第22話-ゴー! ナナ!
船に戻ってきたティスたちは、すぐにコックピットから飛び出してきた。
「ゴー!」
ティスがそう言うと、
「ナナ!」
オウカとウォルがそう返す。
それを何度か繰り返していた。勝利の雄叫びである。
それを見たエテルノは幽霊でも見たような顔をしていた。
「何をしているんだ? ここまで頭がおかしくなったのか?」
と呟きを漏らす。それをリテッソが青い顔で見ていた。ご主人様に歯向かう態度を取るとどうなるかわかっていないことに、怯え慄いている。
格納庫に船にいる全員が揃っていた。
「やった。やったわ」
「最高だったぞ、ティス」
「あんたもいつも通り最高だった」
ティスとオウカは大きな音が鳴るハイタッチを交わした。
お互い手を痛めているが、楽しそうにはにかんでいる。
「本当によかったよ二人とも」
「何を言う、オウカ。君のカバーのおかげだ」
「そうよ、オウカ。花火の準備、何より隊長の穴埋めもしていたんだから」
「照れるな」
頬を掻くオウカの肩をティスとウォルが左右から抱いた。
三人は肩を組んで、ゴーナナと繰り返す。優勝したということで、いつもの倍は喜んでいる。その様子を見ているロートは大変喜ばしかった。はいたっち? と首を傾げられた日が懐かしい。
喜んでいるのはロートだけで、エテルノは目を白黒させている。そういえば、オウカが他の隊は業務連絡すらほとんどないと言っていた。隊同士でこうも喋っているのがただでさえ不思議なのに、何の意味があるかわからない雄叫びやハイタッチをしているので訳がわからないのだろう。
お仕置きよりも先に、仲間で喜び合う。その行為そのものが理解不能なことなのだ。
ロートにとって、それは喜ばしいことだった。
「隊長?」
「どうした?」
ウォルに呼ばれたので、ロートは訊き返した。
しかし、ウォルはただ黙っている。そして、少しずつ顔色を悪くしていった。
「今から私の部屋に来てください」
拒否する理由がなかったので、ロートは掃除ロボで彼女の部屋に向かった。
到着したのは殺風景な部屋だった。アレンジがまるでない。これが普通なのだろう。
「隊長、何を話したんですか?」
「何を?」
ロートには心当たりがなかった。何を言っているんだ?
「とぼけないで下さい。上から何か干渉があったでしょう。だからだ。だから、わざわざ作戦をあんな所で立てて。通信を届かせないためですね」
しまったとロートが思った時には遅かった。何から嗅ぎ付かれたのかはわからないが、ウォルはアルトアバレーと接触した事に勘付いてしまった。
誤魔化すかと考えたが、それは止めた。ウォルには初めから嘘を見抜かれている。急ごしらえの嘘を重ねたところでどうにもならない。
「ああ。君らの上官であるアルトアバレーから」
「交渉されたんでしょう」
「話が早いな」
「まさか、蹴ったのですか?」
「従えないことだったから」
「今すぐみんなに」
部屋を出ようとするウォルの前にロートは立ちふさがった。
賢すぎるのも困りものだ。ウォルはこの勝敗に関わらず、ロートが処分されると理解している。
軍にとっての異分子を生かす意味はない。
「嘘を貫きたいんだ。何もない自分と知られたくない。カッコつけを許してほしい」
「貴方は、死が怖いのでしょう。ティスのように怯えているはずだ。でないと、彼女の気持ちに一番に気づけなかったはずだ。気づけたから、ティスは心を開いたのでしょう。同じ恐れを持っている。なのにどうして、そうも平然としているんです」
ウォルは結んだ髪が乱れるほど頭を掻きむしって叫んだ。
そんな彼女を見て、ロートは冷静だった。ティスがいたから、死が恐ろしいものであるという考えがウォルにも湧いたのだ。五十七小隊の三人は、ティスとオウカとウォルだったから、こういう形を取れたのだ。皆の心を少しずつ理解しあった結果なのだ。
「どうしてだろうな」
将校を繕う必要がないロートは素直に迷いを出した。
そんな彼に諦めを感じたのかウォルは立ち止まり、そのまま地面にへたり込んだ。
「わからない。でも、いつの間にかそうなっていたんだ。ボクが君たちを好きになっていくほど、色んな感情が湧いた。ボクは知ったよ。心というのはあれば時には押しつぶされそうになるし、どうしようもなく痛むこともある。でもね、救われることもあるんだ。強がりじゃないんだよ。本当に」
目の前にいる女の子が酷く幼く見えた。背が高く体も出来上がっている女性だったけれど、濡れた瞳、動揺を隠せぬ唇、感情の行き場を探している震えを見せる女の子。ウォルの黒い髪に触れ、ロートは続ける。
「ウォル、ボクの記憶ではね、何もなかった人間が誰かの心に生きる。そういうのは在り来たりだった。でも、そうなるのもわかる。本当に支えになるんだ。陳腐で何の意味もないのかもしれない。有益かどうかなんてわからない。でも、あたたかい。だから、悲しまないでほしい。難しいことだろうけど、ボクは本当に幸せなんだよ。君らが楽しんで喜んでくれる。そんな当たり前が難しい世界で、当たり前を貫く燃料になれたんだから」
「なんで、どうして」
クールさなど微塵もない吐露に、ロートは寄り添う事しかできなかった。
「どうしてだろうね」
「私が、私だけが隊長の嘘に気づいていたのに。何もできないなんて。一番を取れたって、前も今も何もできやしない」
赤子をあやすように、ウォルの腰に手を回し、頭を撫でる。機械の体と、人の体。それも無意味かもしれない。ここは仮想現実だが、ロートには関係ない。だから、何なんだ?
「そんなことはないよ。これだけはハッキリしている。ありがとう、ウォル。君がボクの全てを知ってくれてホッとしている。君が余計な苦しみを背負ってしまったってわかっているんだけどね、少し寂しかったんだ。生きた証だとか意味とか、そういうのはわからないけれど、ボクはとても満ち足りているよ。それは君がいてくれたからだ。ウォルが賢くて、よく考えるから気づいてくれた。嬉しいよ。君にもそうなってほしいけど、それは難しいよな」
返事はなく回されたウォルの腕に、ロートは背中を小突かれた。コツンと乾いた音がする。何だかそれが間抜けで、笑ってしまうのだった。こういうやり取りが出来ることが嬉しかったのだ。
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