第23話-お仕置きタイム
生け捕りをした以上、お仕置きタイムは存在する。格納庫でティスとオウカ、そしてロートはエテルノを取り囲んでいた。
模擬戦終了から二十四時間以内であれば、自由に使ってよかった。最後だから自由に空間を扱えるとあって、派手なお仕置きをするのが恒例である。
普段、お仕置きをしない十三小隊も最後だけはしていた。他の隊と違い彼女らは屈辱を与えることよりも、王者でいるという歪みを持っているのだろう。勝ってお仕置きというご褒美というのが普通の隊なら、十三小隊は勝利そのものがご褒美なのだ。
それでも最後だけ行うのは、恐らく視聴率的な問題で義務付けられているのだろう。
ロートは放映というものを甘く見ていたと自覚する。初めに聞いた時点で気づくべきだった。四六時中、戦の事を娯楽として見せているという異常。そんなものを浴びせ続けられていたら、歪むのは当たり前だということを。アルトアバレーはこう言った。
「人というのはそこまで機械のように矯正できない。だから、歪みを許容したまま目的を持たせるんだよ」
彼女の言う歪みは感情だ。部品にするのに邪魔な感情は削ぎ落とすが、そうでなければ残して戦うことと直結させる。
十三小隊はいい例だ。王者であり続けたいという感情を残して、それを保たせるために戦いに駆り立てる。
お仕置きという喜びの前では、ほの暗いものであるとはいえ、感情があるからこうも悪趣味なのだ。そう、あくまでヴィダーの人々の感情は消えていない。だからこそ、ロートが邪魔だったのだ。一度、消した感情がまた芽吹いたら困ると。
「そういえば、お仕置きってしなくてもいいのよね」
ティスがそう言った。
「そうですね」
オウカが一拍置いて答えた。ウォルがいないから、リズムが狂ったのだろう。
ウォルは部屋にいる。ロートだけが出てきたのだ。
「どう思う、隊長」
「ティス、君の好きにするといい」
「好きにするといい。それって自由だろ。本当に面白いことを言うんだな、君たちの隊長」
エテルノがそう言った。馬鹿にするようなニュアンスではなかったが、ティスとオウカが睨む。しかし、エテルノは全く怯まない。もしくは気づいていないのだろうか。
「君らが強くなったのはやはり隊長のおかげなのかい?」
「いいや、徐々に強くなっていた。ここで咲いただけだよ」
「謙遜ね。隊長の指導があったからよ」
「ティスちゃんの言う通りです。色んなことを教わりました」
「そうか?」
もう隊長の仮面がずれていることにこの場の誰も気づいていなかった。
「羨ましいな。教えなど一度もなかった」
エテルノの言葉に、ロートは憐憫を覚える。彼女らはプログラムに従うだけだったのだ。
模擬戦の前の訓練の段階からそうだったらしい。間違えば徹底的にしごかれ、罰を与えられる。できても、何も与えられない。そして、模擬戦の時に与える勝利による喜びのみを強調させる。勝利のみが味わいになるよう、徹底的に薄味性活ということだ。
糞の塊である。中指を突き立てたいところだが、ロートには指がなかった。
「じゃあ、何もしない。楽しくないことに時間を割くのも勿体ないもの。ね?」
「そうだね、ティスちゃん」
満面の笑みでオウカは答えた。ロートは何も言わないでおいた。端の犬も無視。
「本当に変わっているな」
エテルノはそう呟いた。戦う事以外で喜び、唯一の楽しみであるお仕置きさえもスルーする。理解不能というところだろう。
「じゃあ、大人しくしておいて」
ティスがそう言った。
自分を貫くという素晴らしい場面である。格納庫の端に首輪をオフナーマと紐で繋がれたリテッソがいなければ、花びらでも舞っていただろう。
とうとう三人の前でも犬になっていた。
「ティス、君はどういう個人トレーニングをしているんだい?」
「走り込みとか基本的なのはもちろんするわ。基礎は大事だし」
「それはそうだ」
「シミュレーターが主ね。あと戦闘記録の分析」
「ほう、分析」
「あら、してないの。まあ、あたしは色んなことがなってなかったから」
「そうだとしても今が素晴らしいんだ。どうでもいいよ。それでどんな分析を?」
「いっぱいあるからなあ。そう、例えば回避だとすれば、避けられた時とそうでなかった時をリストアップして徹底的に比較するの」
「なるほどな。勉強になるよ」
「ならないでよ、追いつけなくなる」
「私に追いつくか。ああ、そう言ってくれる好敵手は同じ隊の二人と君で三人目だ」
「好敵手って」
ティスは驚き半分、呆れ半分という様子だった。
エテルノとティスは手合せして通じ合ったのだろう。十三小隊の面々もベクトルは違うが変わり者なので、こうして話せるのかもしれない。
これ以上の盗み聞きは背中が痒くなるので、緩和のためオウカを見た。
オウカとリテッソはじゃれあっていた。
犬の真似事をしているのか、リテッソは舌を突き出し、尻を振っていた。彼女に何があったのか追究したいが、それを知っては最後だろうと、ロートの直感が告げていた。超デンジャーとのことである。
「リテッソちゃん、お手」
「ワン」
ナチュラルにワンと言ってお手をするリテッソ。
「お座り」
「ワン」
エム字開脚をしながら舌を出すリテッソ。
「よくでくたね」
オウカは甘い声を出してそう言い、リテッソの頭を撫でた。
リテッソは目尻を下げ、気持ちよさそうに委ねていた。
「わしわし」
「え?」
リテッソが止まると、オウカは手綱を引っ張った。
「わしわしはわしわし」
「そんなの習って」
もう一度、手綱をオウカは引っ張った。
「喋れって言った?」
リテッソは首を横に振った。
「そうだよね。犬のはずが言葉を喋るはずないもんね」
頷くリテッソを見て、オウカはため息をついた。
「ほんとダメ犬。まだまだ教えてあげるからね」
「ワン」
元気に返事をするリテッソ。
そんなリテッソにはやらされている感がなく、嬉しそうにしている所がより怖い。
「いいですね」
ウォルがいつの間にか格納庫に現れていた。目元が腫れているが、そこには触れられない。リテッソを見て羨ましそうにしていることにも触れてしまうからだ。叱ってくれというような目である。天才は叱られたいなんて笑えない話だ。アルトアバレーはウォルに考えるという欲求などと言ったが、それは誤りではないだろうか。
ロートはもちろん気づかない振りをする。
触らぬ神に祟りなし、である。
とはいえ、放置するのも可哀そう。そう思ったがそれはそれで楽しみそうである。
どちらにせよ楽しむのであれば、無視をするという心理的圧迫を取り除こうとロートは決めた。無視することで楽しませている。そう思うことにする。
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