡しますね」

「ああ、また会おう」

 ウォルの話にティスが驚いていた。オウカも似たような反応だ。

 恐らく、ウォルはわざわざ調べてくれていたのだろう。何かとロートの力になってくれている。本来ならあり得る事だが、そんなことがないと知っているのに言っているのだ。ロートの意地のために、嘘の補強をしてくれている。

「その残念ね、せっかく小隊らしくなってきたのに」

「ほんとね」

「ああ、そうだな」

 ティスの呟きに、オウカとウォルも同意した。彼女らは五十七小隊を大事に思ってくれているらしい。それは途轍もない達成感をロートに与えた。

 そうだ。三人は未勝利から優勝してみせたのだ。彼女らはここまで勝ち上がってみせた。

 そんな彼女らにロートもできるだけ応えなければならない。

 ロートはふと思い出した。まだやり残していることがあると。与えてやれるものがあると。敗北が自身の死に直結するとわかってから、自分のことで手一杯で大事なことを忘れていた。最初は誇りを与えたいなどと偉そうに思っていたのだ。

 それが出来る可能性があるのなら、最後に臭いことを言ってやる。そうすることで、今ここにある関係に形を作ろう。強引だけれど、きっとその方がいい。

 嘘をついてここまで来たのだ。責任として最後までそう振る舞うべきだ。

「ティス、君はウォルが好きか?」

「ええ、まあ」

「オウカは?」

「好きです」

 ウォルの時と違って、ティスは間髪入れずに言った。

 オウカとウォルはティスが囚われていた時の告白を聞いているので、真の心を知っている。照れ隠しもお見通しだった。

「じゃあ、オウカはどうだ?」

「もちろん大好きです。二人とも。そして隊長さんも」

「あ、あたしもですよ、隊長」

 とティスが跳ねた。

「ありがとう二人とも。ウォルはどうだ?」

「もちろん、大切な存在であります」

「お互いを誇れるか?」

「はい」

 三人の声が重なる。

「いいか、五十七小隊は不滅だ。私が死んでも、君ら三人が欠けても変わらない。あったものはなくせないのだ。だから、誇れ。自分はこんなにも素晴らしい居場所を持っているのだと。素晴らしい仲間を持っているのだと。誇りを胸に抱くんだ。それはきっと君らを支えてくれる。咲き誇れ、五十七小隊」

 ロートは言っていて、自分自身に語りかけているのだと気づいた。

 そうさ、ボクこそ何もない。与えるつもりで与えられていた。

 ティス、オウカ、ウォルと共に過ごした日々が、優しい彼女らから向けられた感情が誇りだった。適当で嘘つきで行き当たりばったりで、ここまで来られたことが奇蹟だ。

 短い間であったが、彼女らと共にいれて、人生を彩れてよかったと思う。

 未だにロートは、元の記憶はあやふやで、名前も性別もわからない。

 それでも構わないと、ロートは声を大にして言える。今は名前もある。性別は不詳だが、誇りはある。あやふやな記憶よりも大きな寄る辺がある。

 ボクは五十七訓練小隊の隊長、ロートであると。

 その寄る辺があれば不安はなかった。そして、転職するのもやめるつもりだった。

 少しでも三人の傍にいたかったのだ。無論、可能性は考慮していない。自分は死ぬと思っているが、たらればの話ぐらい考えたい。

「最後に伝えたい。君らといられたことはボクの誇りだ。とても良いものを得られた。ありがとう。そして、すまない、長くなった。私の、いやボクの話はもうない。君らが咲き誇ってくれるなら、それでいい」

「また会えるでしょ」

 ティスの何気ない一言に、ウォルは息を呑んだ。オウカが怪訝な顔を浮かべる。これ以上バレないためにも、ロートはすぐに言葉を接いだ。

「そうだな」

 にやつくことのない機械の体であることを良いことに、ロートはそんなことを堂々と三人の前で思えるのであった。そして、悲しみも見せることがない。

 自分はアルトアバレーの手のひらにある駒に過ぎない。彼女の鼻っ面を叩きのめすようなことをすれば報復が待っている。次はないだろうと覚悟していた。共にいたいというのはあくまで望みだ。恐れはある。だが、後悔はない。できることをして、したいことをし、大きなものを得た。

 戦場なんて御免だと逃げ出そうとしていた頃からは想像できない。戦場であったとしても、彼女らと共にいたいとロートは思っていた。

 叶わない願いであろうとも、願いを持てることは悪くない心持ちだった。

「五十七小隊、万歳だ」

「万歳」

 三人の声が重なる。

「万歳」

 今度は四人の声が。そして、時間が訪れ―――。

「悪いが、勝利は渡せない」

 突然の声。それが何か、ロートにはすぐわかったし、皆もわかっていたようだった。

「アルトアバレー少将」

「やあ、諸君。悪いが船から降りてもらおう」

「何故です?」

 ウォルが問う。

「簡単な話だ。その船を壊そうと思ってね」

「承服できかねます」

 またしてもウォルが答えた。

「そうです」

「何故ですか?」

 ティスとオウカも返事をした。

「仕方ない。ロート君、プレゼントだ」

 ロートの頭が啓く。

「--で救助活動中の救助ヘリが墜落」

 突然、それは始まった。映像はなかった。正確にはぼんやりとした明かりだけがある。感覚もない。そんな状態で声だけが響く。

 ひどく静かで平坦な声。

「ホバリング中に突風にあおられ樹木に接触したことが原因であった。機長のみがヘリから振り落とされ、河川に落下したため奇跡的に一命をとりとめたが、他の隊員四名は死亡した。隊長は危険な災害現場に真っ先にたどり着いたので情報を収集するが、他の救助隊が駆けつけられないという連絡を受けると救助活動に移ったが失敗。このような事態を招いた管理体制に責任が問われる」

 声の主はフフと笑ったあと叫んだ。

「お前のせいだ。お前が無理な事を言うから、あの人が死んだんだ。なのに、お前だけが」

 声と共に動きがあった。そして、機械の警告音。

 それが彼の最後の記憶だった。

 その後の事は映像にない。ただ、記録として残っていた。植物状態になり、非検体に選出される。

 これがロートの記憶だった。

「ちょっ、船が」

 ロートは機能を停止した。

 完全に記憶が蘇ったわけではない。それでも、十分だった。船を動かすことに集中などしていられない。

「わかってくれたかな、隊長。お前は二度も台無しにするのさ。余計なことをするから、この子たちも再調整だ。さっき見ただろ、上官に弓を引くんだぜ」

 そうだ。自分は何を浮かれていたのだ。何が居場所だ。そんなものを与えたせいで、彼女たちはこれからも叩きのめされる。中途半端に夢を与えて満足さようならって無責任じゃないか。

 ロートは自分を殴りつける。痛みはない。むしろ心地よかった。

「悪いが三人共、放映できない調整タイムだ。恨むならそこの隊長を恨めよ」

 アルトアバレーの声が響く。ほら、みろ。余計な誇りなどと言うから。ああ、きっと前もそうだったに違いない。誇りある仕事、自分たちにしか救えない。そんな風に乗せて――。

「恨みません」

「そんなことしません」

「いや、無理」

 ウォル、オウカ、ティスが同時に強く言った。凛々しい顔、その顔に見覚えがある。

 ヘリの中で見た。隊員たちが被災地を見て引き締める顔。その中にはやっぱり恐れがある。それでも強くあろうとする顔。

「大人しくやられると思わない事ね」

「いい事を言うな、ティス」

「当たり前だよね、ティスちゃん。隊長が助けてくれたなら、今度は私たちが。でも、どうやって船から出よう」

「隊長のバックアップがなくても、私たちの団結があるならどうにかなる」

「そうね、ウォルちゃん。船に穴を開ければ出撃はできるし、隊長のオフナーマさえ出せばいいし」

「オウカって中々、ぶっ飛んでるわね」

 自分は何だ?

 ロートは問いかける。答えはない。自分の答えを返してくれるのは自分だけだった。

 また記憶が掠める。怯えきった救助者の顔に安堵が浮かぶ。恐れを隠していた隊員たちの顔にも安堵が移る。それを見て、ボクは誇らしいと――。

 目の前には諦めない少女たちがいる。自分を慕い、自分を守ろうとしてくれている。勢いでの行動かもしれない。明日には後悔しているかもしれない。

 それでも、自分は彼女らの隊長だ。ここが居場所なんだ。

 船を蘇らせる。難しくない。今までしてきたことだし、ロートは飛行物の知識がある。だから、混乱なく動かせたのかもしれない。

「隊長!」

「待たせたな。やるなら最後までやってやる」

 勝算があるわけじゃない。それでも、ロートにはこのまま何もしないことはできなかった。

「ボクは隊長で、飛行船なんだ。今度こそ、果たしてみせる」

「意気揚々だな」

 アルトアバレーの声は船の中から響いていた。スピーカー越しではなく、肉声として。

 いつの間にか船の中にアルトアバレーの姿があった。三人から十数歩離れた距離。

 それを認識したティスたちは腰を落とし、半身になる。

 訓練された動き。一瞬で闘争のスイッチを入れる。

 だが、それでは足りなかった。

 アルトアバレーは一気に距離を詰め、拳を振るう。ティスはそれを右腕を払うことで凌ごうとしたが、一瞬で地面に倒される。アルトアバレーは前を向いたまま流れるようにティスの足を払っていた。急に迫った拳に集中し、踏ん張っていたからこそ足払いに対応できずバランスを崩す。

 アルトアバレーの伸ばしていた拳は上にいき、そのまま肘を落とす。

 容赦ない首への一撃で、ティスが倒される。

 その間に、ウォルとオウカはアルトアバレーに迫る。声はない。そんな隙を与えず、ティスを犠牲に勝利を掴もうとする。

 オウカは走って、アルトアバレーにタックルした。

 アルトアバレーは地面に近い位置に肘うちを放った後だったため、腰を落としていた状態だ。両手は空にあり、咄嗟に動きにくい。

 にも関わず、オウカの顎を蹴り抜く。重心をわざと後ろに崩し、背で転びながら折り曲げた膝を伸ばした。

 速度の乗った状態では対処しきれず、オウカも伸びる。

 一気に二人叩きのめされたが、ウォルは動じない。

 転んだままのアルトアバレーを踏み抜こうとするが、蹴り上げた足を横に振りその勢いのまま転がって回避する。

 もちろん、ウォルはそれを追う。

 ウォルが距離を詰め、踏み抜こうと足を上げた瞬間、回転を止めたアルトアバレーがウォルの上げた足の底を押し上げた。ウォルは一瞬態勢を崩すも、すぐに踏み下ろそうとするがその時には軸足にまとわりつかれていた。

 そのまま転ばされ、アルトアバレーはすばやく馬乗りになり、ウォルの顔面を殴打し続けた。

「わざわざ貴様等の土俵に乗ってこれか」

 アルトアバレーは馬鹿にした様子もなく、淡々と言った。

 そう、ここは仮想現実だ。アルトアバレーが直接手を出す必要もなく叩きのめせる。

 それでも、こうして目の前でへし折ってみせた。

 アルトアバレーはロートを見て、微笑みかける。

「将校でもないくせに嘘をついた罰だ」

 その言葉を最後に、ロートは自由を失った。


 自由はない。

 が、意識はある。

 ロートには感覚はなかった。何にも干渉できない。例えるなら魂だけむき出しにして幽閉されているようだった。

 そこで彼は地獄を見た。

 ティスが、オウカが、ウォルが矯正される過程だ。

 仮想空間で彼女らは暴虐に晒された。水で、刃物で、虫に集られて、体を貫かれて、引きずり回されて、逃げ場のない灼熱の中でもがき苦しんで。その間に言葉で今までを否定した。ロートは偽物だ。仲間など存在しない。そういったことをレパートリー豊かにへし折って行った。

 そんなものをずっと見せつけられた。

「君らといられたことはボクの誇りだ。とても良いものを得られた。ありがとう。そして、すまない、長くなった。私の、いやボクの話はもうない。君らが咲き誇ってくれるなら、それでいい」

 ロートが彼女らに伝えた最後の言葉。

「何が誇りだ? 誇りが何になる。口だけの糞が。騙して、嘘をついて、何の力もないくせに、何もしてやれないのに夢だけ見せた。戦場でどうしようもない彼女たちを唆した」

 言葉は発せない。ロートには外部に出力する装置がない。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 何度も謝る。彼女らが泣き叫び続けるように、彼も謝罪を止められない。

 それだけしかできない。

 拷問を終え、様々な扱きを受け、彼女たちが変わっていく様を見せつけられた。

 目から光が失わて行き、別のメンバーに馴染む様をずっと。

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